第12話
第12話
"指導"
一方、少し時間を遡り、真希から電話が来た直後の梨沙達。
「恵美、何だったの?」
携帯をしまった恵美に、梨沙が訊いた。
「よくわからないけど、学校には来るなって…」
「学校には来るな…?でも、集合場所は学校でしょ?どうして?」
「ボクに訊くなよ…」
状況が全く理解できずに、困惑する梨沙と恵美。
しかし、茜と風香の2人は、学校で何が起きているのか、大方察しは着いていた。
「行くなと言われたら、行くしかないよね」
「えぇ。お笑いの世界ではそれが掟よ」
歩き出す2人。
「………」
「………」
2人の会話を聞いた梨沙と恵美は、苦笑しながらそれに付いていった。
「あら、敵よ」
一同の正面に現れたのは、2体の患者。
率先して銃を構えたのは風香であったが、すぐに銃を下ろし、梨沙に視線を移した。
「どうぞ」
「…うん」
決して使いやすいとは言えない銃、M14EBRを構え、患者に狙いを付ける梨沙。
そして引き金を引こうとしたその時、2体の患者に異変が訪れた。
「…?」
思わずアイアンサイトから目を離し、裸眼で患者を目視する梨沙。
すると、その患者は突然狂ったように叫び出し、猛スピードで一同に接近してきた。
「な、何…!?」
「暴走状態…。やっぱり私も手伝うね」
そう言って、銃を構える風香。
暴走状態となった患者は動きが俊敏になり、通常の個体よりも凶暴で好戦的になるので、梨沙1人にまかせるのは少々無理があった。
「私は左をやるから、綾崎さんは右をお願い」
「了解」
すぐに発砲を始める梨沙。
しかし、梨沙は素早い動きに圧倒され、中々弾を命中させる事ができなかった。
そんな梨沙に、患者から目を離さないまま風香がこう教える。
「もっと引きつけて。良い距離になったら1発で仕留めるの」
「い、1発で…?」
「さっき教えた通りにやればいいだけじゃん。今回みたいに動き回る敵は、照準を一定の場所に定めておいて、敵の方から重なってきたら撃つの」
「なるほど…」
言われた通り、走ってくる患者の胸部辺りに狙いを付ける梨沙。
患者は横にも動くので、当然狙いからは外れるが、梨沙は狙いを最初の位置から少しもずらさずに固定し続ける。
そして、患者と照準が定まった瞬間、梨沙は引き金を引いた。
発射される銃弾。
しかし、その銃弾は患者の体を外れて、何もない虚空へと消えていった。
「しまった…!」
再び狙いを付けようとするが、焦りが生じて上手く定まらない。
患者は梨沙に、飛びかかった。
「…?」
死を覚悟して目を閉じた梨沙であったが、何故か何も起きない。
ゆっくりと目を開けてみると、上半身と下半身が真っ二つになった患者の死体がそこにあった。
「危なかったわね」
そして隣には、抜き身の刀を持った茜の姿。
梨沙は全てを理解した。
「…すみません。助かりました」
「うふふ…。貸しにしておくわ」
「何なりと…」
「うふふふふふふ…」
「(怖い…!)」
一方、まだ発砲していない風香。
彼女は、患者の方から接近してくるのを静かに待っていた。
「…撃たないのか?」
不審に思った恵美が、彼女にそう訊く。
「まぁ見てて」
「…わかった」
患者との距離が、次第に縮まっていく。
そして、患者が飛びかかってきた瞬間、風香は動いた。
飛びかかってきた患者の胸部に銃口を突き刺すようにぶつけ、動きを止める。
そして、銃口を胸部に突き付けたまま、引き金を引いた。
患者は胸部にぽっかりと大きな穴が開き、衝撃で吹っ飛んでそのまま動かなくなる。
「こういう事」
「な、なるほど…」
恵美は風香の度胸に、感嘆していた。
