第36話
第36話
"再編成"
一方…
美術館の北部にある事務所に、楓の出血を止める為の道具を探しに来た晴香。
「あった…!」
部屋の奥にある棚の中に、埃まみれの救急箱を見つけた。
晴香は埃を軽く払ってから、中身を確認する。
救急箱の中には、包帯や消毒液などが入っていた。
「(医療の事なんてちんぷんかんぷんだけど…とりあえずこれ持ってけば大丈夫だよね…?)」
箱を閉じ、それを持って部屋から出る。
通路に出ると1体の患者が晴香を待ち受けていた。
「(逃げ場は…無いよね…)」
救急箱を一旦床に置き、予備の武器として持っていたハンドガンを取り出し、左手にナイフを持ったまま、ハンドガンを両手で構える。
晴香は患者の両足を撃ち抜いて跪かせ、顔面にナイフを突き刺した。
ナイフに塗ってある液体の効果で、絶命する患者。
「(急がないと…)」
晴香は床に置いた救急箱を再び手に持ち、楓と凛が待つ2階の貴重品展示室へと向かった。
それから5分後、晴香は貴重品展示室に到着する。
「すみません…遅くなっちゃって…」
「大したもんやな。本当に見つけてくるとは思っとらんかったわ」
「バカに…してます…?」
「ふっ…。さぁな」
楓は小さく笑って、晴香から救急箱を受け取った。
「さてと…」
治療の為に、服を脱ぐ楓。
「ちょ、ちょちょちょちょッ…!?」
突然の楓の脱衣に、隣に居る凛が激しく動揺した。
「か…かかかか…楓さん…?い…いきなり脱ぐのは…まずくないですかね…?」
「何がや」
「何がって…。見られて…ます…よ…?」
「何言うとんのやお前。ここには女しか居らへんやないか」
「いやそうですけど…。恥ずかしいとか…思わないんですか…?」
「女同士で何を恥じる必要があるっちゅうねん」
「(ダメだ…。この人に羞恥心なんて無い…)」
そんな傍ら、晴香は…
「(むぅぅぅッ…!)」
楓の胸に、嫉妬していた。
治療を終えた楓は腹部に走る激痛に耐えながら、ゆっくりと立ち上がる。
「ほな…外、出よか…」
「大丈夫ですか?」
心配する凛に、もたれかかる楓。
「大丈夫に見えるんか?肩貸せやアホ」
「はーい…」
嫌々といった様子で楓の腕を肩に回した凛を見て、晴香は彼女を心配した。
「凛さんこそ、大丈夫なんですか?」
「私は大分良くなってきたよ。…口の中に広がる血の味は健在だけどね」
「む、無理しないでくださいね…?」
「ふふ…。ありがと」
3人は晴香を先頭に、外へ出る為に歩き出した。
「そこの非常口から出た方が早いハズや。…敵が出たら、頼むで。赤城」
「はい…」
ベテラン2人が戦闘不能という状況に、緊張が窺える晴香。
とはいえ晴香にも、患者を幾度となく仕留めてきたという実績があるという事は確たる事実。
2人もそれは自分の目で見た事なので、安心して晴香に命を預ける事ができた。
しかしそれは、晴香にとってはこの上ないプレッシャーとなった。
「そんなに緊張しなくて良いよ。晴香ちゃん」
そんな晴香に微笑みかけて、安心させる凛。
「その通りや。安心せい。いざとなったら宮城を餌にすればええ」
「良くないですね。はい」
凛は満面の笑みを浮かべながら、楓にそう言った。
そんな軽々しい2人の様子を見ている内に、晴香の緊張が少し解ける。
「えへへ…。しっかりついて来てくださいね?」
「おう。ほな、行こか」
「いざとなったらこの人置いてくけど、よろしくね!」
「お前ウチの怪我が治った時は覚えとけよ?」
「私、忘れっぽいので」
「安心せい。その時は一発ぶん殴って思い出させたるわ」
「あ、あははは…」
これも2人の仲が良い証拠なのかな、と思いながら、晴香は苦笑を浮かべた。
そんな会話はあったものの、結局外に出るまで、3人は一度も敵とは遭遇しなかった。
晴香が外への扉を開けようとした時、楓が不意にこう呟く。
「…葵さん。無事やろか」
「………」
晴香は思わず、手を止めた。
「…すまん。無事に決まっとるわな」
「でも、流石の葵さんでもあの兵器相手じゃ…」
凛が言い切る前に、楓が彼女の頭に軽く頭突きをして黙らせる。
「痛っ!」
「黙っとれやアホ。赤城を動揺させてどないすんねん」
「い、言い出したの楓さんじゃないですかぁっ!」
「知るかアホ」
「さっきからアホアホばっかり…!アホアホ言う方がアホなんですよーだ!」
「アホやからアホ言うとるんや。このアホ」
「あーまた言ったー!」
「(怪我人…なんだよね…?)」
意外と元気な2人に、晴香は思わず溜め息を吐いた。
扉を開けた先に待っていたのは、葵、茜、風香の3人と、度重なる進化によってもはや原型を留めていないD-03。
新陳代謝のバランスが崩れ始めたらしく、D-03には腕と頭が無くなっており、肉塊に足が2本生えているというだけの、更に醜い姿になっていた。
「な、何あれ…!?」
喫驚を言葉で表す凛。
