第四話 朝霞の夢
――数日後
「この前のテスト返すぞ~、名前呼ばれたやつから取りに来いよ~」
教室内は、戻ってきた答案用紙に一喜一憂で大賑わいだ。
「やっば! さすが朝霞、満点じゃん」
みんなが、朝霞の点数にクラス全員が驚く。
「朝霞、頭良すぎ~」
「天才じゃん!」
「違う、真面目に勉強してるだけだって」
「朝霞、何か目指してるんだっけ?」
「まぁな」
「え? なになに?」
「あ、私知ってる~。前言ってた。弁護士目指してるって」
「ええ? マジで!」
「すっご!!」
弁護士ってマジか……あいつ、すごいな……。
「なんでなんで? もっと楽な仕事とかあるじゃん」
「まぁ……なんだっていいじゃん」
「え~」
考えてみると、あと二年も経てば俺たちは進学か就職だ……。
俺も、真面目に考えないと……。
――放課後
「俊、先言ってるぞ」
朝霞がリュックを背負うと、教室から出る。
「おう」
俺も朝霞の後を追いかけるように急いで教室を出る。
すると、廊下で朝霞が隣のクラスの男子に呼び止められていた。
「早川、ちょっと話あるんだけど」
「なに?」
「ここじゃ、ちょっと……」
男子は、照れくさそうにしながら口ごもる。
「めんどくせぇなぁ」
「わかった、んじゃここで言うけど……」
男子は意を決したかのように、口に出そうとする。
俺は察して、つい口走る。
「あ……朝霞、先に下駄箱いってる」
「おっけ! すぐ行くから! それで……」
遠くなっていく二人の声が気になりながらも、俺はその場を去った。
あれって、告白だよな……朝霞可愛いし、頭いいし、運動も出来て……。
俊が昇降口を出ようとした時、朝霞が追いかけて来る。
「俊!」
「あ、朝霞!?」
「一人で帰んなって」
「遅くなるだろうと思って……」
「すぐ行くって言っただろ」
「そうだけど……」
俺は、朝霞の横顔を一瞬だけ見る。
一体、どんな返事をしたのだろうと、俺の心の奥は煙のように渦巻く。
「なんだよ?」
「い、いや……」
あれは、どう見ても告白だよ……な?
「さっきの告白のことか?」
「え!?」
やっぱり、そうだったのか!
「断ったよ、俺には俊がいるし」
「は?」
「は? じゃねぇよ。しっかりしろ! 相棒~」
相棒……!? いやいや、俊がいるしって何だよ……。
「そういえば、テストどうだった?」
はぐらかされた……。
「あー……。俺、頭悪いから、朝霞と比べ物にならないよ」
「何言ってるんだ、そんなの努力次第だろ」
「努力かぁ……」
「あ、それじゃあ一緒に勉強するか?」
「ええ!?」
「俺も、教えるほうが勉強になるし」
「俺が、足引っ張るだけじゃないか?」
「そんなことねーよ」
「でも、塾とか行ってるんだろ?」
「まだ、週に1回とかだぜ?」
「部活もあって忙しいだろ」
「そんなことねーよ、学校帰りにこのまま俊の家で勉強すればいいだろ」
「遅くなったら心配されるぞ?」
「友達と勉強してるって言えば心配なんかしねーよ。あとは俊が送ってくれればいいだろ」
「勝手だなぁ」
「ただで勉強みてもらえるなら、それぐらいしろよ」
「わ、わかったよ……」
* * *
朝霞と話しながら歩いていると、いつもの通学路が短く感じる。
今だって、気づけば家の前まで来ていた。
俺は、玄関のドアを開ける。
「ただいま~」
「お邪魔しまーす!」
「あら? 早川さんいらっしゃい」
キッチンから、朝霞の声に気づいた母さんが廊下に顔を出す。
「今日から、学校帰りに朝霞が家に寄って、一緒に勉強することにしたから」
「あら、そうなの?」
「あ、都合が悪いときは遠慮するので、お気遣いなく」
「家は全然、平気よ。それより、俊が勉強ねぇ~?」
「朝霞、頭いいから教えてもらうんだよ」
「早川さんの勉強の邪魔にならない?」
「大丈夫です」
「そう、俊がやる気になってくれるなら私達は何も言わないけど……。早川さんよろしくお願いね」
「こちらこそ」
「ほら、二階行くぞ」
「それじゃ、失礼しまーす」
「はーい、後でお茶持っていくわね」
「にゃ~」
「あ! 猫!」
「あぁ、こいつだよ。拾ってきたのって」
「名前なんだっけ」
「サスケ」
「そうだ! サスケ! よしよし良い子だ」
朝霞は、迷いなくサスケを撫でる。
初対面なのに、サスケは警戒する様子もなく喉を鳴らす。
「サスケ、かわいいな」
「気に入られたみたいだね」
「サスケ、あとで遊ぼうな!」
俊と朝霞は、階段を上がり俊の部屋へ入る。
「ごめん、色々散らかってるけど……」
「へぇ~、これが俊の部屋か」
朝霞は、部屋をぐるりと見回した。
机の上に積みあがった漫画に本棚。
一つ一つ見られるたびに、なんだか落ち着かなくなる。
「あんま見るなよ……恥ずかしいだろ」
「恥ずかしくなるような物でもあんの?」
「え!? いや、ないけどさ……でも、ほら……」
いつもの自分の部屋と違う、朝霞の髪から香る甘い匂いにドキドキする。
朝霞は、ぷっと吹き出して笑う。
「な、なんだよ……」
「落ち着けって、勉強しに来ただけだろ」
「あ……うん……」
「ほら、教科書と課題出しな」
朝霞は、リュックから教科書や筆入れを取り出す。
「なぁ……朝霞は、本気で弁護士目指してるのか?」
「なんだよ、突然……」
俺は、どうしても気になっていた。
なぜ朝霞は、弁護士になりたいのか……。
「本気だよ。だから勉強頑張ってるんだろ」
「そ、そうか……。でも、なんで?」
「自分を守るため。それから、自分みたいに弱い人を助けたいと思ったから」
「え?」
「俺、身体小さいから知識で強くなろうと思ったんだ」
「知識って、法律でってこと?」
「そう。正しく優位に立つ方法」
「へぇ~」
「法律を味方に着ければ、怖いものないだろ?」
「確かに……」
「だから、弁護士を目指してるのさ」
「そっか……。朝霞はちゃんと目的があって弁護士目指しているんだな」
「まぁな」
「なんか、カッコイイな」
「だろ?」
「でも、俺にはムリだなぁ」
「はじめから諦めてたら、なれるわけないだろ」
「そりゃ、そうだけど……」
「本当になりたいと思うんだったら、努力するしかねーんだよ」
「まぁな……」
「さ、勉強はじめるぞ」
「お、おう……」
この会話が、後にどんなに大事なことなのか――。
俺は、まだ全然気づいていなかった。




