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無価値スキル【価格表示】が覚醒したら、ガラクタで最強になった。【第3章開幕】  作者: 鍵宮ファング
第1章 広い世界へ

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第6話 オレはまだ、倒れられない

 黒鉄(くろがね)喰らい――グラン・モルドは、まるでこちらを値踏みするみたいにゆっくりと頭を持ち上げた。


 暗闇の中で、赤熱したような眼光が鈍く揺れる。


 その視線を向けられただけで、背筋が粟立つ。


 巨大な顎が岩を噛み砕くたび、ゴリ、ゴリ、と不快な破砕音(はさいおん)が空洞全体へ響き渡る。


 逃げ場はない。


 背後は、さっき崩された落石で完全に塞がっていた。


「……クラド」


「分かってる」


 震えそうになる声を無理やり押さえ込みながら、俺はフライパンを握り直した。


 怖い。


 正直、今すぐ全部投げ出して逃げたい。


 けれど、グラン・モルドはそんな隙を与える気すらないらしい。


 巨体に似合わない速度で前脚を踏み込んだ瞬間、洞窟全体が揺れた。


「来るぞ!」


 叫ぶと同時に横へ飛ぶ。


 直後、俺たちが立っていた場所へ巨大な爪が叩き付けられ、岩盤が紙みたいに砕け散った。


「っ、うわ……!」


 飛び散った破片が頬を掠める。まともに食らっていたら、人間なんて簡単に潰れていた。


 だが、怯えている暇はない。


 俺は転がるように距離を取りながら、リュックへ手を突っ込んだ。


 工具。折り畳みシャベル。ロープ。干物。


 改めて見ても意味不明な荷物だ。


 なのに、今はこのガラクタだけが頼りだった。


『商品を見るな。“価値”を見ろ』


 ヴェルカの言葉が脳裏をよぎる。


「だったら……!」


 俺は咄嗟に工具袋から金属杭を引き抜いた。


 《鉄杭:18G》


 価値を上げる。


 固定。支柱。崩落。拘束。


 頭の中で用途を組み替えた瞬間、杭が淡く光を帯びた。


 《鉄杭(てっくい):18G → 岩盤固定楔(がんばんこていくさび):240G》


「ミリス! 右の壁!」


「うん!」


 ミリスが石を投げる。


 価値を付与された投石が岩壁へ叩き付けられた瞬間、亀裂が走った。


 そこへ俺は(くさび)を打ち込む。


「倒れろっ!」


 次の瞬間、支えを失った岩盤が轟音と共に崩れ落ちた。


 大量の岩塊(がんかい)がグラン・モルドの背中へ直撃する。


 土煙が舞い、洞窟全体が震えた。


「やったか――」


 言いかけて、凍り付く。


 黒い巨体が、崩れた岩盤を押し退けながらゆっくり顔を上げた。


 外殻にはヒビ一つ入っていない。


「嘘だろ……」


 グラン・モルドが低く唸る。


 その咆哮だけで、空気がビリビリと震えた。


「クラド、来る!」


「っ!」


 ミリスの声で反射的に飛び退いた直後、巨大な尾が横薙ぎに空間を薙ぎ払う。


 岩壁が爆ぜた。


 破片の一つが肩へ直撃し、激痛が走る。


「ぐっ……!」


 痛いなんてもんじゃない。肩が吹き飛んだかと思った。


 だが、その隙にミリスが石を構えていた。


「投げる」


「頼む!」


 《ただの石:0G → 投擲石礫(とうてきいしつぶて):50G》


 ミリスが全力で振り抜いた石が、砲弾みたいな勢いでグラン・モルドの頭部へ突き刺さる。


 ガギィンッ‼


 硬質な音が響いた。


 さすがに効いたのか、巨体がわずかによろめく。


「今のうち……!」


 俺はさらにリュックを漁った。


 手に触れたのは、なぜか入っていた魚の干物。


 こんな時に何になるんだよ、と昨日までの俺なら思っていた。


 けれど今は違う。


 使えるかじゃない。


 使える価値を与えられるかだ。


 《巨大魚の干物:12G》


 鉄臭。誘引。腐臭。魔物。


 価値を組み替える。


 《巨大魚の干物:12G → 魔物誘引香餌(ゆういんこうじ):190G》


 干物から、鼻を刺すような異臭が広がった。


「うわっ、くっさ⁉」


 思わず顔をしかめ、遠くへと投げ放つ。


 だが次の瞬間、グラン・モルドの眼光がこちらから逸れた。


 食いついた。


「ミリス! 左へ回れ!」


「うん!」


 巨体が干物に喰らいついた瞬間、俺はロープを掴む。


 《麻ロープ:15G → 捕縛ワイヤー:260G》


 硬質化したロープが青白く光った。


「脚止めるぞ!」


 ミリスが投石で牽制(けんせい)する間に、俺はワイヤーを地面へ滑らせる。狙いは前脚。


 絡め取れれば、一瞬でも動きを止められる。


 だが。


 グラン・モルドは、まるで鬱陶(うっとう)しい蜘蛛の糸でも払うみたいに脚を振った。


 バチィンッ‼


「――は?」


 次の瞬間、強化したはずのワイヤーが容易く引き千切れた。


 あり得ない。


 260G相当まで価値を上げたんだぞ。


 なのに。


「……格が違いすぎるだろ」


 乾いた声が漏れる。


 グラン・モルドはゆっくりとこちらを向き直り、その赤熱した眼を細めた。


 今のでようやく、“敵”として認識したみたいに。


 グラン・モルドが一歩踏み出すたび、洞窟全体が鈍く震えた。


 さっきまでの攻撃は、せいぜい「鬱陶しい」と思わせた程度なのだろう。巨体の動きには、まだ余裕が残っている。


 対して俺たちは、もう余裕なんて言っていられる状況じゃなかった。


「っ、ミリス! 右!」


「うん!」


 飛び掛かってきた前脚をギリギリで回避しながら、俺は咄嗟に鍋を掴んだ。


 《鉄鍋:30G → 共鳴震音(きょうめいしんおん)鍋:210G》


 頭の奥が焼けるように熱くなる。


 俺は鍋を全力で岩壁へ叩き付けた。


 キィィィィンッ――!!


