第18話 物語の修正力
第五島を発った翌朝。
港町に戻った船着き場には、不釣り合いな一団が立っていた。
揃いの黒い外套。
無駄のない動き。
そして、いかにも「王都の匂い」がする整然とした空気。
「……殿下」
リディエルが小さく呟く。
ライベルトも表情を引き締めた。
「来たか」
先頭に立つ男が一礼する。
「王太子殿下。ご無事で何より」
その声音は丁寧だが、目は笑っていない。
「何の用だ」
「王都よりの正式な通達です」
封蝋付きの文書が差し出される。
赤い紋章。
王家ではない。
有力貴族連名の印。
ライベルトは眉をひそめた。
「……読み上げろ」
男はわずかに口角を上げた。
「元公爵令嬢リディエルは、王都追放後もなお王太子殿下へ接触を続け、影響力を及ぼしている疑いがある。よって――」
レティシアが息を呑む。
「王都への帰還を禁じ、監視下に置くこと」
静寂が落ちる。
リディエルは、ぱちりと瞬きをした。
「まあ」
他人事のような声。
「物騒ですわね」
男は続ける。
「さらに、殿下がこのまま彼女と行動を共にする場合、王位継承権について再考する必要があるとのこと」
圧力。
露骨な。
レティシアの顔が青ざめる。
「そんな……」
ライベルトの拳が握られる。
「……ふざけるな」
「殿下。王都は混乱しております。悪役令嬢が大人しく辺境で慎ましくしていれば、物語は美しく終わったのです」
男は言った。
「しかし今の彼女は違う。楽しげに旅をし、殿下を振り回し、島民に慕われている」
冷たい視線がリディエルへ向けられる。
「それでは困るのです」
リディエルは首を傾げた。
「困る?」
「“悪役”が幸福であっては、困るのですよ」
空気が凍る。
レティシアが震える声で言う。
「……誰が、そんなことを決めたのですか」
「王都の秩序です」
男は淡々と答えた。
「物語には役割がある。貴女は光。彼女は影。それで均衡が取れていた」
リディエルは、ふっと笑った。
「まあ」
楽しそうに。
「わたくし、配役変更は受け付けておりませんの」
男の眉が動く。
「ご自覚がないようだ。貴女が存在する限り、殿下の評判は揺らぐ。王妃候補であるレティシア様の物語も濁る」
レティシアが顔を上げる。
「私の物語、ですか?」
「ええ。清らかで健気なヒロインが、悪役令嬢を乗り越え、王子と結ばれる――それが民の望む形」
沈黙。
レティシアはゆっくりと首を横に振った。
「……私は、誰かを踏み台にした覚えはありません」
その声は静かだが、強い。
男は視線を逸らさない。
「ですが、構図というものは自然に出来上がるものです」
「自然ではありませんわ」
リディエルが口を挟む。
「今、あなたが必死に“戻そう”としているでしょう?」
にこり、と微笑む。
「それを、修正力とお呼びになるのかしら」
男の目が細くなる。
「貴女は危険だ」
「光栄ですわ」
「殿下をお返しいただく」
その瞬間、護衛たちが一歩前に出た。
緊張が走る。
だが。
「断る」
低い声。
ライベルトだった。
全員が息を呑む。
「私は自分の意思でここにいる」
「殿下、それは――」
「王位継承を盾に脅すつもりなら好きにしろ」
強く、言い切る。
「だが、彼女を悪役に戻すための道具にはならない」
リディエルが目を丸くする。
「殿下……?」
男は一瞬だけ動揺を見せたが、すぐに冷静さを取り戻す。
「後悔なさいませぬよう」
「後悔は、もうした」
静かな言葉。
あの日の断罪。
勢いで下した判断。
物語に流された選択。
「今度は、自分で決める」
沈黙。
潮風が吹き抜ける。
男は深く一礼した。
「……本日は引きます。しかし王都は諦めません」
一団は去っていく。
緊張が解ける。
レティシアが小さく息を吐く。
「怖かった……」
「申し訳ありません、巻き込んで」
リディエルが言う。
だがその表情に、怯えはない。
「怖くありませんの?」
レティシアが問う。
「少しは」
リディエルは正直に答える。
「ですが、わたくしは島を制覇するのに忙しいのですわ」
きっぱりと。
「悪役に戻る暇はございません」
ライベルトが思わず笑う。
「強いな」
「当たり前ですわ」
胸を張る。
「だってこれは、わたくしの物語ですもの」
王都が望む筋書き。
整えられた役割。
押し戻そうとする力。
それでも。
波は止まらない。
船は進む。
悪役令嬢は、笑って地図を広げる。
「さて、次の島ですわよ」
物語の修正力など知らぬ顔で。
彼女は、今日も自分の航路を選ぶのだった。




