第26話 悪役とは何か?
再断罪劇の余波は、王都中を駆け巡った。
「悪役が断罪を断罪した」
そんな奇妙な噂が、茶会でも酒場でも囁かれる。
そして一週間後。
王立学園は異例の催しを発表した。
――公開討論会。
題目は、あまりにも挑発的だった。
『悪役とは何か?』
発案者の名を見て、貴族たちは目を疑う。
リディエル・アルヴェーン。
再び、大講堂。
しかし今回は審問席ではなく、中央に丸卓が置かれている。
観客席は満席。
壇上には数名の論客と、王立学園の教授たち。
そして中央に、リディエル。
華やかな装いではない。
旅で使い慣れた、動きやすいドレス。
飾らない姿。
司会が口を開く。
「本日の議題は“悪役の必要性”。まずは肯定派から――」
老教授が立ち上がる。
「物語において悪役は不可欠です。対立構造なくして成長も感動もない」
頷く者も多い。
「悪があるからこそ、善は輝く」
拍手。
次に若い貴族が言う。
「現実社会でも同様です。秩序を保つには“悪”の定義が必要。役割としての悪役は有用です」
ざわめき。
視線がリディエルへ向かう。
彼女はゆっくりと立ち上がった。
「質問をよろしいかしら」
静かな声。
「“悪役”とは、行為を指しますの? それとも立場?」
老教授が答える。
「物語的役割ですな」
「では、わたくしがヒロインをいじめなかった場合、悪役は成立いたしますの?」
沈黙。
「……成立しないでしょう」
「わたくしが王太子を誘惑しなかった場合は?」
視線がライベルトへ飛ぶ。
「それも成立しない」
「では」
一歩前へ。
「“悪役”とは行為ではなく、期待なのではなくて?」
ざわめきが広がる。
「皆様は、わたくしに“悪くあれ”と期待なさった」
穏やかだが鋭い。
「期待を裏切ったとき、罪と呼ばれました」
会場が静まり返る。
「悪役とは、物語を円滑に進めるための装置」
「誰かが嫌われ、誰かが排除されることで、安心して物語を楽しめる」
指先が丸卓に触れる。
「ですが、それは便利な幻想ですわ」
若い貴族が反論する。
「対立は必要だ!」
「ええ、必要ですわ」
あっさり肯定。
「ですが、対立と悪役は同義ではありません」
リディエルの声が、静かに響く。
「意見が違うことと、誰かを悪と決めつけることは別」
「競い合うことと、断罪することも別」
レティシアが客席で頷く。
「わたくしは、ヒロインに勝ちたくありませんでした」
視線がレティシアに向く。
「並んで歩きたかった」
柔らかな微笑み。
「それを物語は許さなかった」
会場の空気が変わる。
「悪役とは何か?」
彼女は問いを繰り返す。
「物語の都合で貼られた札」
「観客が安心するための仮面」
静寂。
「ですがわたくしは、その仮面を外しました」
まっすぐ前を見る。
「悪役でなくても、物語は進む」
「悪役でなくても、人は成長する」
「悪役でなくても、幸せになれる」
力強く。
「証明は、わたくし自身ですわ」
沈黙のあと。
拍手が一つ。
それが広がる。
最初は控えめに。
やがて大きな波となる。
老教授が静かに言った。
「……概念の再定義、ですな」
「ええ」
リディエルは頷く。
「悪役とは“役割”ではなく“選択”」
「誰かを傷つけると選んだときにのみ、悪となる」
穏やかな結論。
「わたくしは、選びませんでした」
大講堂は総立ちになる。
再断罪の場だった場所が、今は議論と拍手の渦に包まれている。
壇上を降りると、ライベルトが低く言った。
「また王都を揺らしたな」
「揺れてくださるうちは健全ですわ」
レティシアが駆け寄る。
「かっこよかったです!」
「まあ」
少しだけ照れたように笑う。
「演説は得意ではございませんのよ」
「嘘だろう」
ライベルトが呆れる。
リディエルは空を見上げた。
王都の空。
追放された日と同じ場所。
けれど、風は違う。
「悪役とは何か」
その問いは、王都に残った。
だが少なくとも一つの答えは示された。
悪役とは、与えられるものではない。
選ばない限り、ならないものだ。
そして彼女は、今日も選ばない。
物語の外へ、静かに踏み出しながら。