 甲高い異音が空洞へ響き渡る。


 耳の奥を針で掻き回されるみたいな不快音だった。ミリスですら顔をしかめて耳を押さえる。


 だが、その効果はあった。


 グラン・モルドが苛立ったように頭を振る。


「今だ、走れ!」


 その隙に距離を取る。


 だが次の瞬間、黒鉄(くろがね)色の尾が暴風みたいな勢いで薙ぎ払われた。


「――っ⁉」


 避け切れない。


 咄嗟にフライパンを前へ出す。


 《簡易鋼盾:耐久限界》


 直後。


 ガァンッ! という轟音と共に、凄まじい衝撃が全身を吹き飛ばした。


「がっ……!」


 呼吸が潰れる。


 地面へ叩き付けられ、肺の空気が全部吐き出された。


 視界がぐらりと揺れる。


 フライパンは中央から大きくひび割れ、盾としての価値を失っていた。


 《破損鉄板:5G》


「クラド!」


 ミリスの声が遠い。


 起き上がろうとした瞬間、胸に激痛が走った。


「っ、ぐ……!」


 息ができない。


 肋骨をやった。


 理解した瞬間、嫌な汗が噴き出す。


 なのにグラン・モルドは待ってくれない。巨体を軋ませながら、ゆっくりこちらへ迫ってくる。


 俺は歯を食いしばり、再び石を掴んだ。


 《ただの石:0G》


 価値を上げる。


 もっと強く。もっと危険に。


 《ただの石:0G ――変換失敗》


 石は、ただの石のままだった。


 次の瞬間、頭の奥で何かが焼き切れるような激痛が走る。


「がっ……!」


 鼻から血が垂れた。


 視界の文字がノイズ混じりに明滅する。


 使いすぎた。初めて使った時と同じだ。


 しかも相手は“価値測定不能”。


 無理やり対抗し続けた反動が、一気に来ていた。


 それでも、止まれば死ぬ。


「ミリス! 石!」


「ある!」


 投げ渡された石を掴み、再度価値を上げる。


 《ただの石:0G → 火炎鉱石:160G》


 今度は成功。


 だが変換と同時に、視界の文字がバチバチとノイズ混じりに明滅した。


 限界が近い。


 直感で分かった。


「っ、らぁぁぁ‼」


 火炎鉱石を投げ付ける。


 爆炎が炸裂し、グラン・モルドの顔面を炎が包み込んだ。


 だが。


 咆哮。


 次の瞬間、炎の中から巨大な影が突っ込んできた。


「――速っ⁉」


 避ける暇もない。


 黒鉄の巨体が真正面から迫る。


 その瞬間、ミリスが俺を突き飛ばした。


「っ!」


 ミリスの小さな身体が、尾の一撃で吹き飛ばされる。


「ミリス‼」


 鈍い音。小柄な身体が地面へ崩れ落ちた。


「……っ」


 息が止まる。一瞬、頭の中が真っ白になった。


 手が震えている。今ので腰が抜けた。


 グラン・モルドは、まるで虫でも払った程度にしか思っていないのだろう。


 赤熱した眼をゆっくりとこちらへ向け直してくる。


 その巨体が動くたび、洞窟が低く軋む。


「くそっ……!」


 俺はふらつく身体に鞭打って、ミリスの元へ駆け寄った。


「おい! ミリス!」


「……ん」


 返事はあった。だが弱い。


 額から血が流れている。左腕も変な方向に曲がっていた。


 軽症じゃない。なのにミリスは、痛みに顔を歪めながらも俺を見上げた。


「……クラド、逃げて」


「馬鹿言うな!」


 思わず叫ぶ。逃げるなら、それはお前の方だろうが。


 だが、その言葉は喉の奥で止まった。


 背後から、グラン・モルドが近付いてくる。


 一歩ごとに地面が震える。


 もう分かりきっていた。


 勝てない。ゼロにいくつかけてもゼロであるように、勝機なんて最初からなかった。


 石もほとんど使い切った。価値操作も限界が近い。


