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無価値スキル【価格表示】が覚醒したら、ガラクタで最強になった。【第3章開幕】  作者: 鍵宮ファング
第2章 夜と王都と揺らめく価値(夜天競売会篇・前篇)

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第21話 ソレゾレの目標

 人は、本当にどうしようもなくなると静かになるらしい。


 泣き(わめ)いたり、暴れたり、そういった元気すらなくなるんだろう。


 豪華なスイートルームの天井を見上げながら、俺は浅く息を吐く。


 柔らかいソファ。高そうな絨毯(じゅうたん)。夜景の見える大窓。


 俺なんか、一生縁がないような場所だ。


 なのに。その全部が、棺桶(かんおけ)の内装のようにしか見えなかった。


 撃ち抜かれた膝が、心臓のように脈打っている。


 ズクン。ズクン。


 生きていることを、痛みで教えてくる。


「…………」


 部屋の空気は重かった。


 カグヤは壁にもたれたまま目を閉じていた。


 時折、悔しそうに拳だけが震えている。


 ミザールとの戦いで受けた傷も、まだ全然()えていない。


 ミリスも無言だった。


 何を考えているのか、それとも何も考えられなくなっているのか、俺には分からない。


 そして――。


「んっ、んっ……ぷはぁ~」


 一人だけ。本当に一人だけ。


 いつも通りの顔で酒を飲む奴がいた。


 この人は、本当に……。


「なに呑気に飲んでんだよ!」


 気付けば俺はそう吐き捨てていた。


 思ったよりも声が(ひび)いた。ミリスとカグヤが、ビクッとこちらを振り返る。


 けれど、ヴェルカは何食わぬ顔でグラスのワインを飲み干した。


「まあ落ち着けよクラド。焦ったってどうにもならねえんだ」


 休んでろ。とまでは言わなかったが、ひらひらと振った手をツマミの皿へ伸ばす。


 焦ったって無駄。そんなこと、頭では分かっている。


 実際、俺たちが受けた傷は深い。


 立ち上がるだけで膝が(きし)む。


 カグヤだって、まだまともに呼吸すら出来ていない。


「でも、明日だぞ? それにヴェルカ一人でどうにかできる問題じゃないだろ」


「それはそうだな。流石の私でも、一人でカグヤの貨物を落札するのは難しい」


「じゃあ――」


 と、身を乗り出した俺に手を伸ばし、言葉を(さえぎ)られた。


「まさかクラド、この私がタダで諦めると思ってんのか?」


 言って、ニヤリと笑う。


 しかしその目だけは笑っていなかった。


「気持ちは分からなくもねえけどさ」


 そう言いながら、ヴェルカは入口を一瞥(いちべつ)して、大きな舌打ちをした。


 部屋の外では黒服が待機している。


 俺たちの監視役、といった所だろう。


「一発ぶん殴りてえが、今真っ正面から潰しに掛るのは悪手(あくしゅ)だ」


 ヴェルカは吐き捨てるように言うと、新しく出したショットグラスに酒を入れる。


 まだ飲む気か。


 ちょっと呆れたが、どうしてもただのヤケ酒には見えなかった。


 そんな空気の中、不意にミリスが小さく口を開いた。


「……ヴェルカ」


「んぁ?」


「もしかして、もう何か考えてる?」


 その瞬間、ヴェルカの口角が(かす)かに吊り上がった。


 見抜かれたのが意外だったのか、少しだけ楽しそうに笑う。


「なんだミリス、最近ちょっと賢くなったかぁ?」


「バカにしてる?」


「さあ、どうでしょう」


 適当をこきながら、ヴェルカはグラスの酒を勢いよく喉へ押し込んだ。


 やっぱりバカにしてる。ミリスの頬がぷくっと膨らむ。


 ヴェルカはそんなミリスの頬を指で突きながら、ふっと視線を扉へ向けた。


「……ま、奴等に聞かれてるから重要なことは喋れねえが」


 そう言って、テーブルのメモ帳を引き寄せる。


 ペンを走らせる音だけが、静かな部屋に響く。


 俺たちがそれを見守っていると、ヴェルカは短く、こう書いた。


『競売会に入る方法が、一つだけある』


 その文字に、俺たちは目を見開いた。


 競売会に入れるのはヴェルカ一人だけ。


 とどのつまり俺たちは、最初から“客ですらない”。


