第30話 王の承認
王城最奥――謁見の間。
高い天井に掲げられた王家の紋章が、静かに見下ろしている。
重厚な赤絨毯の先。
玉座に座すのは、この国の王。
白銀の髪を持つその姿は、年老いてなお威厳に満ちていた。
王の前に並ぶのは、宰相、重臣、そして王太子ライベルト。
その一歩後ろに、リディエル。
「……離島自治権の付与、か」
王の低い声が響く。
「前代未聞でございます」
宰相が頭を下げる。
「だが、評議会の過半は条件付きで賛同しております」
王の視線がリディエルに向く。
「提案者は、そなたか」
「はい、陛下」
深く一礼。
かつて断罪された少女が、王と対峙している。
「理由を述べよ」
短い問い。
リディエルは顔を上げた。
「辺境は、放置されております」
「ですが、切り捨てられてはおりません」
静かに続ける。
「責任だけを負わせ、権限を与えていない現状は、いずれ歪みを生みます」
王は黙って聞いている。
「自治は独立ではありません」
「信頼の証です」
謁見の間の空気が重くなる。
「火山島の噴火の折、王都は迅速に動けませんでした」
「それは距離の問題ではなく、制度の問題です」
王の瞳がわずかに細まる。
「制度の、か」
「はい」
「王都が全てを握る構造は、広がった国土に適応しておりません」
大胆な言葉。
重臣たちが息を呑む。
「そなたは、王権を削げと言うのか」
王の声は低い。
「いいえ」
リディエルは首を横に振る。
「王権を強くするために、分けるのです」
沈黙。
「分けることで、支える者を増やす」
「命令で縛るのではなく、信頼で繋ぐ」
ライベルトが一歩前へ出る。
「父上。私は辺境を見ました」
「彼らは反逆者ではありません」
「王都に失望しているわけでもない」
「ただ、遠いのです」
その言葉に、王の視線が息子へ移る。
「お前も賛同か」
「はい」
迷いはない。
「王位を継ぐ者として、この構造は限界だと考えます」
場が凍りつく。
王がゆっくりと背もたれに身を預けた。
「……変革は痛みを伴う」
「はい」
リディエルは即答。
「ですが、停滞は衰退を伴います」
静寂。
長い沈黙の後、王が口を開いた。
「そなたは、かつて断罪されたな」
「はい、陛下」
「その王都を、なぜ救おうとする」
問いは静かだった。
責める色はない。
純粋な疑問。
リディエルは少しだけ考えた。
「救うつもりはございません」
重臣たちがざわめく。
「わたくしは、旅を続けたいだけです」
「島々が安心して在れる国であってほしい」
「それが結果として王都を強くするなら、結構なことです」
飾らない本音。
王の口元がわずかに動いた。
「私欲か」
「はい」
即答。
王は、初めて小さく笑った。
「正直なことだ」
再び沈黙。
やがて、王は立ち上がる。
玉座の間に緊張が走る。
「離島自治提案――承認する」
一斉に息が吸われる。
「段階的施行とし、三年を試験期間とする」
「その成果次第で恒久制度とする」
宰相が深く頭を下げる。
「御意」
ライベルトの拳が静かに握られる。
リディエルはゆっくりと膝を折った。
「感謝申し上げます、陛下」
「礼は不要だ」
王は言う。
「これは賭けだ」
「だが」
視線が息子とリディエルを捉える。
「若い世代が背負う未来を、老王が塞ぐべきではあるまい」
その言葉が、空間を満たす。
国家構造が、静かに変わった瞬間だった。
◇
謁見の間を出た後。
長い回廊で、ライベルトが息を吐く。
「通ったな」
「ええ」
リディエルは微笑む。
「王は、強い方ですわ」
「怖くはなかったか?」
「少しだけ」
正直に言う。
「ですが、火山よりは静かでした」
思わず彼が笑う。
「国家を動かしても、お前は変わらないな」
「島を制覇する途中ですもの」
さらりと言う。
「次は何を変える気だ」
「変えるのではございません」
窓の外、遠くの海を見つめる。
「整えるだけですわ」
王の承認。
それは単なる法改正ではない。
中央集権国家から、連携国家への転換。
物語の舞台そのものが、組み替えられた。
悪役令嬢は、ついに国の構造にまで手を伸ばした。
だが彼女の目は、まだ先を見ている。
海の向こう。
未踏の島々へ。
物語は、終わらない。




