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無価値スキル【価格表示】が覚醒したら、ガラクタで最強になった。【第3章開幕】  作者: 鍵宮ファング
第1章 広い世界へ

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第5話 コイツは“無価値”なんかじゃない

 ガザルム坑道の中は、外とはまるで空気が違っていた。


 湿った冷気が肌へまとわりつき、ランタンの火が揺れるたび、岩壁に映る影まで(うごめ)いて見える。


 奥から響くのは、水滴の落ちる音だけだった。


 静かすぎる坑道は、まるで巨大な生き物の腹の中みたいで、妙に落ち着かなかった。


 帰還者ほぼゼロ。


 危険度B。


 改めて考えなくても、完全に来る場所を間違えている。


 少なくとも、商人見習いと元奴隷が気軽に入っていい場所じゃなかった。


「……現地調達って、何を調達したらいいんだよ」


 俺はぼやきながら、背負ったリュックを揺らした。


 坑道に入る直前、ヴェルカは酒瓶を片手にケラケラ笑いながらこう言ったのだ。


『足りないものは現地調達しな』


 雑すぎる。


 武器も作戦もほぼ丸投げである。


 頼みの綱のリュックも、中身はロープ、鍋、フライパン、工具、折りたたみシャベル、干し肉、果物ナイフ。


 あと何故か魚の干物まで入っている。


 本当にこの人、俺たちを生かして帰す気あるんだろうか。


 そんなことを考えていると、不意に隣でミリスがしゃがみ込んだ。


「?」


 何をしているのかと思えば、地面に落ちていた石を拾っている。


 しかも一個ではない。形を見比べながら、真面目な顔でいくつも集め始めた。


「……ミリス?」


「使えるかもしれない」


 そう言って、石をリュックへ入れる。


 《ただの石:0G》


 綺麗なくらい価値ゼロだった。


「いや……石集めてどうするんだ?」


「投げる」


 あまりにも真顔で返されて、一瞬ツッコミに困る。


「……役に立ちたい」


 ミリスは石を握ったまま、小さく呟いた。


「クラドの」


「…………」


 本人に変な気は一切ないのが余計に困る。


 無表情で、ただ当然みたいにそう言うのだ。


 以前のミリスなら、命令されない限り自分から動こうとはしなかった。


 けれど今は違う。何か役立てるものはないか、自分で考えて探している。


 その方向性が若干ズレてる気もするけど。


「……まあ、持つだけなら好きにしろ」


「うん」


 ミリスはほんの少しだけ嬉しそうに頷くと、また石を選び始めた。


 地味に丸いものや握りやすそうな形を選別している辺り、本人的にはかなり真剣らしい。


 だが、その時だった。


 ――カサッ。


 微かな物音。


 俺は反射的にランタンを向けた。


 暗闇の奥。岩陰の向こうで、赤い光がぬらりと揺れる。


 一つじゃない。


 二つ、三つ――複数。


「……ミリス」


「うん」


 空気が張り詰める。


 次の瞬間、ギャギャッ! という耳障りな奇声と共に、小柄な影が暗闇から飛び出してきた。


 灰色の皮膚。異様に長い腕。口元には獣みたいな牙。


 《坑道ゴブ:32G》


「うわっ⁉」


 一匹だけじゃない。次々と飛び出してくる。四匹だ。


 しかも速い。


「来る!」


 ミリスの声と同時に、一匹が真正面から飛び掛かってきた。


 咄嗟にリュックを前へ出す。鈍い衝撃が腕に走った。


「ってぇ⁉」


 後ろへよろける。普通に重い。普通に怖い。


 というか、やっぱり武器が足りない!


