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第26話


第26話

"沢村明美"


美術館の中の展示エリアの一番奥にある、貴重品展示室。


そこに居た女性を見て、茜、楓、凛の3人は喫驚する。


見覚えのあるその女性は、葵に疑いを掛けられている明美に見えた。


「あんた…こんな所で何してんのよ…?」


ほとんど何も置いていないにも関わらず、かなりの広さがある部屋の真ん中にぽつんと1人立っている明美に、茜が歩み寄っていく。


明美は近付いてくる茜を見て、こう言った。


「…どちら様ですか?」


それを聞き、眉を顰める茜。


「な、何言ってんの…?私よ、茜よ。」


「茜…。…すみません、記憶にありませんね」


茜はそこで初めて、疑心を持った。


「…あなた?本当に明美なの?」


「私は確かに明美という名前ですけど」


「…沢村明美?」


「その通りです」


何がなにやら、わからなくなってくる茜。


「ちょっと待ってよ…。ふざけるのは止めて頂戴。あんた明美なんでしょ?D細菌の開発者の」


「私は明美ですけど、D細菌の開発はしてませんよ?」


「…え?」


茜は目の前に居る女性が、自分が知っている沢村明美ではないという事に、その時気付いた。


「…なるほど。同姓同名で顔がそっくりだったから、思わず間違えちゃった」


「うふふ…」


「…でも、あなたという人間には興味が湧いてきたわ」


そう言われ、明美は怪しげな上目遣いで茜を見る。


「どのような点に興味を?」


「さっきD細菌を話に出したけど、あなた、それが何かを知ってるみたいね」


「…えぇ。勿論知ってますとも」


「どうして?」


「え?」


「どこでそれを知ったの?」


「うふふ…」


明美は不気味に笑うと、茜に背を向けて、行き場も無しにふらふらと歩き始めた。


「答えなさいよ」


「D細菌の製作者は、沢村明美だ、と言いましたね?」


「それが?」


「それは間違っています」


「…え?」


茜は思わず、耳を疑った。


「さっきも言いましたけど、D細菌を作ったのは私ではありません」


「いや違うのよ…。私が言ってるのは、私達が知ってる沢村明美なの」


「…その人、恐らく沢村明美ではないです」


「………」


茜は苦笑を浮かべた。


「…何ですって?」


「あなたが言っている沢村明美の本当の名前は、沢村歩美です」


「ちょ、ちょっと待って…」


「沢村歩美は、沢村明美が事故で死んだと思っています。…まぁ、どうして私の名前を語っているのかは知らないけれど」


「…!?」


言葉を失う茜。


「そういう事です。あなた達が知っているD細菌の製作者の沢村明美は沢村歩美。本当の沢村明美は私の事です」


「まさか…あなた…」


明美は驚いている茜の顔を見て、ニヤリと笑ってこう言った。


「私はあなた達が知っている沢村歩美の、実の妹です」


「実の…妹…!?」


信じられずに、ただただ明美を見つめる茜。


「そんな…有り得ないわ。だって明美…じゃなくて、歩美の妹は事故で死んだと…」


「えぇ。事故に遭ったというのは事実ですけど、何とか一命を取り留めましてね。ずっと、歩美姉さんからは離れて生きてきました」


「どうして…?」


明美はしばらく黙り込んでいたが、ゆっくりと口を開いてこう言った。


「気付かれない為に…です」


「…気付かれない為に?」


「はい。…私は、歩美姉さんを越えたいから」


「越えたいって…どういう事?」


「歩美姉さんが武器商人だという事は知っています。…私が事故に遭う数日前、歩美姉さんが、ある病原菌を発見したという情報を手に入れましてね」


「D細菌の事ね?」


「大雑把に言うのであれば、そうですね。正しくは、D細菌の元となった病原菌です」


「…なるほど」


明美は話を続ける。


「そして、私が事故に遭って数年が経った頃。歩美姉さんは、D細菌の開発に成功した」


「………」


「私はそれを手に入れ、独自の研究で、数々の兵器を作ったんです」


「兵器…あなたが作ったの…?」


茜の質問に、明美は得意気な笑みを浮かべながら答えた。


「えぇ。あなた達も見た事はあるでしょう?」


「盲目の奴とか、長い爪を持つ巨大な奴…とかの事ね?」


「その通りです」


明美は肯定して、再び辺りを彷徨き始める。


「私は歩美姉さんを越えたと自負しました。…けれど、よくよく考えてみたら、兵器の開発に使ったD細菌は歩美姉さんの作品。つまり、私は歩美姉さんの力を借りていたという事だと気付きました」


