第34話
第34話
"姿見ずとも"
第2形態となり、右腕が刃のように変貌したD-03。
対する葵は、茜から受け取った日本刀を構え、D-03の前に立ちはだかっていた。
D-03は第1形態の時のダメージが少し残っているらしく、自分からは動かずに、肩で息をしながら葵の様子を静かに観察する。
「…そういう事なら、私から行かせてもらうわよ」
葵は慎重なD-03を見て、余裕にあふれた笑みを浮かべながら近付いて行った。
D-03はふらつきながらも、右腕を振り回しながら葵を迎え撃つ。
しかし、そんな攻撃が葵に当たるハズもなく、彼女は攻撃を避けてD-03の背後に回る。
D-03は大袈裟な動きで振り返り、葵の首を右腕で落とそうとする。
その攻撃を完全に読み切った葵は、あえて避けずに、右腕の刃ではない部分を掴んで攻撃を受け止める。
そして、その右腕を上にあげ、無防備となった所に日本刀での一閃。
D-03は寸前で体を後ろにさげたことにより、直撃だけは免れる。
しかし、綺麗に斬り裂かれた腹部からは、直視したくない内容物が飛び出た。
「兵器にも内蔵はあるのねぇ…。どうして無くてもいいものを作ったのかしら?」
地面に落ちた内蔵を刀の切っ先に引っ掛けて、それを気持ち悪いと思いながらも観察する葵。
「…まぁそんな事言ったら、そもそも兵器ってもの自体が無くてもいいものよね」
切っ先の内蔵をD-03の足元に投げ捨て、葵は嘲笑しながらそう言った。
D-03は足元に転がっている自分の内臓を踏みつけて、葵に向かって歩いていく。
葵は刀の刃に付いている血糊を振り落として、D-03が接近してくるのを待つ。
距離が縮まるなり、突然葵に斬りかかるD-03。
葵はそれを避けて素早く背後に回り、背中を斬りつける。
D-03は負けじと振り返り様に右腕を振るが、その時には既に、葵は再び背後に回っていた。
「退屈ね…」
再び斬りつけ、その後の攻撃も避けて、再びD-03の背後へ。
葵はD-03が振り向く際に見せる僅かな挙動で、D-03が次にどちらに体を動かして振り返るかを判断していた。
背後を取っては背中を斬りつけるという一連の行動を何度か繰り返している内に、現状の不利を判断したD-03が一旦葵から距離を離す。
「ほら、さっさとかかってきなさい」
相変わらず退屈そうな様子の葵は、露骨に大きな欠伸をして見せた。
D-03は消耗しきっている体力のまま、再び葵に攻撃を仕掛ける。
「…これ以上やっても無駄ね。終わりにしましょうか」
葵はそう言って、刀を正面に構える。
そして、斬りかかってきたD-03の首を、目にも留まらぬ早さで斬りつけた。
途端に、大人しくなるD-03。
葵が刀を鞘にしまったのと同時に、D-03の頭は地面に落ちた。
「はぁ…。1形態の方が、まだ手応えあったわね…」
つまらなさそうな表情で、茜と風香の元へ戻っていく葵。
「姉さん…。あなたもう完全に戦闘狂ね…」
「失礼ね。私は武を極めようとしているだけよ」
そんな2人を見ていた風香が、そっぽを向いてぼそっと呟く。
「変態戦闘狂姉妹…」
しかし、2人には聞こえていた。
「あら、今よからぬ言葉を聞いてしまったわ。お仕置きが必要みたいね。茜」
「えぇ。身も心も私達の物にしてしまいましょうか。姉さん」
「あ…。ご、ごめんなさい…」
「偽りの謝罪は私には通用しないわ。茜、押さえてなさい」
「任せなさい。まずはオーソドックスに靴から脱がしましょう」
「嘘、ホントにやるの…!?嫌だ!離せバカ!やめろぉッ!」
その頃…
「宮城さん…立てますか…?」
「ちょっとまだ…ふらつくかも…。ごめんね…心配かけちゃって…」
茜、風香と分かれ、美術館の中で待機している、負傷を負った凛と楓の元に向かった晴香。
凛の方はそこまで重傷ではなかったが、楓の状態は違っていた。
「か、楓さん…?」
晴香の肩にもたれ掛かっている楓が、がくっと体勢を崩す。
「すまんな…。思ったよりも…出血が酷いわ…」
