第17話 第五島:砂の白浜
船が近づくにつれ、海の色が変わっていく。
深い藍から、透き通る碧へ。
「まあ……!」
レティシアが声を上げる。
白い砂浜が弧を描き、陽光を反射して眩しい。
「綺麗ですわね」
リディエルも素直に感嘆する。
第五島――砂の白浜。
これまでの岩肌や荒波とはまるで違う、穏やかな楽園のような場所だった。
「観光向きだな」
ライベルトが呟く。
「制覇向きですわ」
即座に訂正が入る。
――そして。
「……どうしてこうなった」
ライベルトは遠い目をした。
目の前には、波打ち際で裾を持ち上げている二人の少女。
「濡れますわよ、レティシア様」
「きゃっ、冷たい……!」
はしゃぐ声。
王都では決して見なかった無防備な笑顔。
「殿下もいかがです?」
リディエルが振り返る。
軽装。
動きやすい夏用の装い。
過度な露出ではないが、王都基準では十分に軽やかだ。
潮風に髪が揺れる。
眩しい。
「遠慮する」
「海に弱いのに?」
「それとこれとは別だ」
強がる。
だが視線のやり場がない。
白い砂浜。
きらめく水面。
そして――
(落ち着け)
心臓の鼓動が妙に早い。
レティシアが波に足を取られてよろける。
「きゃっ」
「危ない」
自然と手が伸びる。
支える。
柔らかな感触。
「ありがとうございます、殿下」
微笑まれる。
これまで何度も見たはずの笑顔。
だが今は、どこか違う。
――違うのは、もう一人の存在のせいだ。
「殿下、こちらへ」
今度はリディエルが呼ぶ。
砂浜に何やら線を引いている。
「何をしている」
「島制覇の証ですわ」
「証?」
「この島で何を達成するか決めるのです」
真剣な顔。
「泳げるようになる、とか」
「私は泳げる」
「でしたら、もっと沖まで」
「やめろ」
からかいが混じる。
その笑顔に、胸がざわつく。
(これは……)
嵐の孤島での共闘。
港での再会。
船上でのやり取り。
積み重なった時間。
王都での彼女とは違う。
鎧を脱いだ姿。
笑う顔。
自由な瞳。
「殿下?」
近い。
顔が近い。
砂を払おうと屈んだ彼女と、視線がぶつかる。
一瞬、世界が静かになる。
波音だけが遠くで響く。
「顔が赤いですわよ」
「日差しだ」
「先ほどまで平気でしたのに?」
意地の悪い目。
だが嫌味ではない。
ただ、楽しんでいる。
(私は――)
理解する。
遅すぎるほど単純な答え。
彼女を断罪した日から、どこか引っかかっていた。
追いかけて、確かめて、共に嵐を越え。
そして今。
笑う彼女を見て。
(好き、なのか)
王子としてではなく。
一人の男として。
自由に生きる少女に、心を奪われている。
「殿下、砂のお城を作りません?」
レティシアの声。
「城?」
「はい。王子ですもの」
無邪気な提案。
「でしたらわたくしは灯台を」
リディエルが即答する。
「なぜ灯台だ」
「好きですの」
さらりと。
三人で砂を掘り始める。
王子が膝をつき、砂まみれになる光景など、王都では想像もできない。
笑い声。
潮風。
きらめく海。
完成したのは、少し歪な砂の城と、妙に立派な灯台。
「制覇、完了ですわ」
リディエルが満足げに頷く。
「何をもって完了なんだ」
「楽しかったので」
即答。
理屈が崩壊する。
だが、それでいいと思ってしまう自分がいる。
夕陽が海を染める。
二人の横顔が赤く照らされる。
レティシアは穏やかに笑い。
リディエルは遠くの水平線を見ている。
その横顔に、胸が締めつけられる。
王子は、ついに自覚する。
断罪の相手でも。
旅の同伴者でもない。
彼女は、特別だと。
波が静かに砂をさらう。
第五島、砂の白浜。
制覇の名の下に、王子の心もまた、静かに奪われていた。