「待って。あなたの動機は、ただ明美…歩美を越えたいという事だけなの?」


「そうですよ。私は歩美姉さんよりも優れている…それを証明したかったんです」


「…その為に何人が犠牲になったと思ってるの?」


茜の目つきが鋭くなった。


「うふふ…。私が知った事じゃないですね。弱い人間が死ぬ、それだけの話だとは思いませんか?」


「訂正しなさい。今すぐに」


「お断りします。持論を曲げるのは嫌いなので」


「なら…」


茜は言葉を切って、刀を抜く。


「ちょっと痛い目に遭ってもらうわ」


「うふふ…。私を斬れますかね?」


「どういう意味かしら」


「そのままの意味ですよ…。それでは、少し楽しませて貰いましょうか」


「?」


明美は振り返って部屋の奥へと歩いていき、赤いシーツが被されている貴重品と思われる物の前に立つ。


しかし、シーツに隠れている物は、貴重品などではなかった。


「…何よそれは」


不気味な程に肌が白い、人間の女性と思われる生物。


「私が作った最高傑作です。あなた達に相手が務まりますかね?」


明美はそう言って、緑色の液体が入った注射器を取り出し、シーツに隠されていた女性の首に中身を注入した。


「さぁ行きなさい。D-03。あなたの力を見せて頂戴…」


明美はD-03と呼んだ生物の顔を妖艶に撫で回しながらそう言った後、部屋の非常用出口に歩いていった。


「待ちなさい!話はまだ終わってないわ!」


「話す事などありません。精々、頑張って逃げ回りなさい…」


「逃がさないわよ…!」


明美を追い掛けようとする茜。


しかし、茜は今までに感じた事の無い程の殺気を感じて、思わず立ち止まった。


「………」


ゆっくりと、D-03が居る方に顔を向ける茜。


D-03は真っ白な目で、茜を見つめていた。


その目を見た茜は恐怖に支配され、思わず体が動かなくなる。


「(これは…まずいわね…)」


そこに、楓と凛の2人も駆けつけてきた。


「話には出とらんかったが、捕食者もあの人が作ったっちゅう事で間違いなさそうやな」


「あー…うっかりしてたわ…。訊いておけば良かったわね」


「まぁ、後で訊けばええやろ。…そしたら、この化けモン何とかしよか」


肩に掛けているスナイパーライフルを手に取る楓。


「嫌な雰囲気はこいつのせいだったんですね…」


凛も、アサルトライフルを構える。


「さて…。明美…じゃなくて、歩美の妹の最高傑作とやらは、どれくらいの物なのかしらね?」


刀の刃先をD-03に向ける茜。


臨戦態勢の3人を見て、D-03は微かに口元を歪ませた。


「来るわ…っ!」




一方…


「明美の奴…どこに居るのかしらね…?」


ショッピングモールから出て、彼女達の中で言う明美、つまり、歩美を探しにひとまず町の中心にやってきた葵、晴香、風香の3人。


しかし、明美の行方はおろか、誰一人として知り合いにすら出会う事が無かった。


その代わりに、彼女達の前に現れたのは、捕食者や患者の群れ。


3人は既に、ここまで来るのに何体の敵を葬ったのかさえ忘れていた。


「うわ…。また来たよ…」


現れた患者を見て、好戦的であるハズの風香も、今回ばかりは露骨に嫌な顔を浮かべる。


晴香も同じく乗り気ではなかったが、1人、葵だけは違った。


「良いじゃない。己を鍛える良い機会だと思えば、楽しくなってくるわよ」


「(戦闘狂…)」


「んー?なーにー?」


「何も言ってないよ?」


患者はそんな3人に気付いて、彼女達にふらふらと歩み寄っていく。