「ヴェルカ殿、これは一体どういうことなのです?」


「そのままの意味だ。とりあえず、順を追って振り返るぞ」


 するとヴェルカは新しいメモ帳に、夜天競売会(ノクスアウクティオ)会場の簡易的な地図を書き出した。


 それは地図というより、子供が描いた落書きに近かった。


 大きな長方形のホテル。


 その隣に、丸で囲われた競売会場。


 通路は一本だけ。逃げ道も、ほとんどない。


夜天競売会(ノクスアウクティオ)の会場は、ホテルの専用通路と繋がっているオペラハウスだ」


 入口と思しき場所から線を延ばし、長方形の建物――ホテルへ繋ぐ。


「入場管理は監視員もそうだが、直前に配られるカードの魔力感知で行われる」


「魔力感知?」


 聞き慣れない言葉に、ミリスが首を傾げる。


「簡単に言や、カードに込められた魔力の情報を読み取って、参加者か部外者か見分けるんだ」


「じゃあ、もしカグヤの能力でコッソリ入ろうとしても……」


「地下とはレベルが違う。速攻バレて――バンッ!」


 乾いた音と同時に、額に衝撃が走った。


 ヴェルカのデコピンだった。


()ァッ!」


「気を付けろ。本当なら、今ので頭に風穴が空いてたぜ」


 ケラケラと、冗談めかしく笑う。


「しかも、他の参加者からカードを奪うって手は無理だと思え」


「ですね。たとえ奪っても、私たちの顔は既に割れていますから……」


「それだけじゃあねえ」


 またショットグラスに酒を注ぎながら、ヴェルカは言葉を紡ぐ。


「前も言ったが、夜天競売会(ノクスアウクティオ)には、表じゃ売れねえモンが集まる」


「呪物、奴隷、魔物。金になるなら何でもアリ。だったよな」


「で――そんなモンを欲しがるのは、どんなろくでなしだと思う?」


 自虐のつもりだろうか。ヴェルカは歯を()きながら俺たちに目配せをしてきた。


 その問いに、いの一番で答えたのはミリスだった。


「悪い奴」


 非常にシンプルすぎる回答だったが、ヴェルカは満足したように大笑いした。


「その通り、参加者はみーんな“悪い奴”だ」


「それじゃあ、ヴェルカも……?」


 声を震わせ、ミリスが(たず)ねる。


 ヴェルカは答えなかった。その代わりに、アイスバケツの氷を砕いた。


 飛び散った氷の粒が、真っ赤な灯りを乱反射する。


「私みたいな可愛い悪い奴ばかりだったら、話は早ぇんだけどな」


「……どんな奴がいるんだ?」


 ふと気になって、俺は恐る恐る口を開いた。


「たとえば人攫(ひとさら)い、臓器売買屋、戦争屋、殺し屋。あとは指名手配犯や、国そのものを裏で転がすような連中もいる」


 軽い口調で。けど内容は全然笑えるものじゃなかった。


 今度はロックグラスに氷を入れながら、ヴェルカは続ける。


「中には、競売中にライバルを殺す奴もいる」


「……えっ?」


 俺たちは思わず絶句した。


「オークションってのはな、本来“高値を出した奴”が勝つゲームだろ?」


 俺だって知っている。それが競売――オークションのルールだ。


 氷をカラカラと鳴らし、ウイスキーを注ぎながら、ヴェルカは肩を竦める。


「でも夜天競売会(ノクスアウクティオ)は違う。前回は、呪具一つを(めぐ)って参加者が七人殺された」


「殺され……⁉」


「言葉通りだよ。手に入れるためなら、手段を選ばない」


 ――そういう奴らが当たり前のように参加している。


 それはもはや、市場とは呼べない。


 化け物同士が、“欲しいもの”に値段を付け合う処刑場だ。


「要するに。高値を出して、そして最後まで生き残った奴が勝つ」


「そんな場所に、入るっていうのかよ……」


 自分でも驚くほど声が上ずっていた。


 俺の問いに、ヴェルカは、


「元からその予定だったからな」


 息をするように答えて、ウイスキーを一気に飲み干した。


 その表情には、さっきまでの軽薄さはない。


 代わりに、氷よりも冷たい目が、夜空の星々を見据えていた。


「……でも、そんな危険な場所、運営側の奴らはどうやって出入りするんだ?」


 俺はふと思った疑問をヴェルカに投げた。


「流石に、そんな殺気立った地獄の正面玄関から堂々と入ることはねえよ」


「商品を横取りされたくない奴らが襲ってくるから、ですか?」