そう言った楓の体温は冷たくなり始めており、顔は青白くなっていた。
そんな彼女の様子を見て、晴香は何かを決心する。
「…どういうつもりや。赤城」
晴香は楓を、凛の隣に座らせた。
「治療できる道具が無いか、探してきます」
「アホか、そないな危険なマネさせるワケ…」
「危険なのは楓さんの方ですよ…!」
「………」
黙り込んで、晴香の顔をじっと見つめる楓。
しばらくして、楓はふっと笑い、彼女にこう言った。
「…ホンマにお人好しな奴やな。いつか足掬われるで」
「えへへ…。構いませんよ。私はそれで」
「けっ…。ほな、頼んだで」
「はい…!」
晴香は微笑みながら強く頷き、その場を離れた。
「本当に、優しい子ですね…」
「…全くやな」
楓は走り去っていく晴香の後ろ姿を見て、静かに笑った。
「(医療室…なんてあるワケ無いか。ここ美術館だもんね…)」
辺りをきょろきょろ見ながら、暗い通路を歩いていく晴香。
思わず衝動に駆られて飛び出してきた晴香であったが、やはり彼女の心の中には、恐怖心が芽生えていた。
「(何も…居ないよね…?)」
その時、彼女の思いを裏切るかのように、近くで何かが地面に落ちたような鈍い物音がする。
晴香は慌てて銃を構えたが、何も現れず、辺りは静寂に包まれた。
「………」
警戒を解かずに、銃を構えたまま歩き出す晴香。
足音は殺しているものの、通路には彼女の僅かな足音だけが響いていた。
しばらく歩いている内に、2階のロビーに到着する。
そこに、先程の物音の原因が居た。
「(…患者なら大丈夫)」
自分に言い聞かせるように心の中でそう呟き、目の前に居る患者に銃を向ける。
患者は晴香に気付くと、特有の鈍い歩き方で、彼女に近付いてきた。
晴香は患者の頭に、銃弾を1発撃ち込む。
少し前まではどこにでも居るような平凡な女子高生であった晴香であるが、2度の騒動を生き抜いた彼女は今や、軍人に負けず劣らずの射撃精度を持っていた。
発射された1発の銃弾は、患者の眉間に風穴を開ける。
患者はゆっくりと膝をつき、地面に崩れ落ちた。
銃を下ろす晴香。
しかし、患者はまだ絶命してなかった。
「何で…動くの…!?」
これまでの常識が破綻し、混乱する晴香。
通常の患者が眉間を撃ち抜かれて絶命しなかったのは、これが初めてであった。
がむしゃらに、銃を乱射する晴香。
患者は倒れる所か、更に速度を上げて接近してくる。
「は、離してッ…!」
晴香は患者に組み付かれ、そのまま押し倒されてしまった。
銃を発砲する余裕など無く、晴香はひたすら咬まれないよう必死に抵抗するだけ。
しかし、晴香の力では、患者を退ける事はできなかった。
徐々に、患者の口が晴香の首に迫っていく。
「助け…て…!」
晴香の悲痛な叫びは、誰にも届かない。
晴香はもうダメだと、覚悟を決めた。
「きゃあッ!?」
突然、患者の力がすっと抜けて、晴香に覆い被さる。
何が起きたのかと思い、動かなくなった患者をどけて、その体を見てみる。
後頭部に、小さな注射器のような物が刺さっていた。
晴香はその注射器に疑問を抱くよりも先に、誰が自分を助けてくれたのかという事が気になり、辺りを見回し始める。
通路の奥に、人の姿が見えた。
「あ、あなたは…!」
その人物は晴香がこちらに気付いたのと同時に、晴香に背を向けて走り出す。
「待って!」
晴香はそれを追いかけるが、逃げていくその人物の方が足は早い。
結局曲がり角を曲がった所で、その人物の姿を見失ってしまった。
晴香は肩で息をしながら、その人物の姿を思い出す。
遠目だったので鮮明には見えなかったものの、晴香はその人物の名前を呟いた。
「恭子…さん…?」
その後、晴香は楓の様態が危険だという事を思い出し、治療できる道具を探す為に再び足を動かし始めた。
しかし心の中では、無意識にも先程の人物の事を考えてしまう。
「(有り得ない…。だって恭子さんは前の…騒動で…)」