 頭は割れそうなくらい痛い。まともに立つだけでも精一杯だ。


 畜生。どうせここで二人とも死ぬくらいなら――。


「……ミリス」


 俺は荒い息を吐きながら、指輪を取り外した。


 あの日、木箱の片隅で見つけた指輪。


 俺に商会から飛び出すキッカケを与えてくれた、不思議な指輪。


 結局、最後まで何なのか分からなかったが。


「これを持っていけ」


 ミリスの手に無理矢理握らせる。


 そして、傍らに転がっていた星涙石も押し付けた。


 淡い蒼光が、彼女の胸元を照らす。


「クラド……?」


「俺のことはいい。お前だけでも逃げろ」


 口にした瞬間、自分でも驚くくらい冷静な声が出た。


「落盤した隙間、あれくらいだったらミリス、通れるだろ」


「でも――」


「いいから行け!」


 思わず声が荒くなる。


「……頼む、行ってくれ」


 グラン・モルドの唸り声が、もうすぐそこまで迫っていた。


「ヴェルカさんなら、何とかできるかもしれない」


「クラドも」


「俺は囮になる。それに――」


 一息吐いて、思わず吹き出しそうになった。


「俺の骨、安値で売ったら一生(たた)るぞって……伝言頼めんの、ミリスだけだから」


 こんな時に何を言ってんだか。


 ミリスの瞳が揺れる。やっと決心が付いたのだろう。


「……いや」


 けれど、ミリスは動かなかった。


 逃げるどころか、ふらつく身体で一歩前へ出る。


 折れた腕を庇いながら、それでも地面に転がっていた石を拾い上げた。


 《ただの石:0G》


 どこにでもある石ころ。


 さっきまでなら、それで十分だった。


 俺が価値を与えれば武器になった。戦えた。


 でも今は違う。俺はもう限界だ。


 なら――自分がやるしかない。


「ご主人様を――クラドを助ける」


 ミリスは石を握り締め、グラン・モルドを睨み上げた。


 巨体が前脚を振り下ろす。


 死が迫る。


 その瞬間だった。


 ミリスに渡した指輪が、淡い光を放った。


「……え?」


 空気が、揺らぐ。


 次の瞬間、ミリスの手の中にあった石が、ふわりと宙へ浮かび上がった。


 重さが消えたみたいだった。


 いや、違う。軽くなったんじゃあない。


 “支配された”。


 石の周囲で、空間そのものが軋んでいる。


 《――適合確認》


 《固有能力(ユニークスキル)覚醒》


 《重力操作(グラビティ)


 視界に浮かんだ文字を見て、俺は目を見開いた。


「ミリス……?」


 ミリス自身も理解していない顔だった。


 けれど、本能だけは分かっている。


 どう使えばいいのか。


 浮かび上がった石へ向けて、ミリスがそっと手を振る。


 瞬間。


 ――ズドォォォンッ‼


 石が消えた。


 音を置き去りにした超速度の一撃が、真正面からグラン・モルドの頭部に直撃する。


 黒鉄の巨体が、初めて大きく仰け反った。


 洞窟が揺れる。グラン・モルドが唸った。


 ミリスの銀色の瞳が、静かにグラン・モルドを見据える。


 その周囲では、地面に落ちていた無数の石ころが、ゆっくりと宙に浮かび始めていた。


「――クラドは、私が守る」


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― 新着の感想 ―
ついにミリス覚醒はアツい!
読ませていただきました。 クラドがとても良かったです。 最初は“物の値段が見えるだけ”という一見地味で役立たずに思えるスキルなのに、それが実は世界をひっくり返す可能性を秘めていたという流れがとてもワ…
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