第12話 再会の港
潮の匂いが、王都とは違う。
重く、荒く、自由だ。
馬車を降りたライベルトは、辺境の港町を見渡した。
積み上がる木箱。
怒号混じりの値交渉。
帆を畳む船員たち。
活気がある。
報告以上だ。
「殿下、本当にお一人で?」
「視察だ。大げさにするな」
随行は最小限。
王子であることは伏せていないが、誇示もしていない。
その時――
「そこ、積み方が逆ですわ」
聞き覚えのある声。
はっと振り向く。
陽光の中、金色が揺れた。
リディエル。
簡素な旅装だが、姿勢は変わらない。
だが王都で見た豪奢な装いではない。
動きやすい服。
袖を少し捲り、荷の配置を指示している。
「重い箱は下。湿気を避けるなら布を挟みなさい」
「へい!」
屈強な男が素直に従う。
かつて王都で“悪役令嬢”と呼ばれた少女が、港の労働者に指示を出している。
しかも、自然に。
彼女がこちらに気づく。
目が合う。
一瞬。
だが――
「ごきげんよう、殿下」
穏やかな微笑み。
動揺は、ない。
まるで昨日ぶりの挨拶のように。
「……久しいな」
「ええ。王都はお変わりなく?」
先に近況を問われる。
追放された者の態度ではない。
「視察だ」
「それは結構ですわ。最近は交易が活発でして」
くるりと周囲を示す。
「ご覧の通り」
ライベルトは言葉を失う。
噂は本当だった。
この港は、確かに動いている。
「あなたが?」
「少しお手伝いを」
控えめな言い方。
だが周囲の視線が違う。
信頼。
敬意。
利用でも恐れでもない。
「なぜ、ここにいる」
「追放されたからですわ」
さらりと言う。
責める色はない。
「恨んではいないのか」
思わず出た言葉。
リディエルは瞬きを一つ。
「恨む理由が?」
「私は、あなたを断罪した」
「ええ」
「王都から追い出した」
「ええ」
肯定の連続。
淡々と。
「それで、わたくしは海を知りました」
「……海?」
「灯台の島。修道島。元海賊の島。子供たちの島」
指折り数える。
「王都にいたら、知らなかった景色ですわ」
風が髪を揺らす。
王都では重く垂れていた金色が、今は軽い。
「殿下は、何を確かめに?」
問われる。
核心を。
ライベルトは言葉を探す。
「私は……正しかったのか」
港の喧騒が遠くなる。
彼女は少し考え、首を傾げた。
「正しい、とは?」
「あなたは本当に罪人だったのか」
沈黙。
だが重くない。
「殿下がそう判断なさった。それが王都の正解だったのでしょう」
「私は、あなた個人の話をしている」
リディエルは、ふっと笑う。
悪役令嬢の嘲笑ではない。
「わたくしは少々、意地悪でしたわね」
「それだけか」
「ええ。それ以上でも以下でも」
否定も弁解もない。
「けれど」
一歩近づく。
距離が縮まる。
「殿下は、ご自身で疑問を持ってここまでいらしたのでしょう?」
図星。
「それは、誰の物語でもない、殿下ご自身の選択ですわ」
胸がざわつく。
彼女は責めない。
許しもしない。
ただ、前を向いている。
「王都へ戻れと言えば?」
試すような問い。
リディエルは即答した。
「お断りいたします」
迷いがない。
「わたくし、今とても楽しいのですもの」
背後で子供が手を振る。
「お姉ちゃーん!」
「今行きますわ」
振り返る笑顔。
無防備で、自然で。
ライベルトの知らない表情。
「殿下」
去り際、彼女は言う。
「断罪が正しかったかどうかは、今のわたくしには重要ではありません」
「……なぜだ」
「もう、物語は進んでおりますから」
その言葉を残し、彼女は駆けていく。
港の人々の中へ。
呼ばれ、頼られ、笑い合う輪の中へ。
ライベルトは立ち尽くす。
追放されたはずの令嬢は、ここで中心にいる。
王都の外で。
自由に。
(私は……彼女を失ったのか)
いや。
そもそも、所有してなどいなかった。
波が静かに岸を打つ。
再会は、劇的ではない。
だが確かに、何かが変わった。
王子は初めて知る。
断罪の先にも、人生は続くことを。
そして。
彼女はもう、“悪役令嬢”ではないのかもしれないと。




