第20話
第20話
"トラップマスター"
「誰も居ねぇのか…?」
一番先に建物の中に入った真希が、辺りを見渡しながらそう呟く。
遅れて、彼女を追いかけてきた恵美がやってきた。
「…説明してくれ」
「状況見りゃわかんだろ。…電気は点いてんのに、誰も居やしねぇ」
「片付けとかしてるんじゃないのか?ここは店だし、閉店直後なら電気が点いていたって…」
そう言いながら、壁に掛けてある時計を見る恵美。
「…それは無さそうだね」
時刻は既に、夜中の1時を回っていた。
「様子はどう?」
そこに、彩と梨沙もやってくる。
「お前も来たのか、彩。…見ての通り、誰も居ねぇよ」
真希がそう言ったその時、左手側にある食堂の奥から、金属でできた物が地面に落ちたような、けたたましい音が聞こえた。
「…行くか」
真希を先頭に、4人は食堂の中へ。
食堂の電気は消えており、窓から差し込む月明かりが、一同の視界の唯一の頼りだった。
「電気を探しましょう。暗い状態で進むのは危険よ」
「それなら任せとけ。恵美」
「はいよ」
返事をして、アサルトライフルのフラッシュライトを付ける恵美。
先程よりも、食堂の中はかなり視界が良くなった。
しかし、同時に恐ろしい物を発見する。
「…やっぱり、何かあったみたいだな」
それは、散乱した机と椅子に埋もれている、1つの死体だった。
「…皮膚の感じから見て患者ね」
「誰かが机と椅子で倒したって事ですか…?」
死体を調べる彩と、目の前の惨状を見て苦笑する梨沙。
その時、厨房の方から、再びさっきの金属音のような音が聞こえた。
「あっちね…。行きましょう」
彩を先頭に、厨房へと向かう4人。
厨房に足を踏み入れた彩であったが、突然、ぴたりと歩みを止めた。
「………」
「…どうした?」
不審に思った真希が、彼女に近付いていく。
「真希…」
「?」
「来ないで!」
「!?」
彩は突然、真希を突き飛ばした。
「い、いきなり何すんだよ!?」
「トラップよ」
「ト、トラップ…?」
「…ここを良く見てみなさい」
自分の足元を指差す彩。
そこには、凝視してみて見えるかどうかという程細い、ワイヤーが張られていた。
「何だこりゃ…」
「恐らく、切ったら何かが作動するわ」
「何か…?」
「切ってみましょうか」
「…は?」
彩は突然ワイヤーをわざと足で踏み付け、素早くその場から離れる。
すると、死角である入口の真上から、数本の包丁が落ちてきた。
「なるほど…面白いわね…」
「いや面白くねぇよ…。一歩間違えば死んでたんだぞ?…つーか、よく気付いたな、お前」
真希は地面に落ちているワイヤーを拾い上げ、目を細めながらまじまじとそれを見つめる。
「恵美ちゃんのライトが無かったら、どうなっていたかはわからないけどね」
彩は力無く笑って、包丁を踏まないように厨房の中へと入っていく。
しかし、トラップは1つではなかった。
「ッ…!?」
真上から何かが落ちてきたのはわかったものの、彩は反応が遅れて避け損ねてしまう。
厨房の中に、ガコンッという爽快な音が響き渡った。
「いったー…」
頭をさすりながら、頭に直撃した物を見る。
それは、大きなサイズのフライパンだった。
それを見た真希は、思わず笑いがこみ上げてくる。
「なるほど…面白いな…」
「面白くない…!」
彩は頭を抱えたまま、ズカズカと歩いていった。
「えぇい…ナメた真似を…!出てきなさい!」
「おい、大丈夫なのか?他にもトラップがあるかもしれないぜ?」
「うるさい!私をバカにした罪は重いわよ…!」
その時、彩が冷蔵庫の近くに張られていたワイヤーを切ってしまい、仕掛けられていたトラップが作動する。
「ひゃあッ!?」
彩の頭上から、大量の氷が降ってきた。
「だ、大丈夫ですか…?」
心配する梨沙であったが、その表情は笑いを堪えているのが見て取れる。
「………」
怒りが限界に達した彩はふらふらと歩き出し、トラップを仕掛けた人物が誰なのかを本気で探し始めた。
「なぁ梨沙…雪平さん滅茶苦茶キレてないか…?」
「多分…滅茶苦茶キレてる…」
ただただ、苦笑いの恵美と梨沙。
「キレるとヤバいタイプだったのか…面倒くせぇ奴だな…」
真希も、呆れた様子だった。
その時、奥の方から、何者かの足音が近付いてくる。
「観念しなさいよ…八つ裂きにしてあげるわ…」
怒りに震える彩。
足音は徐々に大きくなっていき、そして、トラップを仕掛けた張本人が、一同の前に姿を現した。
「ふっふっふ…。まんまと私のトラップに引っかかったようですね…」
不気味な笑みを浮かべながら、一同にゆっくりと近付いてくる金髪の少女。
「あんたがトラップを仕掛けたのね…?」
「勿論。…おっと、近付かない方が良いですよ?この厨房は既に、私のトラップで埋め尽くされてますから」
それを聞き、思わず足を止める彩。
「…なんですって?」
「トラップの配置を知ってるのは私だけ…。つまり、この場で私に勝つ事は不可能です」
