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悪役令嬢は離島めぐりがしたいので断罪を強く希望します  作者: 南蛇井


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第33話 物語の外

 嵐が去った翌朝。


 第七島は、何事もなかったかのように静まり返っていた。


 洗い流された空気。


 澄みきった青空。


 巨木の葉から滴る水滴が、朝日にきらめく。


 リディエルは一人、浜辺を歩いていた。


 足跡は、波がすぐに消していく。


 嵐の記憶も、まるで幻のようだ。


「……静かですわね」


 呟きは、誰に向けたものでもない。


 昨日、あれほど激しく世界を揺らした嵐。


 自然は怒りも執着も残さない。


 ただ在る。


 それだけ。


 巨木の前に立つ。


 石碑には、あの言葉。


『終点にして始点』


『物語に選ばれなかった者たちの地』


 指先でなぞる。


「選ばれなかった……」


 自分は、どうだったのだろう。


 悪役令嬢。


 断罪。


 追放。


 物語に必要な役割。


 与えられた筋書き。


 あのときは、そう思っていた。


 ――私は、悪役として生きるしかない。


 だから開き直った。


 だから演じなかった。


 だから島を巡った。


 だが。


「本当に、縛られていたのかしら」


 風が髪を揺らす。


 思い返す。


 断罪の場で、誰かに刃を突きつけられたわけではない。


 追放されたときも、鎖はなかった。


 王都を出ることを、選んだのは自分だ。


 灯台守の老人に笑いかけたのも。


 修道島で静寂に耳を澄ませたのも。


 海賊たちと交渉したのも。


 火山島で子供を抱き上げたのも。


 すべて、自分の意思。


「……あら」


 小さく息がこぼれる。


「わたくし」


 胸の奥で、何かがほどける。


「最初から、自由でしたのね」


 悪役という役割に縛られていたと思っていた。


 物語の修正力に追い立てられていると思っていた。


 だが本当は。


 “悪役であれ”と期待する声があっただけ。


 それに従う義務は、なかった。


 従わなかった。


 それだけ。


 笑いがこみ上げる。


「なんて単純な」


 自分で自分を縛っていた。


 物語という言葉で。


 役割という幻想で。


 遠くから足音。


 振り返ると、ライベルトが歩いてくる。


「探したぞ」


「迷子ではありませんわ」


「分かっている」


 彼は巨木を見上げる。


「何か分かったか?」


 少し考えてから、リディエルは答える。


「ええ」


 穏やかに微笑む。


「わたくしは、最初から物語の外におりました」


「……どういう意味だ」


「物語とは、誰かが語るものです」


 石碑に触れる。


「ですが、わたくしの歩みは、わたくししか決めていない」


 視線を上げる。


「悪役でも、ヒロインでもない」


「ただの、リディエルですわ」


 ライベルトはしばらく黙っていたが、やがて言った。


「それに気づくまで、長かったな」


「ええ」


 素直に頷く。


「ですが、遠回りも旅の醍醐味ですもの」


 波音が響く。


 空は広い。


 どこまでも続く海。


「殿下」


「なんだ」


「もし、わたくしが王都に戻らず」


「島々を巡り続けると言ったら?」


 問いは静かだ。


 試すようでもなく、ただ確かめるように。


 ライベルトは即答しなかった。


 海を見つめ、そして言う。


「私は、王都に戻る」


「王位を継ぐ責任がある」


「だが」


 彼女を見る。


「いつでも船を出せる港を整える」


 穏やかな声。


「お前が帰りたくなったときのために」


 胸が、静かに温かくなる。


「帰らなかったら?」


「そのときは」


 少し笑う。


「こちらから会いに行く」


 ああ、とリディエルは思う。


 縛られていない。


 彼も、自分も。


 選んでいるだけ。


「物語の外とは」


 彼女は空を仰ぐ。


「誰も筋書きを用意していない場所」


「だからこそ」


 深く息を吸う。


「何にでもなれますわ」


 第七島は、ただ静かにそこにある。


 征服の対象でも、試練の舞台でもない。


 気づきの場所。


 悪役令嬢は悟った。


 自由は、与えられるものではない。


 奪うものでもない。


 最初から、そこにあった。


 物語の外で。


 自分の足で立つ、その場所に。

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