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第23話


第23話

"疑心"


「………」


バスの中で、移り変わるさっき見たばかりの景色を、つまらなそうに眺める梨紗。


何も考えずに、ただぼーっとしていた彼女であったが、ふと、自分から見て右斜め前の席に座っている亜莉紗に話し掛けようと思った。


「亜莉紗さん。ちょっと、良いですか?」


「………」


返答は無く、亜莉紗は頬杖をついて前を見ているだけ。


「…亜莉紗さん?」


心配に思った梨紗がもう一度声を掛けてみると、亜莉紗の頭ががくっと頬杖をついている手から落ちて、手すりの部分に勢いよくぶつかった。


「痛っ!」


「…大丈夫ですか?」


「うぅ…全治1週間…」


「………」


梨紗は呆れたように、溜め息を吐いた。



「亜莉紗さんって、いくつなんですか?」


「二十歳だよ」


「意外…。十代だと思ってました…」


「そう?いや~口が上手いねぇ梨紗ちゃんは~」


「(子供っぽいし…)」


すると、梨紗が座っている席の前の席に居る恭香が、座席の横からひょこっと顔を出して、梨紗にこう訊いた。


「綾崎さんは、もう18歳なんですか?」


「そうだけど…あなたは違うの?」


「私、生まれが遅いので…」


「へぇ…」


何か違和感を覚え、黙り込む梨紗。


その違和感は、5秒後に氷解した。


「…って、何であんたが乗ってるのよ!?」


「ふふふ…。今更ですか?」


「降りたんじゃなかったの!?」


「いえいえ、ずっと乗っていましたよ?この席に」


そこで、後ろの騒がしい様子が気になった彩が、顔を正面に向けたまま声を上げる。


「随分と騒がしいわね?どうしたの?」


「峰岸が乗ってます!」


「あ、そう。…え!?嘘!?」


「うわぁっ!彩さん前前!」


「やばっ!」


亜莉紗に前を見るよう催促された彩は、思わず急ブレーキを掛ける。


後ろの3人はそれぞれ前の座席に頭をぶつけたものの、一大事にはならずに済んだ。



その後、バスは何事も無かったかのように走り出し、目的地である榊原町に再び戻ってきた。


「あー疲れた…っと」


バスから降りて、体を伸ばす彩。


他の3人もバスから降りて、地獄のようになってしまった町の様子を見回した。


「………」


「すっかり変わってしまいましたね…」


「まるで、和宮町の再来だねぇ…」


何も言わない梨紗と、苦笑する恭香と亜莉紗。


「まずは情報を集めましょう」


「情報?」


話を切り出した彩に、梨紗が訊く。


「当ても無しに動き回ったって、徒労に終わるだけだわ。そうでしょう?」


「確かにそうですけど…どうやって情報を集めるんです?」


「彼女達を探すわ」


「彼女達?」


「例の武装少女達よ」


彩はそう言って、亜莉紗を見た。


「…な、何でしょうか?」


「彼女達の連絡先とか知らない?今どこに居るかを訊いてほしいの」


「一応、1人なら知ってますけど…」


どことなく、ぎこちない様子の亜莉紗。


「…何か不都合でもあるの?」


「いえ…。でも彼女達は、梨紗ちゃんの命を狙ってるんですよ?」


「…彼女達が?」


「はい。恐らくですけど、彼女達も私と同じ依頼を受けたんだと思いますよ。きっと」


それを聞いた彩は、先程バスに乗っていた時に、狙撃された事を思い出した。


「なるほど…。だとしたら、あの時の狙撃も…」


「?」


「いえ、独り言よ…。それよりも、お願いして良いかしら?」


「…本当に良いんですか?」


「えぇ。何とか説得してみるわ」


「わかりました。では…」


亜莉紗は携帯を取り出して、結衣の携帯の電話番号を入力する。


しかし、結衣は出なかった。


「おかしいな…。結衣が電話に出ないなんて…」


