第25話 再断罪劇
王都に戻って七日目。
その知らせは、あまりにも露骨だった。
「三日後、王立学園大講堂にて公開審問を行う」
名目は“火山島における独断行動および王太子への不当な影響力の調査”。
だが王都の誰もが理解していた。
――再断罪だ。
あの日と同じ舞台。
同じ構図。
違うのは、彼女が逃げなかったことだけ。
「……来ましたわね」
リディエルは招状を閉じた。
顔色は変わらない。
レティシアが不安げに言う。
「大講堂は……あの場所です」
「ええ」
断罪を催促した場所。
追放が決まった場所。
「今度は、向こうが催促してくださるのね」
小さく笑う。
ライベルトは眉を寄せた。
「拒否もできる」
「いたしませんわ」
即答。
「物語が舞台を整えてくださるのですもの」
三日後。
王立学園大講堂は満員だった。
貴族、官僚、学生、そして野次馬。
ざわめきが天井に反響する。
中央には壇上。
あの日と同じ配置。
違うのは――
リディエルが一人で歩いてきたこと。
背筋を伸ばし、堂々と。
ざわめきが一段と大きくなる。
「元公爵令嬢リディエル!」
司会役の貴族が声を張り上げる。
「貴女は追放の身でありながら各地で騒動を起こし、王太子殿下の名誉を損ねた疑いがある!」
拍手と嘲笑が混じる。
期待しているのだ。
悪役の狼狽を。
取り乱し、言い訳し、追い詰められる姿を。
リディエルは壇上中央に立つ。
「まず一つ訂正を」
穏やかな声。
「騒動ではなく観光ですわ」
どよめき。
「火山島の救出劇は独断であり、王家の許可なく――」
「許可を取ってから噴火いたしますの?」
即座に返す。
笑いが起こる。
空気が揺らぐ。
司会役が顔を赤くする。
「問題はそこではない! 貴女の存在が王太子殿下の判断を狂わせている!」
「証拠は?」
静かな問い。
「殿下は自らの意思で行動なさっておりますわ」
会場後方でライベルトが立ち上がる。
「その通りだ」
ざわめき。
「彼女は私を操っていない」
はっきりと言う。
「むしろ、私が追いかけた」
衝撃が走る。
だがリディエルは視線を動かさない。
「本日の審問は、わたくしの罪を問う場ですわね?」
司会役が頷く。
「そうだ!」
「では逆にお尋ねいたします」
一歩、前へ。
「わたくしの罪とは何ですの?」
沈黙。
「悪役らしくなかったこと?」
ざわめき。
「ヒロインをいじめなかったこと?」
レティシアが静かに前へ出る。
「いじめられておりません」
凛とした声。
「私は彼女に救われました」
会場が揺れる。
リディエルは続ける。
「王太子を誑かしたこと?」
「……!」
「でしたら殿下、誑かされましたか?」
視線が集まる。
ライベルトは迷わない。
「されていない」
「では何が罪ですの?」
静まり返る講堂。
リディエルはゆっくりと観客席を見渡す。
「わたくしは断罪を受け、辺境へ向かいました」
「そこで島を巡り、灯台を見て、砂浜で遊び、火山島で人を助けました」
指折り数える。
「それが、王都の秩序を乱しますの?」
誰も答えない。
「悪役が幸福であっては困る、と以前伺いました」
静かに、しかしはっきりと。
「本日は、その前提を断罪いたします」
ざわめきが爆発する。
「な――」
「悪役が必要な物語こそ、破綻しておりますわ」
声が講堂に響く。
「誰かを踏み台にしなければ輝けない幸福など、偽物です」
レティシアが頷く。
「私は、そんな物語を望みません」
ライベルトも一歩前へ。
「私もだ」
三人が並ぶ。
かつての構図と同じ。
だが立場は逆。
「断罪なさいませ」
リディエルが両手を広げる。
「罪があると仰るなら、ここで」
挑発ではない。
覚悟。
沈黙が長く続く。
やがて、観客席の一角から拍手が起こった。
小さな音。
それが次第に広がる。
火山島から戻った商人。
救われた島民の親族。
噂を聞いた学生たち。
拍手は止まらない。
司会役は言葉を失う。
壇上に立つ“悪役令嬢”は、もはや孤立していない。
「……本件は再調査とする」
苦渋に満ちた宣言。
明確な断罪は、下されなかった。
講堂を出るとき、リディエルは小さく息を吐いた。
「疲れましたわ」
「無茶をするな」
ライベルトが言う。
「無茶ではございません」
微笑む。
「主導権を取り戻しただけですわ」
あの日、断罪を催促した少女は。
今日、断罪の場を塗り替えた。
悪役ではなく。
逃亡者でもなく。
自分の物語の書き手として。
再断罪劇は終わった。
だが物語は、まだ続く。




