第25話
第25話
"雰囲気"
一方…
依頼の標的である梨紗を、背後から睨み付けている亜莉紗。
今なら殺せる。
彼女は確信を持っていた。
「………」
しかし、梨紗が着ている学校制服を見て、彼女がまだ死ぬには早過ぎる年齢だという事を思い出し、躊躇いが生じる。
「(…だけど、これは依頼。…やるしかないんだよね)」
ゆっくりと、腰元のホルスターにしまってあるハンドガンに手を伸ばす。
「…ごめんね」
亜莉紗の手がハンドガンに触れたその時、彼女の携帯が突然鳴り出した。
「うわぁっと!?」
慌ててハンドガンから手を離す亜莉紗。
「…亜莉紗さん?」
驚いて、亜莉紗を見つめる梨紗。
「な、何かな…?」
「携帯、鳴ってますけど…?」
「え?…あ、あぁ!そうだね…出なきゃ…」
「…?」
亜莉紗は梨紗の視線に動揺しながらも、今も鳴り続けている携帯を取り出した。
「はいはい…どちら様?」
着信相手の名前も見ずに、電話に出る亜莉紗。
『私だよ。お前、ちょっと前に電話入れたっしょ?』
着信相手は結衣だった。
「あ、結衣!何で出なかったの?」
『戦闘中でしたってね』
「なるほど…」
『それで、要件は?』
「あ、そうそう。今、どこに居る?合流したいんだけど」
『え?お前も依頼受けたの?』
「…まぁね」
『そっか…。えーと、商店街の近く…っつってもわからないか』
「ん…ちょっと待ってて」
亜莉紗は一旦、携帯を耳から離し、梨紗に話し掛ける。
「商店街って、場所わかる?」
「はい。ここから、そう遠くはないですよ」
「うん、ありがとう」
亜莉紗は一言礼を言って、再び携帯を耳に当てた。
「今同行してる子に訊いてみたら、場所わかるって」
『同行?お前1人じゃないの?』
「そうだよ?」
『珍しい』
「!?」
『冗談冗談。とりあえず、商店街に来るのはマズいから、どっかその近くで合流しよう』
「わかった。どこに行けば良い?」
『そうだな…。それじゃあ、商店街から少し離れた場所に市役所があるから、そこに来てよ。待ってるから』
「おっけー。じゃあね」
電話を切って、携帯をしまう亜莉紗。
「今の電話、もしかして、さっき繋がらなかった子からの?」
「はい。市役所に居るらしいです」
「そう。なら、そこに行きましょうか。梨紗ちゃん、場所わかる?」
「はい。こっちです」
一同は、市役所に向かって歩き始めた。
「………」
梨紗の背中を見て、再びハンドガンに手を付ける亜莉紗。
しかし、彼女はすぐに、ハンドガンから手を離した。
「(…やっぱり、できないよ)」
その頃…
「あの…楓さん…」
「………」
「(やばい…機嫌悪いな…)」
葵と意見が分かれ、自ら別行動を取る事にした楓。
同じ理由で茜も彼女についてきたが、凛はそういうワケでもなく、ただ楓についてきたというだけなので、心境は複雑であった。
「(明美さんが犯人ってのは信じられないけど…あの葵さんがあそこまで自信持って言ってるんだから、嘘じゃないのよね…きっと…。どうなっちゃうんだろ…)」
「凛ちゃん」
1人で考え込んでいる凛に、茜が話し掛ける。
「何ですか?」
「楓ちゃん、怒ってるの?」
「…多分」
「あら、やっぱり…?まぁ無理も無いわよね…」
茜はそう言って、先頭を離れて歩いている楓の後ろ姿に視線を移した。
「…ところで凛ちゃん」
「はい?」
「楓ちゃんって、結構大きいわよね…」
「…はい?」
「いつも控え目な服装だから気付きづらいけど、私の目は誤魔化せないわ」
「そ、そうですか…」
突然のぶっ飛んだ話題に、反応に困る凛。
「ねぇ、一緒にお風呂とか入った事無いの?」
「な、無いですよ!何言ってるんですか!?」
「あら、あなたなら誘ってみれば了承してくれるんじゃないの?いつも一緒に居るんだから」
「いつも一緒に居るワケではないですけど…。それに、私は楓さんとお風呂…なんて…」
「うふふ…。その恥じらう姿がたまらないわ…」
「か、からかわないでくださいよ…!」
その時、先頭を歩いている楓が、突然立ち止まった。
「や、やばっ…聞かれてた…!?」
思わず身構える凛。
実際、会話の内容は楓に聞こえていたが、彼女は一切興味を持たず、別の事に注目していた。
「おい、来るで」
「え?」
凛が状況を理解する前に、数十体のD-18が現れる。
「猿…ね」
「猿…ですね」
「…チンパンジーかしら?」
「どっちでも良いですよ…」
2人も楓の元に行き、戦闘態勢に入った。
「なんやこいつら、猿やないか」
「いえ、きっとオランウータンよ」
「どっちでもええやろ…」
「あら、そう?」
3人を取り囲むように集まるD-18。
「だ、大丈夫なんですか…?囲まれてますけど…」
不安な表情になる凛であったが、そんな彼女に、茜は刀を抜きながらこう言った。
「大丈夫よ。頭を吹き飛ばせば、簡単に仕留められるわ」
「簡単に言いますね…」
「簡単だからよ」
その時、先頭で唸り声を上げていた個体が、突然3人に飛びかかる。
その個体は空中で茜に真っ二つにされたが、それと同時に、全ての個体が3人に襲い掛かる態勢に入った。
