第29話 辺境自治提案
王城・円卓会議室。
重厚な扉が閉じられると同時に、空気が張り詰めた。
集められたのは、王都の重鎮たち――宰相、財務卿、軍務卿、保守派貴族。
そして王太子ライベルト。
その中央に立つのは、元公爵令嬢リディエル。
「本日の議題は、辺境離島の統治体制について」
宰相が淡々と告げる。
「提案者は、リディエル嬢」
視線が一斉に向けられる。
かつて断罪された少女が、今や政策提案の場に立っている。
それ自体が異例だった。
リディエルは一歩前へ出る。
「単刀直入に申し上げます」
静かな声。
「離島群に自治権を付与してくださいませ」
ざわめきが爆ぜる。
「無茶だ!」
「辺境は王権の象徴だぞ!」
「前例がない!」
予想通りの反応。
リディエルは動じない。
「前例がないからこそ、今なのですわ」
机上に広げられた地図を指す。
灯台の島。
沈黙の修道島。
海賊の島。
砂の白浜。
火山島。
「これらの島々は、王都の直接統治から実質的に外れております」
「税は不安定、連絡も遅い」
「しかし独自の秩序と文化を築いております」
軍務卿が腕を組む。
「放置しているだけだ」
「いいえ」
即座に否定。
「支配していないのに、責任だけ負わせている状態です」
室内が静まる。
「火山島の噴火時、救援は間に合いませんでした」
「修道島は王都の政治から距離を置くことで平穏を保っています」
「海賊の島は、交易拠点として自立している」
指先が地図をなぞる。
「彼らは“王都の庇護”より、“干渉されない自由”を望んでおります」
財務卿が冷ややかに言う。
「自治など与えれば、独立を招く」
「逆ですわ」
リディエルは微笑む。
「信頼を与えれば、離れません」
視線がライベルトへ向く。
「王都は中央集権を強めすぎました」
「物語のように、すべてが王城中心に回る世界ではありません」
宰相が問う。
「具体的には?」
「各島に自治評議会を設置」
「税率は一定範囲で島が決定」
「防衛と外交のみ王都が管轄」
簡潔で明確な提案。
「代わりに、航路整備と交易支援を王都が保証」
「中央は“支配者”ではなく“後ろ盾”となる」
沈黙。
保守派貴族が苛立つ。
「理想論だ! 貴族の権益はどうなる!」
リディエルは穏やかに返す。
「減りますわ」
「な……!」
「その代わり、交易収益は増えます」
地図の横に積まれた資料を示す。
「海賊島との正式交易が始まれば、王都の関税収入は二割増」
「火山島の鉱物資源も安定供給が可能」
財務卿が目を細める。
「……数字は?」
「試算済みですわ」
さらりと言う。
ざわめきが広がる。
ライベルトが静かに口を開く。
「私は、この提案を支持する」
一斉に視線が集まる。
「辺境を見た。彼らは未開ではない」
「王都の写しでもない」
「独立した社会だ」
力強く言い切る。
「支配ではなく、連携へ」
言葉が室内に落ちる。
宰相が長く息を吐いた。
「……前例はないが」
ゆっくりと頷く。
「検討に値する」
保守派が反発するが、流れは変わりつつあった。
リディエルは静かに頭を下げる。
「ありがとうございます」
会議が終わり、廊下に出る。
ライベルトが隣に並ぶ。
「大胆だな」
「当然ですわ」
さらりと返す。
「島を制覇するには、制度から整えませんと」
「まだその目標か」
「もちろん」
微笑む。
「征服ではなく、共存という意味で」
彼は小さく笑った。
「お前は、王都を外から変えるつもりだったのだな」
「ええ」
「悪役として壊すのではなく」
「提案者として組み替える」
廊下の窓から王都が見える。
かつて彼女を追放した街。
今、その中心で未来を語っている。
「自治は通ると思うか?」
「通しますわ」
自信に満ちた声。
「物語が中央集権を望んでも」
「現実は、もっと広いのですもの」
風が吹く。
辺境の潮の匂いを、ほんの少し運ぶような風。
リディエルの戦いは、もはや個人の断罪ではない。
構造そのものへ。
悪役ではなく。
改革者として。
王都の歯車が、ゆっくりと動き始めていた。




