第二話 異世界の地理と、エリア長の謎
なんとか、異世界支店の営業一日目が終わった。
初日から売上目標三十万円を達成できたのは、奇跡と言ってもいいだろう
何しろ、俺とヘルプのアリアちゃん、たった二人での営業だったのだから
「店長お疲れさまですにゃ! わたし、そろそろ店に戻りますね」
「ああ 今日は本当にありがとう アリアちゃんが来てくれなかったら 絶対に店が回らなかったよ」
「いえいえ これもお仕事ですにゃ!」
アリアちゃんは元気よく尻尾を振ると、店の出口へ向かって歩き出した。
……本当に助かった。
料理を運ぶスピードは尋常じゃなかったし、あの身のこなしは人間には真似できない
獣人って、みんなあんなに身体能力が高いんだろうか?
そんなことを考えながら、俺はふと、ある疑問を抱いた。
「……そういえばアリアちゃん」
「はい? なんですかにゃ?」
「アリアちゃんってどこから来たの?」
「え?」
アリアちゃんはキョトンとした顔で俺を見つめた。
「一号店から来ましたけど?」
「……え?」
「一号店ですにゃ!」
「いや、そうじゃなくて……一号店ってどこにあるの?」
「王都の北区ですにゃ」
「…………王都?」
さらっと答えるアリアちゃん
しかし、俺の頭の中には疑問符が浮かびまくっていた
王都?
北区?
……そもそも、ここは異世界のどこなんだ?
俺は異世界に転生したことは理解していたが肝心の現在地については何も知らなかった。
いや、そもそも異世界の地名なんて、聞いたところで分かるわけがない
「……なあ アリアちゃん ここって どの辺りなの?」
「ここですか? 東区ですにゃ!」
「東区……」
東区
なるほど
……いや、全然分からん!
王都の東区なのか?
それとも別の街の東区なのか?
そもそも、王都ってどれくらい大きいんだ?
聞きたいことは山ほどあったが、アリアちゃんはすでに帰る準備を終えていた。
「それじゃあ 店長! またよろしくお願いしますにゃ!」
「あ うん! 今日はありがとう! お疲れさま!」
「お疲れさまですにゃー!」
アリアちゃんは尻尾を揺らしながら、夜の街へと駆けていった。
俺はその後ろ姿を見送りながら、腕を組む
「…………さて」
困った
ここが異世界だということは分かった
そして、エンテローザの一号店が王都の北区にあることも分かった。
だが、俺がいるこの店がどこなのか、まったく分からない
地図もない
土地勘もない
そもそも、この世界の常識すら知らない
「……誰に聞けばええんや?」
ふと、ポケットの中のスマホを思い出した。
そうだ
エリア長だ
あのカールシュビンツ=ザウアーとかいう、やたら日本語が流暢な男なら、この辺りのことも知っているはずだ
「よし 電話してみるか」
俺はスマホを取り出し、電話帳を開いた。
そこには、見慣れない名前がずらりと並んでいる
その中から、エリア長の名前を探し出した。
「……えーっと、カールシュビンツ……ザウアー……」
長い
名前が長すぎる
これ、電話帳で探すのも一苦労やな
ようやく見つけた番号をタップし、通話ボタンを押す
数回の呼び出し音の後、聞き慣れた声が返ってきた
『はい、エンテロッザ異世界エリア長のカールシュビンツ=ザウアーです』
「あ お疲れさまです 店長の神威キリトです」
『おお キリト君! 初日の営業ご苦労だったね! 売上はどうだったかな?』
「おかげさまで 目標の三十万円を達成しました」
『おお! 素晴らしい! さすが我が社の社員だ!』
……いや、さすがに褒められても素直に喜べん
何しろ、俺は過労死したばかりなのだ
そんな俺の事情などお構いなしに、エリア長は続けた
『それで、何か用かな?』
「あの ちょっと聞きたいことがありまして」
『なんだね?』
「ここって 具体的にどこなんですか?」
『……ん?』
「アリアちゃんに聞いたら東区って言われたんですけど・・・そもそもこの街の名前すら知らないんですよ」
電話の向こうで、エリア長が小さく笑った。
『ああ なるほど そういえば まだ説明していなかったね』
「いや そこは最初に説明してくださいよ!」
『まあまあ 落ち着きたまえ 君にはこれから この異世界でエンテローザを大きくしてもらわなければならないからね』
「……はい?」
嫌な予感がした
まさか、また無茶な仕事を押し付けられるんじゃないだろうな
『まずは、この街のことから説明しよう』
エリア長は、妙に楽しそうな声で話し始めた。
『君が今いるのは 王都の東区だよ』
「……え?」
王都?