「出られない状況にでも遭ってるのかしら?…まぁいいわ。後で改めて連絡してみましょう」


「ですね」


電話を使って結衣達の居場所を特定する事を諦め、バスでは通れない細い路地を歩き出す。


「………」


一番後ろを歩いている亜莉紗は、睨みつけるように梨紗の背中を見つめていた。


「(今なら…)」




その頃…


「沢村明美…?嘘でしょ…?」


葵が言った名前を聞き、思わず耳を疑う風香。


「本当よ。遠目だったけど、姿も確認したの」


「それは有り得ないわよ。姉さん」


葵の話を、茜も否定した。


「あら、どうして有り得ないのかしら?」


「私達は数時間前、彼女に会ったの。その時の話では、明美が依頼を出したなんて様子は無かったわ」


「へぇ、そう…」


葵は不気味に笑う。


「…何か言いたそうね?」


「うふふ…。それじゃあ訊くけど、明美は今どうしてこの町に居るの?」


「それは…」


"知らない"と、茜は心の中で言った。


「…言えないのね?」


「そ、そんなんじゃないわよ…。でも、明美は依頼を出した人物ではないわ。それだけは確かよ」


「確証は?」


「ッ…」


次々と痛い所を突かれ、ついに押し黙ってしまう茜。


それを見た葵は、静かに笑った。


「決まりね。それじゃあ行きましょう」


「葵さん」


歩き出した葵を呼び止めたのは、2人の会話を聞いているだけだった楓。


「何?」


「1つ訊きたい事があるんや。ええか?」


「良いわよ?」


「さっき、"遠目で見た"言うとったな」


「………」


「確かに沢村さんやったと、言い切れるんか?」


葵は目を細めて、楓を睨みつけるように見た。


「…私を疑ってるの?」


「別にそういうんちゃうわ。ただ、気になっただけさかい。堪忍や」


「…そう」


葵は小さな溜め息を吐いて、再び歩き出す。


「あれは沢村明美だったわ。きっとね」


「…きっとやと?」


楓の声が、刺々しくなった。


「まさかあんた、確信持ってないんとちゃうやろな…?」


「…だとしたら、どうするの?」


「ふざけろや。バカにすんのも大概にせなあかんで」


声こそ荒げていないものの、楓が憤慨している事は誰が見ても一目瞭然。


茜も含め、葵以外の全員は楓の気迫に一言も発する事ができなくなっていた。


「なぁ葵さん。答えてくれや。確かに沢村さんやったんか?なぁ?」


「へぇ、あなた、明美と仲良かったのね。意外だわ」


しかし、葵にはまだ余裕が見え、彼女は嘲笑気味な笑みを浮かべている。


しばらく、2人は睨み合っていたが、楓の方が先に目を逸らし、溜め息を吐いてこう言った。


「…まぁええわ。ウチは別行動を取らせてもらうで」


「あら、そう?」


「沢村さんは犯人やない。ウチが真犯人探したるわ」


「うふふ…。楽しみだわ」


「…ふん」


スナイパーライフルを肩に掛け、エスカレーターを降りていく楓。


「楓さん…!」


凛が後を追いかけると、茜も彼女に続いた。


「しばらく、お別れね。姉さん」

「そうみたいね。次会った時は、笑顔で話をできるのかしら?」


「…さぁね」


不気味に笑い合う2人。


茜は晴香と風香を一目見て彼女達に微笑みかけた後、楓と凛を追いかけた。


「…あなたはついていかないの?風香ちゃん」


「私は別に誰が犯人とか興味ないし。ただ、お姉ちゃんが無事ならそれで良いの」


「私達と一緒に居たら、茜と対立する事になるかもしれないのよ?」


「上等だよ。あんな変態怖くない」


「うふふ…。やっぱり面白い子ね。あなた」


葵はそう言って、1階の様子を見下ろせる場所へと歩いていく。


「………」


こちらを睨んでいる、楓の姿。


「うふふ…」


葵はその姿を見て静かに笑い、その場を離れた。




一方…


「姉貴、友人って誰の事?」


榊原町から脱出し、現在、白波町に居る久遠姉妹の2人と生存者達。


