第30話
第30話
"死神"
「(まずい…よね。コレ…)」
首から伝わってくる刃物の冷たい感触に、思わず冷や汗をかく亜莉紗。
背後に居る何かが持っている刃物は1つではないらしく、紗也香の首にも亜莉紗と同じ物が触れていた。
必死に現状を打破できる方法を考える2人。
しかし…
「(…ダメだ。何もできない)」
「(ダメみたいですね…)」
そんな方法は思い付かなかった。
2人はひたすら、首元のナイフが動かない事を祈るばかり。
「………」
その状態がしばらく続いたその時、亜莉紗はある事に気付いた。
「(…何で斬らないんだろ?)」
既にそれなりの時間が経過しているハズなのに、背後の何かは中々2人を殺そうとしない。
亜莉紗が不気味に思いながらも動かないでいると、2人の首から、ゆっくりと刃物が離れた。
「…え?」
「…?」
当然、驚く2人。
その時、2人は始めて、背後に居た何かの姿を確認できた。
漆黒と呼ぶのが相応しい真っ黒なコート、頭と口元を覆っている黒のバンダナ。
全身黒ずくめのそれが唯一付けている色のある物は、目元の赤いサングラスだけ。
その正体は、最凶と言っても過言ではない生体兵器D-15と並ぶ上位クラスの生体兵器、D-13だった。
兵器の中でも異彩を放っているその姿に、2人は思わず立ち竦む。
すると、D-13は2人に背を向けて、彩と歩美の元へと歩いていった。
そしてその際、D-13は嘲笑気味に、鼻で笑ったように見えた。
「バカに…された…?」
「まさか…。奴は兵器ですよ…?」
「…だよね」
「あらら…。何だか嫌な予感がするわ」
「嫌な予感?」
群がっているD-18の相手をしている、彩と歩美。
背後からD-13が迫ってきている事を、彩が感づいた。
「…尋常じゃない殺気ね」
振り返ってその姿を確認し、苦笑を浮かべる彩。
「D-13よ。上位兵器…だった気がするわ」
「上位兵器?」
「他の兵器に指示を出す事ができる個体よ。今の所、2体確認できてるわ」
「ふーん…」
彩は自分から訊いておいてつまらなさそうな返事を返し、D-13の元へ歩いていこうとした。
それを、歩美が止める。
「待ちなさい。奴とやり合うつもり?」
「放っておくワケにはいかないでしょう?」
「…止めた方が良いと思うわよ?」
「え?」
その時彩は、歩美の方に顔を向けた為、一瞬とはいえD-13から目を離してしまう。
その隙を、D-13が見逃すハズも無かった。
「…っと」
一瞬で距離を詰められ、喉に刃物を突き付けられた彩。
身動きが取れなくなり、先程の亜莉紗達と同じ展開になってしまったが、彩はまだ諦めていなかった。
体を後ろに反らして刃物を喉元から離し、右足で刃物を蹴り上げる。
彼女が既に戦意喪失したと思い込んでいたD-13は不意を突かれ、蹴られた際にその刃物を手離した。
「うふふ…。油断したわね」
勝ち誇ったような笑みを浮かべる彩。
D-13はしばらくの間彩を見つめた後、足元に転がり落ちている刃物を蹴って、彩の足元に滑り込ませた。
「………」
刃物に目を落とし、どういうつもりかと思いながら、再びD-13を見る。
D-13は刃物を持っていない手で彩の足元にある刃物を指差し、"拾え"と指示した。
「…面白いわね、あなた」
彩はニヤリと笑い、足元の刃物を器用に蹴り上げて手に取り、その切っ先をD-13に向けて、勝負に受けて立つ事を示す。
D-13は刃物を器用に回しながら、彩に近付いていく。
それを見て、彩も同じように刃物を回しながら、近付いていく。
そして、攻撃範囲に達した途端、彩とD-13は同時に刃物で斬りかかった。
お互いの刃物がぶつかり合い、鋭い音がその場に響き渡る。
鍔迫り合いが始まり、彩とD-13は一歩も退かずにお互い睨み合った。
その状態から先に動いたのは彩。
彼女は体を横にずらして敵の刃物をかわし、D-13のバランスが崩れた所で、背中を斬りつけようとした。
しかし、D-13はバランスを崩したにも関わらず、素早く振り返って彩が振り下ろした刃物を弾き返した。
その衝撃に、今度は彩がバランスを崩し、彼女が無防備になる。
D-13は無防備となった彼女の胸元に、刃物を突き刺そうとした。
彩は自ら体を転倒させ、辛くもその攻撃を回避する。
D-13は転倒した彼女に刃物を突き刺そうとしたが、それよりも早く、彩は後転して起き上がった。
「ふぅ…。厳しいわね…」
乱れた髪を掻き上げて整え、先制を取る為に自分から接近する。
それからは、両者共に一歩も退かない攻防が始まった。
お互い、攻撃しては弾かれ、弾いては攻撃を繰り返す。
最初は刃物による攻撃だけであったが、しばらく続く内に、彩もD-13も刃物だけでなく、素手による殴打や蹴りなどの体術も使い始めていた。
どれくらいの間、その攻防が続いていたのかは本人達にもわからないが、不意にD-13が放ったローキックが、反応が遅れた彩の右足に直撃する。
D-13は彩が体勢を立て直す隙も与えずに、刃物を彼女の首にめがけて振る。
彩は何とかその一振りを刃物で弾いたが、その時のD-13の狙いは端から彼女ではなく、彼女が持っている刃物であった。
