第2話 その人を守るために
茂みを抜けた先で、息が止まった。
犬みたいな灰色の獣が唸っていた。
大きい。
牙は鋭く、額には短い角が一本あった。
《個体情報:ホーンウルフ》
《脅威判定:中》
《現在個体での正面対処は非推奨です》
犬の向こう、木の根元に若い女がみえた。
長い髪は乱れ、片足は赤く染まっている。
短剣でけん制しているが心もとない。
ホーンウルフが身を沈める。
まずい。彼女にとびかかる気だ!
「こっちだ!」
俺は反射的にその鼻先へ飛び込んだ。
黄色い目がこっちを向く。
「うわっ!?」
牙が目の前をかすめる。
上へ逃げる。
そのまま彼女のもとへ。
ぽふっ。
白い粉を傷んだ足に落とす。
《微癒しを行使しました》
《共鳴反応を確認、一時強化》
女が息を呑んだ。
「……何、これ」
ホーンウルフがもう向き直っていた。
やばい。
俺は彼女の前に出る。
ホーンウルフが跳ぶ。
俺は風に乗って横へ滑った。
牙が空を切る。
そのまま鼻先へ、こつん。
ぽすっ。
ホーンウルフの顔がわずかにぶれた。
「効くのか!」
《共鳴強化により出力が上昇しています》
もう一度来る。
なぜか分かった。足の運びか、風の流れか、自分でもよく分からない。
右から回る。
上へ抜ける。
横へ流れる。
また鼻先へ、こつん。
ぽすっ。
ホーンウルフが顔を振った。
いける。
俺はその前をひらりと横切る。
「こっちだ!」
追ってくる。
横へ。
上へ。
また横へ。
もう一度――と思った瞬間、踏み込みが変わった。
速い。
「しまっ――」
今度は読めたのに、避けきれない。
牙が迫る。
その横から、銀色の線が走った。
ギンッ、と硬い音。
ホーンウルフの顔が逸れる。
短剣だった。
彼女が、俺の前へ半歩だけ踏み込んでいた。
浅く裂けた鼻先から、ホーンウルフが低く吠える。
「下がって!」
鋭い声だった。
「ぽふっ!」
返事になっていない。
でも助かった。
彼女は追わない。
すぐに身を引き、短剣を構え直す。
さっきまでの心もとない構えじゃない。
足が戻ったぶん、立ち姿そのものが変わっていた。
強い。
本来なら、ちゃんと戦える人なんだ。
ホーンウルフが俺と彼女を見比べる。
だったら、もう一回だ。
俺は鼻先の前へ飛び出した。
「こっちだ!」
黄色い目がまた俺を追う。
その横で、彼女が静かに重心を落とす。
俺は横へ。
上へ。
また横へ。
追ってきた鼻先へ、こつん。
ぽすっ。
ホーンウルフが顔を振る。
その一瞬で、彼女が踏み込んだ。
短剣が閃く。
今度はさっきより深く入った。
ホーンウルフが吠えて飛びのく。
俺はその前を、ふわりと漂った。
彼女は正面から短剣を向ける。
睨み合いになった。
低い唸り声。
荒い息。
土の匂い。
先に退いたのはホーンウルフだった。
低く唸り、森の奥へ跳んで消える。
……助かった。
俺はその場でふらついた。
「ぽふ……」
限界だ。
落ちる俺を、彼女が両手で受け止めた。
近くで見ると、やっぱり綺麗な顔だった。
それでも目だけは妙にまっすぐで、強い。
「……ふわふわ」
第一声がそれなんだ。
いや、そうだけど。
彼女は俺を胸元へ抱き寄せた。
まだ少し息が乱れている。
「助かったわ……」
彼女は腕の中の俺を見下ろした。
「こんな小さな子に、助けられたのね」
「ぽふ……」
うん、と言いたかった。
でもやっぱり、締まらない音しか出ない。
彼女は少しだけ笑った。
「変な子」
俺はそのまま意識が沈んでいった。
最後に見えたのは、彼女が俺をしっかり抱えたまま歩き出す姿だった。




