第24話 帰還
王都の城壁が見えたとき、潮の匂いはもうしなかった。
代わりに漂うのは、石と人と、整えられた秩序の匂い。
「……久しぶりですわね」
リディエルは馬車の窓から外を見つめた。
高くそびえる白亜の城。
規則正しく並ぶ街並み。
何も変わっていない。
変わったのは、自分の方だ。
門が開く。
視線が突き刺さる。
王太子の帰還は歓迎されていた。
だが、その隣に座る少女への視線は違う。
「……あれが」
「追放されたはずでは」
「なぜ戻ってきた」
ひそひそ声。
噂は広がっている。
火山島の件も。
島巡りの旅も。
だが王都にとって彼女は、未だに“悪役令嬢”だ。
馬車が城門をくぐる。
広場が見えた。
――あの日、断罪が行われた場所。
リディエルは目を細める。
「具合は悪くないか」
隣のライベルトが低く尋ねる。
「平気ですわ」
微笑む。
「今回は自分の意思で戻ったのですもの」
あの日は違った。
勢いで断罪を催促し、追放を勝ち取った。
今日は違う。
呼び戻されはしたが、逃げずに来た。
それだけで立ち位置が違う。
城内に入ると、重厚な扉が閉まる。
石の床。
高い天井。
懐かしいはずの空間が、妙に狭く感じる。
「王は謁見の間でお待ちです」
近衛騎士が告げる。
レティシアが小さく息を吐く。
「緊張しますね」
「観光気分で参りましょう」
「無理がありますわ」
それでも、三人は並んで歩く。
扉が開く。
玉座の間。
王と、居並ぶ重臣たち。
冷たい視線。
値踏みする目。
王が口を開く。
「……戻ったか、ライベルト」
「は」
跪く。
リディエルとレティシアもそれに倣う。
「そして、リディエル」
名を呼ばれる。
玉座からの視線は鋭い。
「追放の身でありながら、各地で騒動を起こしていると聞く」
「騒動ではなく、観光ですわ」
間髪入れず答える。
ざわめき。
ライベルトが小さく咳払いする。
王は目を細めた。
「火山島での救出劇も、観光か?」
「ええ。制覇の一環です」
堂々と言い切る。
重臣の一人が声を荒げる。
「ふざけているのか!」
「いいえ」
リディエルは顔を上げる。
玉座を真正面から見つめる。
「わたくしはもう、悪役ではございません」
静まり返る。
「王都が望む役割を演じるつもりはありませんわ」
はっきりと。
「ですが、国に害をなす気もございません」
言葉を選ぶ。
「ただ旅をしていただけです」
王の視線が揺らぐ。
「旅、か」
「はい」
「王太子を巻き込んでか」
一瞬の沈黙。
ライベルトが顔を上げる。
「巻き込まれたのではありません」
強く言う。
「私が選んだのです」
玉座の間がざわつく。
王は息子を見つめる。
「王位を軽んじるか」
「軽んじてはおりません」
視線を逸らさない。
「ですが、誰かを悪役にして成り立つ王位なら、私は疑問を抱きます」
重臣たちの顔色が変わる。
レティシアも顔を上げる。
「私もです」
小さく、だが確かに。
「悪役が必要な物語には戻りません」
王はしばらく沈黙した。
広い謁見の間に緊張が張りつめる。
やがて、ゆっくりと口を開く。
「……面白い」
意外な言葉。
「物語に抗うか」
視線がリディエルに向く。
「ならば見せよ」
「何をでしょう」
「王都で、悪役にならずに生きられる姿を」
試すような声音。
「それが出来ぬなら、いずれ物語に呑まれる」
静かな宣告。
だが即座の拘束はない。
追放の再宣言もない。
「滞在を許す。ただし監視はつく」
重臣たちがざわめくが、王は手で制した。
「時代は動いている。確かめようではないか」
玉座の間を出た後。
重い扉が閉まる。
レティシアが深く息を吐いた。
「……生きた心地がしませんでした」
「わたくしも少しだけ」
少しだけ、というところが彼女らしい。
ライベルトは隣を見る。
「後悔していないか」
「しておりませんわ」
迷いなく答える。
窓の外に広がる王都の街並み。
ここが新たな舞台。
「帰ってきましたわね」
リディエルは微笑む。
「今度は、観客ではなく主演として」
悪役ではない。
逃亡者でもない。
王都に戻った旅人は、堂々と顔を上げる。
物語は再び動き出す。
だがその脚本は、もう一方的には書かせない。