その患者は風香のショットガンに風穴を開けられて動かなくなったが、その時の銃声を聞きつけた他の患者が、3人の元へとやってきた。


「…やっちゃったかな」


苦笑する風香に、微笑みかける葵。


「大丈夫よ。片っ端から仕留めれば、何の問題も無いわ」


「(あんた1人でやってればいいじゃん…)」


「んー?なーにー?」


「何も言ってないよ?」


3人は1箇所に纏まった患者を散開させるため、それぞれ違う方向に向かって分かれた。



「(…結構偏っちゃったけど、大丈夫なのかな?)」


自分についてきた患者と、葵についていった大量の患者を交互に見て苦笑を浮かべる晴香。


「(…まぁ、葵さんなら大丈夫だよね)」


晴香は勝手に納得して、目の前の患者に銃口を向けた。


晴香の前に居る患者の数は4体。


彼女にとって4体という数は、多いというワケでもなく、少ないというワケでもないといった所であった。


始めに先頭の患者の頭に狙いを付け、引き金を3回引く。


発射された銃弾の内、2発が命中して、1体目を仕留める事ができた。


晴香は気を抜かずに、すぐに次の患者に狙いを付け直す。


その患者も先程と同じように、頭を撃ち抜いて難なく仕留めた。


そのまま3体目の患者に銃を向けるが、距離がかなり近いという事に気付き、晴香は後退しながら数発、弾を乱射する。


すると、狙ったワケではなかったものの、複数発射された銃弾の中の1発が患者の頭に命中し、その患者は動かなくなった。


そして、残った最後の1体の頭を、1発で撃ち抜く。


晴香の前に居る患者は全滅した。


「(さて…2人の様子は…)」



最も多くの患者が集ったのは葵の元であったが、身の丈に似合っていないショットガンを肩に掛けながら、余裕綽々で歩いていった風香の元にも、10体という数の患者が集まっていた。


「…あっち行ってよ。もう」


風香は面倒臭そうに、ショットガンを正面に構える。


患者は3体同時に、彼女に襲い掛かった。


風香は正面の患者を撃って吹き飛ばし、左右の患者の真ん中に滑り込んで、2体の患者の背後を取る。


その後は言うまでもないが、2体の患者はあっという間に後頭部を吹き飛ばされた。


「あと7体…」


正面に居る患者に走っていき、そのまま飛びかかって押し倒す。


血飛沫が顔に掛からないよう、風香は顔を遠ざけて、足元にある患者の顔面にショットガンを向けて引き金を引いた。


「あと6体…」


左右と背後から迫ってくる3体の患者。


風香は左右の患者を素早く撃ち抜いて、その場で飛び跳ねて空中で回転し、背後の患者の頭を太ももで挟み込む。


そして、体を大きく捻って、患者の首を折って仕留めた。


「あと3体…」


再び空中で回転しながら着地して、正面に居る患者2体の内、1体をショットガンで仕留め、もう1体には跳び蹴りを放って転倒させ、頭を踏みつけて絶命させる。


「これで終わり…っと」


そして、最後の1体の頭を、ショットガンで吹き飛ばした。


「手応えないね。キミ達」


風香は足元の患者を見下ろしながら嘲笑する。


そこに、先程戦闘を終えたばかりの晴香もやってきた。


「あ、相変わらずね…」


「こんな奴ら余裕だよ。…さて、あとは葵さんだけか」



この場で、最も多くの患者を前にしている葵。


「さぁ来なさい。私を楽しませてくれるんでしょう?」


余裕の笑みを浮かべている葵は、武器を持っていなかった。


第26話 終




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