ゆっくりと、歩み寄ってくる少女。
「…随分と手の込んだ事をするのね」
「これでも私、プロですから。覚悟は良いですね…?」
その時、彩は少女の足元を見て、ある事に気付く。
「………」
「…どうしました?もしかして、怖じ気づいちゃいました?」
「いや…そこ…」
「え?」
その時、少女の頭に、大きな鍋が落ちてきた。
「痛ぁッ!」
「………」
頭を抱えて、その場にうずくまる少女。
「だ、大丈夫…?」
少女は泣きそうな声で、こう言った。
「わ、忘れてたぁ…」
その後、一同は食堂に戻り、少女の話を聞く事に。
「本当にすみませんでした…。捕食者って奴が怖かったので、がむしゃらにトラップを仕掛けちゃって…。頭、痛くないですか?」
「もう良いわよ。痛いけど。…それよりも、あなたは?」
「あ、申し遅れました。私、上条亜莉紗って言います」
亜莉紗と名乗った少女は、軽く頭を下げながら彩に手を差し出す。
「雪平よ。雪平彩。よろしくね。それでもって、この子達が…」
彩はその手を取って握手をしながら、後ろに居る3人を見る。
「綾崎梨沙です」
「久遠恵美です」
「久遠真希だ」
「…以上」
亜莉紗は名前を頭に叩き込み、1人1人の顔を見ながら名前を呼んだ。
「雪平真希さんと、綾崎恵美ちゃんと、久遠梨沙ちゃんと、久遠彩さん!」
「うん…全部間違ってるわ…」
「それで、あなたはどうしてここに?」
代表して、彩が訊く。
「まぁその…仕事…と言いますか…」
「仕事?」
「えーと…何というか…」
「…歯切れが悪いわね。何なの?」
亜莉紗は言いづらそうに苦笑を浮かべながら、梨沙を見てこう言った。
「非常に言いづらいんですけど…"綾崎梨沙の殺害"という依頼でして…」
それを聞き、当然驚く梨沙。
「え…?私の…殺害…?」
彩以外の2人も、同じく驚いていた。
「…朝霧楓、宮城凛、あなたの知り合いね?」
「あれ?もしかして…」
「えぇ。榊原町でお会いしたわ。…あなたと同じ依頼を受けたらしいわよ」
彩の話を聞き、亜莉紗は驚いた様子を見せる。
「また2人以上…変な依頼が続くなぁ…」
「何の話?」
「いえ、独り言です。…ところで、私はどうすれば良いんですかね?」
「どうすれば…と言うと?」
「今この場で梨沙ちゃんを…」
亜莉紗が言い切る前に、4人は一斉に銃を構えた。
「…冗談です」
銃を下ろす4人。
「別に構わないわよ?敵対するというなら、私達もそれなりの対応をさせてもらうだけだわ」
「それ…選ばせる気ないですよね…」
亜莉紗は苦笑を浮かべながら両手を上げて、降伏の意を表した。
「さて…行きましょうか」
そう言って食堂から出ようとした彩を、真希が止める。
「休んでねぇぞ?大丈夫なのか?」
「フライパンと氷のお陰で、疲れなんか忘れちゃったわ。…ありがとね」
「ほ、本当にごめんなさい…」
亜莉紗は殺気混じりの彩の笑顔に、戦慄した。
「ところで、あなたはどうする気?亜莉紗ちゃん」
「私は…榊原町に行ってみます。楓さんと凛ちゃんに話を聞きたいので」
「そう。なら、乗って行きなさい」
「良いんですか?」
「ただし、依頼放棄が条件よ」
「うぇ…」
「嫌なら良いのよ?…まぁここから歩くとなると、半日くらいはかかるかしら」
「うぅ…。ここまで来るのにも2時間かかったのに…」
脅迫じみた彩の言葉に、嘆く亜莉紗。
「彩」
名前を呼んだのは、真希だった。
「…何?」
「お前、榊原町に戻るつもりか?」
「えぇ、そうよ」
「何故」
「気になる事があるからね。ちょっと調べたいの」
「気になる事…?」
「あなたには関係無い事よ。…さ、出発するわよ」
真希が更に訊き出そうとする前に、食堂から出て行く彩。
「野郎…何考えてんだ…?」
真希は舌打ちをした後、彩を追いかけた。
「ボク達も行こう。ここに長居する必要は無い」
「そうね」
恵美と梨沙も、食堂を出る。
「あのー…」
すると、2人を亜莉紗が呼び止めた。
「?」
「私もついていって…良いんだよね…?」
それを聞き、顔を見合わせる2人。
そして、梨沙が真顔でこう言った。
「ダメ」
「はにゃーん!?」
バスに戻ると、外に出ていた愛美の姿が見えた。
「お帰りなさい。…誰ですか?その人」
愛美の質問に、彩が答えようとする。
「上条…何だっけ?」
「亜莉紗です…」
「そうそう、亜莉紗ちゃん」
「(自己紹介したの5分前だよね…?)」
亜莉紗は思わず落ち込んだ。
そんな亜莉紗の、特徴とも言える綺麗な長い金髪に見とれている愛美。
「…どしたの?」
「…あ、すみません。綺麗な髪だなって思って」
「髪?…あぁ、毎日手入れしてるからね」
「染め直すの…面倒じゃないんですか?」
「うーん…いつもやってるし、面倒とは思わないかな」
「そうなんですか。…私も染めてみようかな」
「思い切って銀にしてみよう!」
「遠慮しておきます…」
一同はバスに乗り込み、サービスエリアを後にした。
第20話 終