「うーん…。2人は武道の経験なんて無いわよね?」
戦闘が終わり、一同が一息ついた時、茜が梨沙と恵美に訊く。
「武道は…ないです」
「ボクも同じく…」
「困ったわねぇ…。接近された時にかなり危険だわ」
「回避だけでも体に覚えさせないと、死ぬよ」
風香の直球な言葉に、2人は思わず苦笑いを浮かべた。
「そんなに直球で言わなくても…。…まぁ確かに、最低限回避ぐらいはしないとね」
「回避…そのままの意味ですよね?」
「えぇ、そうよ。敵の攻撃を避けるって事。何しろ怪我をせずに済むし、こっちが攻撃をするキッカケを作る事にもなるから、戦闘では必須の行動ね」
「なるほど…」
回避の重要性を改めて知った恵美は、感慨深そうに頷く。
その時、突然風香が、茜の顔面に殴りかかった。
「あーびっくりした!いきなり何するのよ!」
風香の拳を手で受け流す茜。
「………」
風香は何も言わずに、続けて茜の横腹に蹴りを入れる。
「だから何するのよ!そういうのは嫌いじゃないけど好きじゃないわ!」
その攻撃も、先程と同じように受け流す。
「………」
風香はニヤリと笑うと、その場で小さく跳ねて、茜の首に回し蹴りを放つ。
「(あ、見えた…ッ!)」
茜は体を後ろに反らして、その蹴りを避けた。
「…今みたいな感じだよ、お2人さん」
着地した風香が、後ろで呆気に取られている2人にそう言う。
「できる限りは回避した方が良いけど、無理だと思ったら防御するって手もあるの。…まぁこいつみたいに受け流せとは言わないけど、手で防ぐなりすれば、多少ダメージは抑えられると思うよ」
「でも、そんな事私達には…」
「慣れない内は…」
言葉を切って、茜の腹部に真正面から蹴りを入れる風香。
「(見え…ない…ッ!)」
茜は横にステップして、その蹴りを避けた。
「大袈裟でも良いから横に避けるの。反撃するのは難しくなるけど、回避ぐらいはできるからね」
「つまり、とにかく避けろ、って事か?」
「そういう事だね」
風香は頷いて、再び茜の顔面を殴りつけようとする。
すると、茜は風香の腕を素早く掴んで引き込み、胸の中に抱き込んだ。
「説明するからと言っていきなり殴りかかるのはいけないわね。お仕置きよ」
「…離せ」
「…あら、女の子のいい匂いがするわ」
「ッ…!」
風香は赤面して、茜の腹部を膝で蹴りつけた。
「と、とにかく、敵が攻撃してきたら横に避ける、わかった?お2人さん」
「わ、わかったけど…。茜さん、大丈夫なの?悶絶しちゃってるわよ…」
「大丈夫。手加減はした」
「(したんだ…)」
梨沙は目の前に居る年下の少女に、戦慄した。
「さて、行きましょうか。だらだらしてる時間はないからね」
「うわぁっ!?起きてたんですか!?」
倒れていたハズの茜に突然背後から声を掛けられ、思わず喫驚する恵美。
「今のは暴力ではないわ。愛情よ」
「あ、愛情…?」
「そう愛情。この子素直になれない子なのよ。…ところで風香ちゃん」
「…何」
「今日は白なのね」
「ッ…!?」
一瞬で顔が真っ赤になった風香は、茜の腰辺りを手加減無しで蹴りつけた。
その後、一同は患者や捕食者とは遭遇する事なく、目的地である榊原高校に到着する。
「酷い…」
「見たくなかったな…こんなの…」
梨沙と恵美は、通っていた学校の変わり果てた姿に、絶望した。
「玄関が壊れてるって事は、やっぱり襲撃されたみたいね」
「窓もあちこち割れてるよ。かなりの数だったみたいだね」
茜と風香は、目の前の建物を観察していた。
「ところで、あなたの仲間達はどこに居るのかしら?」
「多分、体育館だと思います。そこに人が集まってるハズなので」