「ナイフ一本でどうしろってんだ、あの酒カス‼」


 叫びながら果物ナイフを抜くが、リーチが短すぎる。この距離で殴り合うのは危険だ。


 再びゴブが飛び掛かってくる。


 その瞬間、脳裏にヴェルカの言葉が蘇った。


『商人ってのはねえ、商品を見るんじゃあない。“価値”を見るんだよ』


「……価値」


 視線が、リュックへ落ちる。


 使える物じゃない。


 ――“使える価値を与えられる物”。


 俺は咄嗟に、リュックからフライパンを引き抜いた。


 《鉄製フライパン:45G》


 価値操作。


 頭の奥が熱くなる。


 《鉄製フライパン:45G → 簡易鋼盾:310G》


 瞬間、フライパンが淡く光った。


 直後――ガギィン‼ と硬質な音が響き、飛び掛かったゴブが弾き返される。


「止めた……⁉」


 ただの調理器具だったはずのフライパンが、盾みたいに衝撃を受け止めていた。


 ミリスが目を丸くする。


「……硬い」


「いける……!」


 なら――!


「ミリス! その石を投げろ‼」


「うん!」


 ミリスが全力で石を投げる。


 ビシャッ‼ と妙に重い音が響いた。


 《ただの石:0G → 投擲礫石:40G》


 直撃したゴブが、そのまま後ろへ吹っ飛ぶ。


「はぁ⁉」


 俺もミリスも同時に目を見開いた。


 今の石、威力おかしくなかったか?