東区?
……つまり
「アリアちゃんのいた一号店と同じ街なんですか?」
『そういうことだ 北区に一号店 東区に君の店がある』
「なるほど……」
ようやく少しだけ、状況が分かってきた。
……だが、まだまだ分からないことだらけだ
この世界には、いったいどれだけのエンテロッザの店舗があるんだ?
そして、俺はこれから何をすればいいんだ?
そんな疑問を抱いていると、エリア長がとんでもないことを言い出した。
『ちなみに 明日からは新メニューの開発も頼むよ』
「…………は?」
俺の異世界生活は、まだまだ始まったばかりだった。
「……なるほど つまり 俺の店は王都の東区にあるわけですね」
『そういうことだ ちなみに、君の店の周辺には競合店も多いから、気を抜かないようにね』
「競合店?」
嫌な予感がした。
『そう。異世界とはいえ、商売の基本は同じだ。ライバルに負けないよう、しっかり売上を伸ばしてくれたまえ!』
「いやいや ちょっと待ってください! まだ店を開けて二日目ですよ!?」
『ハッハッハ! 期待しているぞ!』
プツッ。
……切られた
「……あのクソエリア長!」
思わず悪態をついてしまった。
しかし、競合店か。
この異世界にも居酒屋があるということだろうか?
そもそも、俺の店は異世界で初めての日本式居酒屋だと思っていたのだが……。
翌朝。
俺はアリアちゃんとレニーを交えて、店の営業準備をしていた。
「店長 おはようございますにゃ!」
「おはよう アリアちゃん 今日もよろしくな」
「はいにゃ!」
アリアちゃんは元気よく返事をすると、ホールの準備を始めた。
一方、レニーは厨房で食材の確認をしている。
「店長! 今日の仕込みも問題ありません!」
「おうっありがとう 昨日よりは余裕を持って営業できそうやな」
そう言いながら、俺は店の外に出た。
開店前の街は、すでに多くの人々で賑わっている。
冒険者らしき人々が武器を背負って歩き、商人たちが荷車を引いている。
そんな中、俺はふと、通りの向こうに見慣れない看板を見つけた。
「……ん?」
新しくできたらしい店だ。
しかも、店の前には長い行列ができている。
看板には大きく、こう書かれていた。
『村の谷ちゃん』
「……なんや?あれ?」
聞いたことがあるような、ないような……。
いや、異世界に来てからというもの、常識が通用しないことばかりだ。
俺は気になって、店の前まで歩いてみた。
すると、店の入口に立っていた店員が、威勢よく声を張り上げた。
「いらっしゃいませ! 本日も村の谷ちゃんへようこそ!」
店員の服装は、黒を基調とした高級感のある制服
入口には豪華な装飾が施され、店内からは肉の焼ける香ばしい匂いが漂ってくる。
「……居酒屋か?」
店の看板には、酒瓶の絵とともに、豪華な料理の写真が並んでいた
どうやら、ここも酒を提供する店らしい
さらに驚いたことに、その隣にはもう一軒、似たような雰囲気の店があった
『ブロンコペリー』
「……えっ、二店舗も?」
しかも、こちらもかなりの高級店らしい
店の外観は豪華で、入口には立派な門構え
中からは、肉料理を焼く音が聞こえてくる
俺は近くを歩いていた通行人に声を掛けた
「すみません あの二軒って 最近できたんですか?」
「ん? ああ そうだよ 最近、王都に進出してきたらしい」
「へえ……」
「村の谷ちゃんとブロンコペリーは別々の会社らしいが 協力関係にあるらしいぞ どちらも高級志向の店を展開しているんだ」
「協力関係……」
なるほど。
別会社ではあるが、互いに協力しながら王都に進出してきたというわけか。
……これは、なかなか厄介そうだ。
俺がそんなことを考えていると、さらに通行人が話しかけてきた。
「それに、あっちの通りには小白っていう立ち呑み屋もできたんだ」
