第27話 王子の告白
公開討論会から数日。
王都はまだ、リディエルの演説の余韻に包まれていた。
だがその喧騒から少し離れた、王城の中庭は静かだった。
夜。
噴水の水音だけが響く。
リディエルは一人、石造りの縁に腰掛けていた。
「お呼び立てしてしまったな」
背後から声。
振り返らずとも分かる。
「殿下」
ライベルトが歩み寄る。
正装ではない。王太子としてではなく、一人の青年としての姿。
「今日は公務ではない」
「では?」
「……個人的な話だ」
彼は、彼らしくないほど緊張していた。
再断罪の場でも揺らがなかった男が、今は言葉を探している。
「辺境での時間は、私にとって初めての“自由”だった」
ゆっくりと語り始める。
「王都では、常に視線と期待があった。正しい王子であれ、と」
リディエルは黙って聞く。
「だが島では違った。灯台も、修道島も、火山島も……」
小さく笑う。
「私は何も知らなかった」
「今も大してご存じありませんわ」
「……否定はできないな」
二人の間に、やわらかな空気が流れる。
「だが一つだけ、確信した」
彼は真っ直ぐに彼女を見る。
「私は、お前といるときが一番自分でいられる」
夜風が揺れる。
「最初は義務だった。追放の真相を確かめるために追いかけた」
「次は責任だった。王都に戻すべきだと考えた」
一歩、近づく。
「だが今は違う」
真剣な瞳。
「私は、お前の隣にいたい」
静寂。
「リディエル。私は――」
息を吸う。
「君を愛している」
噴水の音だけが残る。
恋愛的な、頂点。
物語であれば、ここでヒロインが頬を染めるのだろう。
だが。
「……まあ」
リディエルは目を瞬かせた。
驚きはある。
しかし取り乱さない。
「殿下が、そのような感情をお持ちになるとは」
「不満か?」
「いいえ」
首を横に振る。
「光栄ですわ」
その言葉に、ライベルトの胸が一瞬高鳴る。
だが次の言葉は、予想外だった。
「ですが、お返事は保留いたします」
「……保留?」
「ええ」
彼女は立ち上がる。
「わたくしは今、“誰かの隣”になることを目標にしておりませんの」
夜空を見上げる。
「島を巡り、世界を見て、自分の足で歩くこと」
「それが、わたくしの望みですわ」
彼の表情が揺れる。
「私は、足枷になるか?」
「なりませんわ」
即答。
「ですが、選択を急ぎたくありませんの」
静かに続ける。
「殿下が王位をどうなさるのか」
「王都がどう変わるのか」
「わたくしがどこまで旅を続けるのか」
「それらが定まらぬまま、恋だけを選ぶのは――」
小さく微笑む。
「わたくしらしくありませんわ」
長い沈黙。
やがてライベルトは、苦笑した。
「……振られたわけではないのだな?」
「保留ですもの」
「期限は?」
「ございません」
「厳しいな」
「悪役令嬢ですので」
いたずらっぽく言う。
だがその目は優しい。
「殿下」
「なんだ」
「告白は嬉しかったですわ」
ほんのわずかに、頬が染まる。
「ですが今は、共に歩む“旅の仲間”でいてくださいませ」
恋人ではなく。
所有でもなく。
並んで歩く存在として。
ライベルトは深く息を吐いた。
「……分かった」
そして、微笑む。
「待とう」
「賢明ですわ」
「王子は忍耐も学ぶべきだからな」
二人は並んで噴水を見つめる。
答えは出ていない。
だが拒絶ではない。
物語的には焦れったい展開。
しかしそれが、彼女の選択。
悪役でも、ヒロインでもなく。
自分自身としての恋。
王子の告白は、夜に溶ける。
結末はまだ先。
だが確かに、二人の距離は一歩縮まっていた。