時刻は午前2時を過ぎており、生存者達の疲労は既に限界に達していた。


「高校ん時の同級生だ。留守じゃなけりゃ良いんだけどな…」


「この時間だよ?出歩く人なんて…」


「いや、そいつ特殊部隊の人間なんだよ。もしかしたら、部隊の拠点に寝泊まりしてるかもしれねぇ」


「…だったらどうするんだ?」


「鍵の隠し場所なら知ってる。1ヶ月程前、同窓会があってな。その後、そいつの家に行ったんだ」


「…あぁ。泥酔して帰ってきた時だね」


「そんなに酔ってたか?」


「ボクの事を"恵美ちゃん"って呼んでたぞ」


「…全然覚えてねぇや」


「そうかい…」



真希が向かった場所は、彩達と別れた場所から数分歩いた場所にある、小さな一軒家の前。


家の玄関の扉のプレートに、"中原"という文字が見えた。


「さて車は…あるな」


「こんな時間に起きてるのか?」


「寝てるだろ。流石に」


「………」


「大丈夫だ。チャイム鳴らしまくってりゃ起きるだろ」


「何て奴だ…」


真希は発言通り、玄関のチャイムを連打し始める。


しばらく押し続けていると、玄関の扉のガラスの向こうに人影が見えた。


「…どちら様?」


扉の向こうから、女性の眠たそうな声が聞こえてくる。


「私だ。久遠だ。開けてくれ」


「…ちょっと待ってなさい」


鍵の外れた音が聞こえ、扉が開く。


「こんな時間にいきなり何なのよ…?…しかも大人数で」


出てきたのは、真希の友人であり、特殊兵器対策部隊の一員である女性、中原優子であった。


「悪いな。ちょっと邪魔させてもらえねぇか?事情は中で話す」


「………」


優子は相変わらずの眠たそうな目で生存者達を見回すように見た後、半分だけ開けている扉を開けきって、こう言った。


「…良いわ。入って」



優子の家の中に入った一同はすぐに、久遠姉妹と愛美を除いた全員が各々適当な場所で倒れるように眠りにつく。


起きている3人は、優子が座ったソファーの向かいのソファーに腰を下ろした。


「…それで、どういう状況なの?」


冷蔵庫から取り出した缶コーヒーをすすりながら、優子が真希に訊く。


「榊原町がやべぇ事になってんだ」


「やべぇ事って何よ?」


「とにかく、やべぇんだよ」


「やべぇ…の?」


「やべぇの」


次に口を開いたのは、優子が用意した缶コーヒーを開けないまま手に持っている恵美。


「捕食者という生体兵器が、突然町に出現したんです」


「捕食者…?」


言葉を繰り返す優子。


「はい。D細菌の存在も確認できました。患者が居るんです」


「…なるほどね」


優子は恵美の話を聞き、状況を察した。


「あなた達は榊原町から逃げてきたって事ね?患者や…えーと…捕食者だったかしら?そいつらに襲われて」


「その通りです」


「ふーん…」


優子は頷いて、缶コーヒーを一気に飲み干す。


そして、ソファーから立ち上がって、真希にこう言った。


「状況はわかったわ。とりあえず、今は眠りなさい。あなた達も寝てないんでしょう?」


「私は大丈夫だ。話をしたい」


「目の下に隈ある奴が何言ってんのよ。寝なさい。良いわね?」


「おい待てよ…!」


「うるさいわね。…私も眠いのよ。話はまた起きたら聞いてあげるから」


「…ちっ、わかったよ」


「それじゃ、おやすみー…」


優子は棒読みでそう言って、寝室に入っていった。


「しょうがねぇ…私達も少し寝るか」


「そうだね。…って、こいつもう寝てるじゃないか」


いつの間にか寝息を立てている愛美を見て、苦笑する恵美。


「時間も時間だし、状況も状況だからな」


「まぁね…」


久遠姉妹の2人もソファーの背もたれに寄りかかり、目を閉じた。


第23話 終




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