 吹き飛ばされたゴブが、岩壁へ叩き付けられて悲鳴を上げる。


 ミリスは自分の手を見下ろし、それから石が消えた先を見て、小さく瞬きをした。


「……飛んだ」


「いや、今の何だよ⁉」


 岩壁へ叩き付けられたゴブが、そのまま動かなくなる。


 あんな威力、ただの投石じゃあり得ない。


 だが考えてる暇はない。別のゴブが横から飛び掛かってくる。


 俺は咄嗟にフライパンを叩き付けた。


 ガンッ‼ と鈍い音。


 ゴブが床へ転がる。


 《鉄製フライパン:簡易鋼盾 耐久低下》


「うっ……!」


 頭の奥に、妙な感覚が流れ込む。


 価値を変えた物の状態が、何となく分かる。


 なら――。


「ミリス! もっと石を!」


「うん」


 ミリスが即座に石を差し出してくる。


 しかもさっきより選別が進んでいた。


 丸い石。尖った石。平たい石。


 本人なりに“用途”を考えているらしい。


 こんな状況なのに、少しだけ笑いそうになった。


「よし……!」


 飛び掛かってくるゴブを睨みながら、俺は石に意識を集中させる。


 《ただの石:0G》


 価値を与える。


 もっと危険に。もっと脅威に。


 《ただの石:0G → 爆裂鉱石:180G》


 石の表面に赤い亀裂のような光が走った。


「ミリス! 投げろ!」


「うん」


 放られた石がゴブの足元へ転がる。


 直後。


 ――ドゴォン‼


 爆炎が坑道を揺らした。


「ギャアアッ⁉」


 二匹まとめて吹き飛ぶ。熱風が顔を叩いた。


「うわっ、マジで爆発した⁉」


「……すごい」


 ミリスが少しだけ目を輝かせていた。


 その顔を見た瞬間、妙な確信が湧く。


 いける。


 “価値”さえ作れれば戦える。


 ゴブたちが警戒したように距離を取る。


 その隙に、ミリスがまた石を拾って差し出してきた。


「次」


「サンキュ!」


 俺は半ば反射で石を掴む。


 今度は別のイメージ。


 眩しさ。閃き。目潰し。


 《ただの石:0G → 閃光鉱:95G》


 白い光が石の内部で明滅する。


「投げろ!」


 石が宙を舞う。


 次の瞬間。


 バシュゥッ‼


 坑道を白光が埋め尽くした。


「ギャッ⁉」


 ゴブたちが一斉に目を押さえて暴れ回る。


「今だ!」


 俺は駆け出し、フライパンを横殴りに振るった。


 ゴッ‼ と鈍い感触。


 さらにミリスの投石が飛ぶ。


 ドガッ‼


 さっきまでの“ただの石投げ”じゃない。


 価値を与えられた瞬間、完全に武器へ変わった。


 ゴブの一匹が悲鳴を上げながら逃げ出そうとする。


 その背中へ、俺は最後の石を構える。


「これで――!」


 今度は熱。火種。着火。


 《ただの石:0G → 火打ち魔石:60G》


 石が壁に激突した瞬間、内部で圧縮されていた火打ち鉱が弾け、激しい火花を撒き散らす。


 近くに零れていたランタン油へ引火する。


 ボワッ‼ と炎が広がり、逃げかけたゴブが火だるまになった。


「ギィィィッ⁉」


 悲鳴を上げながら転げ回り、そのまま動かなくなる。


 静寂。


 焦げ臭い煙だけが坑道へ漂った。


「…………」


 俺は肩で息をしながら、自分の手を見る。


 ただの石だった。


 そこら辺に落ちてる、価値ゼロの石。なのに。


「……戦えた」


 呆然と呟く。


 すると隣で、ミリスが小さく頷いた。


「クラド、すごい」


「いや、ミリスの石集めも大概だろ……」


「役に立った?」


 不安そうに聞かれて、一瞬言葉に詰まる。


 それから、俺は笑った。


「ああ。めちゃくちゃ助かった」


 ミリスは少しだけ目を丸くした。


 それから、口元がほんの僅かに緩む。


 その表情を見た瞬間、胸の奥が妙にざわつく。


 たった一言褒められただけで、そんな顔をするのか。


 ……ほんと、今までどんな扱いを受けてきたんだ。


 だが感傷に浸っている余裕はない。


 坑道の奥からは、相変わらず不気味な風音が響いていた。


「……行くか」


「うん」


 俺たちは再び、暗い坑道の奥へ足を踏み入れた。


 ***


 そこから先は、半分くらい勢いだった。


 道中でも何度か魔物に遭遇した。


 天井から飛び掛かってくる《坑道ゴブ》、岩陰に擬態していた《鉱喰い(こうぐい)ムカデ》、暗闇の中で羽音だけ響かせる《盲目蝙蝠(ブラインド・バット)》。


 正直、一歩間違えれば普通に死んでいたと思う。


 けれど、その度に俺たちは“価値”を作った。


 石ころは投げれば弾丸になり、工具は罠になった。


 ロープは拘束具へ変わり、鍋は即席の防具になる。


 フライパンに至っては、もはや完全に盾だった。


 最初は手探りだった戦い方も、少しずつ形になり始めていた。


「右」


 ミリスの短い声が飛ぶ。


 反射的に身を屈めた直後、頭上を鉱喰い(こうぐい)ムカデの脚が掠めた。


 そこへミリスの投石が直撃し、魔物が岩壁に叩き付けられる。


 以前の彼女なら、こんな風に自分から動けなかっただろう。


 だが今は違う。周囲を見て、必要な物を探し、自分で考えて動いている。


 その変化が、何だか少し嬉しかった。