心の中でそこまで呟き、突然独りでに首を振り始める晴香。
「(ダメダメ…。今は治療道具の探索に集中しなきゃ…)」
気を引き締め直して、通路を歩いていく。
しかし、すぐにまた、別の事が頭の中に浮かんだ。
「(…さっきの注射器、何だったんだろ)」
先程の患者の後頭部に刺さっていた、小さな注射器の事を思い出し、上の空になる晴香。
「(…あーもうっ!)」
晴香は再び、頭をぶんぶんと横に振った。
歩いている内に、いつの間にか通路を抜けていた晴香は、2階のロビーで一旦足を止める。
「(見取り図…ちょっと見とこっかな)」
ロビーの丁度真ん中あたりに設置してある大きな見取り図を発見した晴香は、そこへと足を運んだ。
「(こうして見ると、やっぱり広いなぁ…)」
どうしても、関係の無い事が気になってしまう晴香。
「(…何だろ。集中できない)」
晴香は自分の頭を軽く叩いて、気持ちを切り替えようと試みる。
その時、ふと、見取り図の中にある事務所という文字が目に入った。
「(事務所なら、救急箱ぐらいはあるよね…?)」
見取り図を見るに、事務所がある場所は1階の北端。
晴香は場所を確認すると、近くの階段から、1階へと降りていった。
美術館の北側は、関係者以外立ち入り禁止となっているエリア。
そのエリアに到着した晴香は、先程まで居た展示エリアとの雲泥の差に、少々面食らった。
「(…まぁ、お客さんの目には入らないから大丈夫だよね)」
その地味な通路を、進んでいく。
事務所はすぐに見つかり、晴香は万が一に備えて銃の残弾を確認してから、事務所の扉に手を掛けた。
「(…さっきの患者、どうして倒れなかったんだろ)」
不意に、先程自分を襲った患者の事を思い出す。
確かに頭を撃ち抜いたハズであるのに、倒れるどころか一層凶暴化した今までに無いケース。
「(…事務所は安全だよね?)」
半ば祈りながら、扉を開けて部屋に入る晴香。
しかし、彼女の祈りは無意味であった。
部屋の隅で死体を貪っていた2体の患者が晴香に気付き、ゆっくりと顔を向ける。
「(…不幸だなぁ)」
晴香は他に敵が居ないか辺りを確認してから、発砲を始めた。
しかし、頭を撃ち抜くが、倒れない。
晴香はその時にやっと、目の前の患者が今までの患者ではないのではないかと疑いを持った。
「(まさか…変異…?)」
後ずさりながら、銃弾を撃ち込んでいく。
弾倉が空になるまで撃ってみたものの、やはり患者が倒れる事は無かった。
「(どうしよう…。弾はまだあるけど…倒せる気がしない…)」
気が付けば、背中は既に壁についている。
逃げ場を失った晴香は、辺りを見回して打開策を探す。
しかし、そう都合良く、何か便利な物があるハズも無い。
と、晴香が思った瞬間、足元に何かが転がってきた。
「(…え?)」
突然の事に驚きながら、足元を見てみる。
そこには、大振りなサバイバルナイフが落ちていた。
「(ナイフ…?一体誰が…?)」
不思議に思いながらも、それを拾い上げる。
すると、ナイフの刃の部分に、透明な液体が塗られている事に気付いた。
「(…もしかして)」
晴香は何かを思い付き、目の前の患者にナイフを構える。
そして、患者が組み付こうとした瞬間、そのナイフを患者の首に思い切り突き刺した。
刺された患者は、銃弾を何十発も撃ち込まれても倒れなかったにも関わらず、数秒で動かなくなる。
「(やっぱり…!)」
晴香は確信を持ち、もう1体にもナイフを突き刺す。
すると、やはり患者は倒れ、そのまま動かなくなった。
「(このナイフには患者を一瞬で仕留められる液体が塗られてるんだ…。…でも一体誰が?)」
そうは言いつつも、心当たりはある晴香。
「(恭子さん…あなたは生きてるんですか…?)」
一度部屋から出て辺りを見回してみたが、人の姿は見当たらなかった。
「(…治療道具、探さなきゃ)」
部屋に戻る晴香。
その姿を、遠くの曲がり角から、気付かれないように見ていた人物が居た。
「…ふふふ」
第34話 終