茜の質問に、恵美が答える。
「一応、電話してみたら?」
梨沙の提案に、恵美は嫌そうな顔でこう言った。
「姉貴は来るなと言っていたから、なるべく電話はしたくないんだけどな…」
「でも、もう来ちゃってるじゃない」
「…それもそうだな。仕方ない」
渋々携帯を取り出す恵美。
そこで、着信が入っていた事に気付いた。
「…やばい。姉貴から電話来てた」
「何がやばいの?」
「姉貴は電話に出ないと機嫌が悪くなるんだよ…。参ったな…」
「へぇ…」
恵美は嫌々と言った様子で、真希に電話を掛ける。
真希は、すぐに出た。
「あー…。姉貴、ボクだ」
「てめぇ、どうして電話に出なかったのか説明しやがれ」
『仕方ないだろう…。化け物と戦ってたんだよ』
「そんなの言い訳に………なるか」
『言い訳ではないけどね』
「まぁ何でも良い。もう学校に来ても大丈夫だぞ。今どこに居る?」
『学校』
「あ?」
『学校だよ。榊原高校』
「…色々と言いたい事はあるが、まぁいい。私達は、体育館の方の裏口を出て、真っ直ぐ進んだ場所にある神社に居る。来れそうか?」
『あぁ。今から向かうよ』
「了解。じゃあな」
恵美との通話を終えた真希は、携帯をしまって隣に居る彩を見た。
「あいつら、今から来るそうだ」
「早いわね」
「私の言い付けを無視して、既にこっちに向かって来てたんだよ…。あの野郎…」
「まぁまぁ、無事なら良いじゃないの。ね?」
「けっ…」
そんな傍ら、本殿の近くで話をしている、恭香と凛の2人。
美由も恭香と一緒であったが、彼女は疲れていたのか、眠ってしまっていた。
「自己紹介がまだだったよね。私は宮城凛。あなたは…」
「峰岸恭香です。よろしくお願いしますね」
「うん、よろしく。…ところで、あなた姉が居たりする?」
「え?どうしてそれを…」
「峰岸恭子。…間違ってない?」
「合っています。その方が私の姉様です」
「そう…なんだ…」
凛は恭香の姉、峰岸恭子と会った事がある。
仲間から聞いた話では、彼女は既に亡き人となっていた。
「宮城さんは、姉様と面識があるのですか?」
「一応、前に会った事はあるけど…」
それを聞いた恭香は少々慌てたような様子になって、凛に詰め寄る。
「教えてください!姉様は今どこに居るのですか!?」
「それは…」
「ひと月前から連絡が取れなくて…心配なんです!」
「………」
本当の事を伝えるか、それとも伝えずにいるか、凛は迷った。
それでも彼女は…
「…ごめん。最後に会った以降は、私も知らないよ」
伝えない事を選択した。
「そうですか…。すみません、突然取り乱してしまって…」
「無理もないよ。最後に会ったのはいつなの?」
「連絡が取れなくなった日の、丁度3日前です。"仕事に行ってくる"と言ったきり、そのまま…」
「そう…。ちなみに、彼女がどんな仕事をしていたかは知ってる?」
「いえ…。何度訊いても、姉様は答えてくれませんでした…」
「そうなんだ…」
恭子の職業が、自分と同じ殺し屋のような物だった事を知っている凛は、恭子がとても妹思いであったという事を知った。
「(あの人は恭香ちゃんを守りたかっただけ…。それなのに…あんまりだわ…)」
凛は寂しげな表情を恭香に見せないように、彼女から顔を背け、神社の鳥居の方に顔を向ける。
すると、今到着したらしい梨沙達4人の姿が目に入った。
それを見た凛は、立ち上がって恭香に手を差し伸べる。
「きっと、いつか会えるよ。さ、行こ?」
「…はい!」
何も知らない恭香は、無邪気な笑顔でその手を取る。
「(…何だかな)」
凛は、やりきれない気持ちになった。
第12話 終




