第11話 追跡開始
王都の朝は、いつも通り整っていた。
規則正しく鳴る鐘。
磨き上げられた石畳。
乱れのない衛兵の列。
その中心に立ちながら、ライベルトは思う。
(ここは、完成しすぎている)
欠けたものがない。
――いや。
一つだけ、欠けている。
「殿下、本日の政務は――」
「午前は短縮する」
側近が目を瞬く。
「短縮、でございますか」
「ああ。視察の準備を優先する」
“視察”。
そう名付けた瞬間、決意が形になる。
辺境の港町。
交易量の増加。
金髪の令嬢の噂。
偶然にしては出来すぎている。
「本当に行かれるのですか」
問いは遠慮がちだが、核心を突いている。
「何か問題が?」
「いえ。ただ……」
ただ、何だ。
王子が自ら動く必要はない。
部下を送れば済む。
それでも。
「自分の目で確かめたい」
それが答えだった。
断罪の日。
あの言葉が、何度も蘇る。
『早く断罪してください』
挑発ではなかった。
嘲笑でもなかった。
まるで――
先を知る者の余裕。
(私は、操られていたのか?)
学園の空気。
令嬢たちの視線。
レティシアの涙。
すべてが彼の背を押した。
王子として正しい選択。
だが、“彼自身”の選択だったか。
書斎の机に、地図を広げる。
王都から南へ。
海沿いの道。
小さな港町。
さらにその先に、点在する島々。
「島巡り……か」
噂が事実なら、彼女は王都に縛られていない。
自由に動いている。
追放されたはずの令嬢が。
なぜ、自由なのだ。
なぜ、成功しているのだ。
「殿下」
側近が声を落とす。
「もし、彼女が無実であったなら」
その先は言わない。
だが意味は伝わる。
王子の断罪が誤りだった場合。
王家の威信は傷つく。
政治的影響は避けられない。
「その時は」
ライベルトは静かに言う。
「その時に考える」
逃げない。
それだけは決めた。
王子である前に、一人の人間として。
午後。
馬車が城門前に用意される。
過度な随行は避けた。
公式だが、大仰ではない。
視察として自然な規模。
門が開く。
王都の外へ続く道。
何度も通ったはずなのに、今日は違って見える。
境界線。
内と外。
秩序と未知。
馬車に乗り込む前、ライベルトは振り返る。
高い城壁。
守られた世界。
(私は、何を守ろうとした)
国か。
正義か。
それとも。
自分の立場か。
「出発します」
御者の声。
馬が歩き出す。
石畳の音が遠ざかる。
風が、王都の匂いを薄めていく。
揺れる車内で、ライベルトは目を閉じる。
追うのは罪人ではない。
確かめるのは噂でもない。
確かめたいのは――
自分の判断。
そして。
彼女の本当の姿。
もし彼女が、王都を離れてなお笑っているなら。
もし彼女が、自分の力で道を拓いているなら。
その時、自分は何を言う。
謝罪か。
弁明か。
それとも。
馬車は南へ進む。
王子は初めて、追う側になった。
物語の中心に立つ者が、
物語の外へ踏み出す。
追跡開始。
その先にあるのは、真実か、それとも後悔か。
まだ、誰にもわからない。