「小白?」
「ああ。安くて気軽に飲める店らしい 最近、冒険者たちの間で人気なんだとか」
……なるほど
高級志向の村の谷ちゃんとブロンコペリー
そして、安く気軽に飲める小白
異世界の王都にも、すでに飲食店の競争が存在しているらしい
「……これは、まずいかもしれんな」
俺は腕を組んだ
エンテロッザは、決して高級店ではない
気軽に立ち寄れて、仲間と楽しく酒を飲める
そんな店を目指している
だが、ライバルがこれだけ揃っているとなると、何か対策を考えなければならない
その日の夜
俺は営業終了後、スタッフたちを集めてミーティングを開いた
「みんな ちょっと聞いてくれ」
「はいにゃ!」
「どうしたんですか 店長?」
アリアちゃんとレニーがこちらを向く
「実は、この近くにライバル店ができたらしい」
「ライバル店ですか?」
「ああ。村の谷ちゃんとブロンコペリー それに小白っていう立ち呑み屋もあるらしい」
「へえ! そんなお店があるんですね!」
レニーは興味深そうに頷いた
一方、アリアちゃんは少し考え込んでいる
「村の谷ちゃんとブロンコペリーは 最近すごく人気ですにゃ 貴族やお金持ちの人たちがよく行ってるみたいですにゃ」
「やっぱり高級店なんか?」
「そうですにゃ! お料理もお酒も かなり高いらしいですにゃ」
「なるほどな……」
俺はテーブルの上に、簡単な地図を広げた。
そこには、俺たちの店とライバル店の位置を書き込んである
「まず 村の谷ちゃんとブロンコペリーは高級志向 小白は立ち呑みで低価格路線」
「そうですにゃ」
「つまり、俺たちはその中間を狙えるかもしれない」
「中間……ですか?」
レニーが首を傾げた
「ああ 俺たちの店は 気軽に飲める居酒屋や 高級店ほど敷居が高くなく 立ち呑み屋ほど慌ただしくもない 料理も酒も 仲間とゆっくり楽しめる店にする」
俺は拳を握った。
「それに エンテローザには強みがある」
「強み?」
「そう 商品開発力や!」
俺は厨房の方を指差した。
「昨日 軟骨の唐揚げを食べた衛兵たち めちゃくちゃ喜んでたやろ?」
「はいにゃ! あれは大人気でしたにゃ!」
「つまり 異世界の人間にも うちの料理は通用するってことや!」
そう
俺たちには、長年日本の居酒屋業界で培われてきたノウハウがある
仕込みの効率化
原価管理
メニュー開発
接客マニュアル
そして、何よりも――
安くて美味しい料理を提供すること
これこそが、エンテロッザの武器だ。
「よし! 明日から新メニューの開発を始めるで!」
「おおー!」
「頑張りますにゃ!」
「僕も料理を覚えます!」
スタッフたちの声が店内に響く
しかし、俺はまだ知らなかった
この異世界の飲食業界には、俺たちの想像を超える強敵が存在していることを。
そして、エンテロッザの名を懸けた戦いが、すでに始まっていることを。
その夜
村の谷ちゃんの店内では、二人の男が向かい合っていた。
一人は、豪華な衣装を身にまとった大柄な男
もう一人は、鋭い目つきをした細身の男だった
「……例の新店舗の店長について 何か分かったか?」
「はい エンテロッザという 聞き慣れない会社の店長だそうです」
「エンテロッザ……?」
大柄な男は、グラスを傾けた。
「ふむ……最近 東区に出店したという店か」
「はい どうやら 異世界から来た人間が経営しているようです」
「異世界から?」
男は興味深そうに笑った
「面白い では 少し調べてみるとするか」
彼はグラスを置くと、ゆっくりと立ち上がった。
「我々の商売の邪魔になるようなら 早めに手を打たねばな」
その瞳には、商人としての鋭い光が宿っていた。
こうして、異世界居酒屋戦争の幕が上がったのである。