防御に入っていた彩は反応する事などできず、刃物の柄の部分への攻撃に、思わず刃物を手離してしまう。
「…完敗ね」
苦笑を浮かべた彩の首に、D-13は刃物を振りかぶった。
覚悟を決めた彩は目を閉じて、自分の首が胴体と離れるのを静かに待つ。
しかし、刃物の切っ先は、彩の首に触れる寸前で止まった。
「…?」
彩は思わず目を開けて、D-13を見る。
その表情は赤いサングラスや黒のバンダナのせいで確認できなかったが、何となく、D-13は嘲笑したように見えた。
D-13は刃物を下ろし、地面に落ちている彩が使っていた刃物を拾い、その場から離れていく。
「ま、待ちなさいよ…!」
どうして呼び止めたかったのかは本人にもわからなかったが、彩はD-13を呼び止めようとする。
そんな彼女の肩を、歩美が掴んだ。
「放っておきなさい。奴はそういう兵器なのよ」
「ど、どういう事…?」
「奴は自分よりも強い敵を探しているらしいわ。…まぁ聞いた話では、その性質のせいで失敗作と呼ばれているらしいのだけれど」
歩美の説明を聞いて冷静になった彩は、再びD-13の後ろ姿を睨み付ける。
「…次の相手は倒せるかしらね?」
D-13が向かった先は、大神姉妹の2人の元だった。
「…結衣姉、何か来たよ」
D-13がまだ近くにすら来ていないにも関わらず、その気配を察知する玲奈。
その感性にはD-13も驚いたらしく、ぴたりと足を止め、警戒した。
「へぇ、初めて見る顔だね」
「顔見えないけどね」
得体の知れない敵に、自分達から歩み寄っていく2人。
D-13は結衣が持っているハンドガンを見た途端、突然彼女に突進していった。
「おわっ…と!」
不意を突かれたものの、回避して背後を取る。
しかし、結衣が発砲する寸前で、D-13は背を向けたまま彼女のハンドガンを蹴り上げる。
そして、2本の刃物で結衣の首を挟み込み、切断しようとした。
「忘れちゃ嫌だよ」
いつの間にかD-13の背後に回り込んでいた玲奈がそう呟いて、D-13の背中に跳び蹴りを入れる。
D-13は、その攻撃すら読んでいた。
跳び蹴りを避けられた玲奈は着地に失敗して、転倒する。
そこにD-13が刃物を突き刺そうとしたが、結衣がそれを阻止した。
「どこ見てんだい、お兄さん」
銃口を脳天に突き付けて、引き金を引く結衣。
D-13は寸前で避けて直撃は免れたものの、右目が銃弾によって使い物にならなくなった。
「やべぇ、グラサン割っちった」
「どうでも良いでしょそんな事…」
D-13は割れた赤いサングラスを外し、それを地面に投げ捨てる。
その時初めて、2人はD-13の素顔を見た。
とは言え、見えているのは目元だけであり、口元と頭部は黒いバンダナで覆われているので確認する事ができない。
それでも、D-13が間違いなく人間ではないという事を確認するには、目元だけで十分であった。
「ほら怒ってる!あいつ白目になってんぜ!?」
「いや多分元々…だと思う…」
D-13は2本の刃物を振り回しながら、2人の元へ走っていく。
すると、玲奈がナイフをしまい、D-13の前に躍り出た。
結衣はD-13の背後に回り込み、攻撃の準備に入る。
2人の作戦をD-13は見破ったものの、何故か、結衣を狙おうとはせずに、玲奈に体を向けた。
そして、次々と刃物による斬撃のラッシュを彼女に繰り出す。
「(な…何コイツ…!)
玲奈は予想外の相手の実力に、回避を忘れて、後ろにさがっていった。
「玲奈!下がれ!」
「くっ…!」
珍しく、結衣の指示に素直に従い、彼女の元に戻る玲奈。
「後はお姉様に任せな!」
「…悔しい」
「何か言った~?」
「別に…」
結衣はリボルバーを取り出して、玲奈と入れ替わった。
「玲奈が攻撃を避けられないだなんて、中々やるもんだね。刃物のお兄さん」
初っ端から挑発的な態度を見せる結衣。
すると、その挑発に乗ったのか、D-13も刃物をしまって、結衣に見えるように人差し指を数回折り曲げて挑発した。
「そんな事もできんのかい。お利口さんだねぇ」
結衣はそれを見て、リボルバーをしまう。
結衣とD-13は素手のまま、近付いていった。
先制したのは、D-13。
結衣の顔面に、右フックを放った。
結衣はそれを左に避けて、左フックを2発お見舞いする。
腹部を殴られて怯んだD-13に、結衣は追い込むかのように右フックを3発放った。
D-13は2発までは直撃したものの、3発目だけは受け止める。
しかし結衣は、右手を受け止められたまま、左足でD-13の首を思い切り蹴りつけた。
一瞬の出来事に、D-13は反応もできずに怯む。
そして、目の前に居る人物、大神結衣の顔を、まじまじと見始めた。
そして、結衣に背中を向け、彼女から離れる。
その際に結衣をもう一度見たD-13の表情は、"覚えておけ"という感情がこもっているように見えた。
「不思議な奴だねぇ…」
「何が?」
D-13の背中を見ながら、玲奈が訊く。
「まるで、実力を計られていたかのように思えたよ。…奴にね」
結衣は苦笑を浮かべながら、そう言った。
「(できることなら、もう二度と会いたくないね…)」
第30話 終