「……というか、なんでそんなに石拾うの慣れてるんだよ」


「いっぱい落ちてるから」


「理由になってないんだよなぁ……」


 リュックの中は、いつの間にか石だらけになっていた。


 けれど、その石に何度助けられたか分からない。


 気付けば俺自身も、“価値のない物”を見る目が少し変わり始めていた。


 そして、どれくらい歩いただろうか。


 狭かった坑道が、不意に大きく開ける。


「……うわ」


 思わず声が漏れた。


 巨大な空洞だった。天井は遥か高く、岩壁一面に青白い鉱石が結晶のように突き出している。


 暗闇のはずなのに、洞窟そのものが淡く発光していた。


 まるで夜空の中へ迷い込んだようだった。


「……綺麗」


 隣でミリスが小さく呟く。


 その中心に、一際強く輝く鉱石があった。


 雫みたいな形をした、透き通る蒼。


 視界に文字が浮かぶ。


 《星涙石(せいるいせき):価値測定不能》


「――これか」


 喉が鳴った。


 素人目でも分かる。ただの宝石じゃない。


 街一つ買えるというヴェルカの言葉が、冗談に思えなくなるほどの存在感だった。


「やっば……」


 吸い寄せられるように近づく。こんなもの、本当に存在したのか。


「思ったより簡単だったな……」


 気が緩んだのは、その時だった。


「……クラド」


 ミリスの声に、思わず振り返る。


 だが、ミリスは俺を見ていなかった。


 その視線は、俺の後ろに向いている。


 顔色が変わっていた。感情の薄い彼女が、はっきりと怯えていた。


「……いる」


 その一言で、背筋が粟立った。


 気付けば、水滴の音が消えている。


 さっきまで感じていた洞窟の気配そのものが、どこか遠ざかっていた。


 静かすぎた。


 まるで巨大な何かが息を潜め、こちらを見下ろしているような静寂だった。


 嫌な汗が首筋を伝う。


 恐る恐る、振り返る。


 最初、それが何なのか分からなかった。


 壁だと思った。黒い岩盤が、洞窟の奥にそびえているのだと。


 だが違う。


 それは、ゆっくりと動いていた。


 ゴリ――――ッ。


 鈍い音が響く。


 巨大な顎が、岩壁を噛み砕いていた。


 岩が豆腐みたいに砕け散り、火花を散らしながら崩れ落ちる。


 暗闇の中で、赤熱した鉄みたいな光がゆっくり揺れた。


 目だった。


 あまりにも巨大すぎて、距離感が狂う。


 馬車より大きい頭部。岩盤みたいな黒鉄(くろがね)色の外殻。


 全身を覆う無数の傷。


 そして、鉄臭い熱風みたいな息。


 《――価値測……》


 表示が途中で乱れた。


 バチッ、と視界の文字が火花みたいに明滅する。


 こんなの、初めてだった。


 ――『グラン・モルド』。


 黒鉄(くろがね)喰らい。


 帰還者ほぼゼロ。


 その意味を、俺はようやく理解した。


 グラン・モルドが、ゆっくりこちらへ顔を向けた。


 赤熱したような眼光が、暗闇の奥で鈍く揺れる。


 その瞬間、全身の毛穴が一斉に開いた。


「――逃げるぞ、ミリス!」


「うん!」


 反射的に叫び、星涙石を掴んで駆け出す。


 だが背後で、ギギギギ……と金属を擦るような異音が響いた。


 振り返る。


 グラン・モルドが、岩壁に巨大な爪を突き立てていた。


 次の瞬間、轟音と共に天井の岩塊が崩れ落ちる。


「っ⁉」


 退路を塞がれた。


 土煙が舞い、坑道が揺れる。


 逃がさない。


 そう言われた気がした。


「ウソだろ……」


 喉が引きつる。


 その時、不意にヴェルカの軽薄な声が脳裏によみがえった。


『まあ、バレた時は頑張って倒すしかないね』


「……冗談じゃなかったのかよ、あの酒カス……!」


 思わず悪態が漏れる。


 だが、泣き言を言っても状況は変わらない。


 グラン・モルドが低く唸るたび、坑道全体が震えていた。


 まともに戦えば死ぬ。


 それでも、戦わなきゃ終わる。


 俺は荒い息を吐きながら、背中のリュックへ手を突っ込んだ。


 ロープ。鍋。フライパン。工具。干物。シャベル。果物ナイフ。


 改めて見ても、酷い荷物だ。


 けれど。


「……やるしかない」


 ヴェルカは言っていた。


 商品を見るな。価値を見ろ、と。


 なら――このガラクタ全部に、使い道があるはずだ。


 隣でミリスが、小さく石を握り締める。


「クラド」


「ああ」


 俺は震える手でフライパンを構えた。


 目の前では、黒鉄(くろがね)喰らいがゆっくり口を開いている。


 まるで、獲物を味わうみたいに。


クラドとミリス 現在の所持アイテム

・鉄製フライパン

・ロープ

・鍋

・工具セット(金槌、レンチ、釘、etc…)

・折りたたみ式シャベル

・干し肉

・果物ナイフ

・魚の干物

・ただの石×25個

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― 新着の感想 ―
やっぱり面白いですね!よくこんな内容の話を思いつくとは凄いですよね。これからも楽しみにしています!
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