「さぁ来るわよ!」
茜の号令で、楓と凛も射撃の態勢を取る。
D-18は、四方八方から襲い掛かってきた。
しかし、D-18は3人に触れる事すらできずに、頭部を失い次々と死体となって元の位置に戻されていく。
3人が何体か倒した所で、ふと、D-18の攻撃の手が止まった。
「諦めたのかしら?」
「考えとるんやろ。どうすればウチらを殺せるのかをな」
「うふふ…。それなら、せいぜい頑張って考えなさい。いつまでも待っててあげるわ…」
嘲笑する茜。
しかし、そんな彼女を傍らに、楓は問答無用で正面のD-18の頭を撃ち抜いた。
「あら、かわいそう…」
「何を言うとんのや。敵に容赦は必要あらへん」
「そう?でも良く見てご覧なさい。意外と愛嬌が…」
そういい掛けて、目の前で唸り声を上げているD-18を、まじまじと観察する茜。
裂けている口元からは剥き出しの大きな歯が見え、目元には今にも飛び出しそうな程大きな、酷く充血している眼球。
「…ないわね」
茜は何の躊躇いもなく、目の前のD-18を斬り捨てた。
すると、唸り声を上げながら威嚇しているだけであったD-18の集団が、1匹、また1匹と、次々にその場から去っていく。
どうやら勝てない事を悟り、撤退したようであった。
「所詮、猿は猿やな」
「わかったわ!あれ、スローロリスよ!」
「いや、どう見てもちゃうやろ…」
逃げていくD-18を見て、勝利を確信する楓と茜。
そんな中、凛はただ1人、説明できない嫌な予感に不審な気持ちを抱いていた。
「あら、どうしたの?凛ちゃん。真面目に何かを考えてるその顔はとっても可愛いわ」
「…本当に、逃げただけなんでしょうか?」
「え?」
その時、D-18の集団が逃げていった方向から、猿の鳴き声と思われるものが聞こえてくる。
「逃げたんじゃなくて、仲間を集めてまた戻ってくる…なんて事は…」
凛の推測は、見事に的中した。
こちらに迫ってくる、50匹は居ると思われるD-18の集団。
「…なるほど。これはあれね」
「せやな。あれや」
「あれね」
「あれや」
顔を見合わせる茜と楓。
「…逃げるわよ!」
3人は、怒り狂っているD-18の集団から逃げ始めた。
全力で走り続ける3人であったが、D-18との距離は徐々に縮まっていく。
追い付かれるのは、時間の問題であった。
「にしても多いわね…。近くに動物園でもあるのかしら?」
「この町にそんなもんは無いハズやで。つまり、こいつらは兵器っちゅう事やな」
茜の呟きに、楓が返答を返す。
「猿を兵器に?発想は悪くないけど、笑えないわね」
「全く…面倒なもん作ってくれたもんやな、沢村さん」
「今度、改めて2人でお仕置きする?勿論、性的な…」
「あの建物に逃げ込むで。このままやと追い付かれるさかい」
「そうね」
3人は追い付かれる寸前で、偶然通りかかった美術館に逃げ込む事ができた。
「どうするの?こんなガラスの扉、1分も持たないわよ?」
「奥に逃げるで。ほとぼりが冷めるまで隠れるんや」
「なるほど。それじゃあ、あっちに行きましょう。2階への階段があるわ」
「せやな。行くで」
美術館のロビーを通り過ぎて、2階へと続く大きな階段を駆け上がる3人。
2階に到着すると同時に、1階からガラスの割れる音が聞こえた。
「間一髪でしたね…」
「まだ油断はできないわ。もう少し奥に行きましょう」
歩き出す茜。
楓と凛もついていったが、途中で、楓が立ち止まった。
「…楓さん?」
当然、凛も立ち止まる。
「…宮城。この美術館、嫌な感じがせぇへんか?」
「嫌な感じ…ですか?」
「説明はできへん…。せやけど、何かおかしいわ…」
そう言った楓の額には、珍しく冷や汗が浮かんでいた。
「………」
凛は振り返って、茜が歩いていった展示エリアを見通す。
気が付けば、先程まで1階から聞こえていたD-18の鳴き声も聞こえなくなっており、不気味な程の静寂が、美術館の中を支配していた。
「…行きましょう、楓さん。茜さんが待ってます」
「…せやな。行くか」
展示エリアに足を踏み入れる2人。
ひたすら長い1本道が続く展示エリアは、上品な雰囲気の弱々しい証明が所々を照らしているだけなので、全体的に薄暗く、2人の恐怖心を更に引き立てていた。
「気のせいならええんやけどな…」
「本当ですね…」
肩を並べて、理解できない展示品の絵を横目で見ながら、歩き続ける2人。
しばらく歩き続けると、正面に大きな木製の扉が見えてきて、その隣には2人を待っている茜の姿が見えた。
「すまんな、遅なって」
「良いわよ。休ませてもらってたわ」
「そうか…」
返事を返して、目の前にある大きな木製の扉に視線を移す。
「…行ってみる?」
真剣な表情でそう訊いてきた茜も、2人と同じく、美術館の嫌な雰囲気に気付いている様子が見て取れる。
「…行くで」
楓は、ゆっくりと扉を開けた。
そこに居たのは、1人の女性。
その女性を見て、茜がこう呟いた。
「…明美?」
第25話 終