しかし、第4形態のD-03の本当の姿は今の姿ではなく、しばらくすると、D-03は一同が見ている前で更なる変化を遂げた。
茜が蹴破った胸部が見る見るうちに再生されていき、そこに大きな口のような物が現れる。
その口から透明な液体が地面に落ちた瞬間、その地面が途轍もない速さで溶け始めた。
それを見て、一同は第4形態の主な危険要素を察知する。
第4形態の武器は、触れたものを全て溶かしてしまう、酸性の液体だった。
「あら、無事で良かったわ。あなた達」
「葵さん…。あれは…何なんですか…?」
葵達3人の元に向かいながら、晴香が訊く。
「あなたは初対面だったわね。あれが、沢村明美の最高傑作らしいわよ」
「あれが…ですか?」
晴香は再びD-03を見てみるが、やはりその醜悪な姿には、嫌悪感を抱いた。
「明美さん…らしくないような…」
「そうそう。私が言ってる沢村明美と、あなたが知ってる沢村明美は別人よ」
「…はい?」
「まぁ詳しい話は後で話すわ。とりあえずあなたは、怪我人を避難させてもらえるかしら?」
「わ、わかりました…」
葵の突拍子も無い話に困惑しながらも、晴香は楓と凛の元へと戻っていく。
その時、一同の背後から、けたたましい車のクラクションが聞こえてきた。
「な、何…?」
思わず足を止めて、振り返る晴香。
すると、こちらに猛スピードで走ってくる、大きなバスが見えた。
「な、何何…!?何なの…!?」
一同は突然の事に狼狽しながらも、素早くその場から離れる。
猛スピードで走ってきたバスはD-03を轢いて吹っ飛ばしてから、一同の前に止まった。
「よし。我ながらクールな登場だぜ」
「ただのバカにしか見えないぞ。姉貴」
バスから降りてきたのは、久遠姉妹の2人。
2人は白波町からこの町に戻ってきた後、行く当ても無しに町中を走り回っていた。
そして偶然通りかかった美術館に一同の姿を見つけ、そのままバスで乗り込んできたというワケである。
「あー…。誰なのかは知らないけど、助かったわ」
「お安い御用さ。このグレートドライバー久遠にとっては朝飯前だからな」
「(変わった…人ね…)」
真希のテンションについていけず、困惑する葵。
その時、バスに轢かれたD-03が立ち上がり、ゆっくりと一同の方へ歩き始めた。
「だらだらと喋ってる暇は無さそうね。来たところで悪いんだけど、こっちには怪我人が居るの。避難させて貰えたら嬉しいわ」
「わかった。あんた達はどうすんだい?」
「こいつを片付けるわ。放っといたら、面倒だからね」
「そうかい。それじゃ、怪我人の事は任せてくれ」
「恩に着るわ」
真希は再びバスに乗り、楓と凛の元に移動する。
葵は楓と凛がバスに乗り込んだのを確認して、D-03の方に向き直った。
「さて、どうしましょうか」
「待って。提案があるの」
刀に手を付け、D-03に向かって歩き出そうとした葵を、茜が止める。
「提案?」
「えぇ。奴の対処に4人も…」
「待った。来るわよ」
「え?」
話を遮られた茜がD-03の方を見た途端に、D-03が一同に向かって例の液体を吐き出した。
素早く反応して、一同はそれを各々避ける。
液体が付着した地面はやはり音を立てながら溶けていったが、一同の中に被害を受けた者は居なかった。
「全く…。おちおち話もさせてくれないのね…」
「しょうがないでしょう。さっさと黙らせない限りはね。…というワケで、早く片付けちゃいましょう」
葵の返答に、苦笑する茜。
「いや…まぁそう言うとは思ってたけど…」
「じゃあどうして訊いたのよ」
「…何となく?」
「あっそ…。それで、提案ってのは?」
葵に訊かれ、茜は思い出したように答える。
「あぁ、そうそう…。これだけ大人数で戦ってもしょうがないでしょう?敵の攻撃の軌道が読み辛くなるじゃない」
茜がそう言うと、葵は珍しく、彼女の意見に賛同した。
「…確かにそうね。でも、分散させてどうするって言うの?」
「他のメンバーが心配だわ。ここに2人残って奴を対処して、残りの2人が探しに行くのが妥当じゃないかしら」
「なるほど…ね」
飛んできた液体を軽く避けて、葵はこの場に居るメンバーの顔を見回す。
しばらく時間を掛けた所で、葵はメンバーの振り分けを発表した。
「茜」
「何?」
「あんたは私と残りなさい」
「…はぁ?」
一番無いと思っていた振り分けに、茜は思わず気の抜けたような返事を返す。
そんな茜を無視して、葵は晴香、風香に視線を移す。
「あなた達、2人で大丈夫よね?」
「私は構いませんよ」
「異議無し」
2人の返事を聞いた葵は、得意気そうに茜を見た。
「…って事。さぁ行くわよ!」
「ま、待ちなさいよッ…!」
突然D-03に向かって走り出す葵と、それを慌てて追い掛ける茜。
「えーと…。じゃあ行こっか…。とりあえず…」
「頼りないなぁ。お姉ちゃん」
「う、うるさい…!」
赤城姉妹の2人も、仲間を探しにその場から離れた。
第36話 終