 カグヤの補足に、ヴェルカは「ああ」と静かに頷く。


「競売が始まる前に強奪すりゃ、タダで済むからな」


「物騒……」


「そんなバカは居ねえと思うが、運営側はその対策として“参加者と接触しない導線”を作ってるはずだ」


 そう言いながら、ヴェルカは地図の裏側に新しく線を書き足していく。


 正面玄関の向かい側――舞台裏から線が伸びていく。


「裏口って、ことか?」


搬入口兼(はんにゅうぐちけん)運営専用(うんえいせんよう)ルートってとこだろうな」


 そこでヴェルカはまた入口の扉を振り返り、白紙のメモに短く書いた。


『幹部権限なら通れる』


 空気が変わった。


 俺たちはその文字を凝視(ぎょうし)して、互いの顔を見合わせる。


 カグヤの指先が、札を握りしめる音を立てる。


 ミリスの肩が、小さく震えた。


 ヴェルカは更にペンを走らせる。


『だから次は、“ラグナ”と“ゼロ”を潰して、フリーパスを奪う』


 ラグナ。


 ゼロ。


 それが残る《四天鑑定(してんかんてい)》の名。


 ミザールとガノックだけでも、死ぬほど強かった。


 なら残り二人も、同格――いや、それ以上だっておかしくない。


「……けどな」


 ヴェルカはメモ帳を束ごと灰皿へ放り込み、マッチで火を点けた。


 マッチを受け止めたメモ帳が、ゆっくり黒に染まっていく。


 書かれていた作戦ごと塗り潰すように。


「本音を言や、私はここで降りろって言いてえ」


 その言葉に、部屋が静まり返った。


 誰もすぐには答えられなかった。


 無理もない。俺は膝を撃ち抜かれて、カグヤも満身創痍(まんしんそうい)


 まともな頭なら、ここで退()くのが正解だろう。


「…………」


 ここで諦めたら、少なくとも命は拾えるかもしれない。


 けれど――。


「……私は、逃げたくない」


「ミリス?」


 最初に口を開いたのはミリスだった。


 逃げたくない。小さな声で、確かにそう言った。


「怖いのは本当。でも、ここで逃げたら……ダメだと思う」


 ぎゅっと、握りしめた拳が白くなる。


「それに、地下にいた子も、苦しそうだったから」


 展示室で見た奴隷のことが脳裏を過った。


 その姿が、初めてミリスと出会った日の光景と重なる。


「……クラドに助けられた。だから今度は私が、助ける番」


「……ミリス殿の言う通りです」


 続けて、カグヤが口を開く。


「できることなら、私もこの悪夢のような競売を終わらせたい」


「カグヤまで……」


「それに、あの貨物の中には、妖刀(ようとう)が封印されています」


妖刀(よーとー)?」


 ヴェルカはぽつりと呟いた。


「悪しき力が封じられた刀。簡単に言えば、呪具です」


「じゃあ、もしその刀が競売に出たら――」


「恐らく……いえ、必ず惨事(さんじ)になるでしょう」


 カグヤは真っ直ぐに俺を見つめながら、そう言った。


「だから私も、ここで退くわけには行きません」


 俺に向けた視線をヴェルカに移し、彼女の赤い眼をじっと見据えて頷く。


「絶対に止めます」


 二人とも、覚悟が決まっていた。


 それなのに、俺の膝はずっと笑ったままだ。


「で、クラドはどうなんだ?」


 ヴェルカの問いが胸に突き刺さる。


 ――怖いのは、俺も同じだ。


 でも、折角ここまで来たんだ。それを全部無駄にして逃げるなんて――。


「俺は……」


 ――出来るわけないだろ。


 俺は、膝の痛みを殺して立ち上がった。


「また何も出来ねえまま終わるくらいなら、死んだ方がマシだ」


 そう言うと、ヴェルカはあっけらかんとした表情で俺たちを一瞥(いちべつ)した。


 ククッ、と喉を鳴らして、深いため息を吐く。


「……ほんっと、バカばっかりだな」


 そう言いながら、しかしヴェルカは嬉しそうに笑った。


「でも、そうじゃなきゃ面白くねえ」


 空になったグラスをテーブルに置いて、ヴェルカも立ち上がる。


「それで、どうするんだ?」


 俺が訊ねるより先に、ミリスが身を乗り出した。


「幹部はどこにいるの?」


「ゼロは知らねえ」


 ヴェルカは残った酒瓶を片手に即答した。


「けど、ラグナの方ならきっと、カジノだ」


「カジノ……?」


 カグヤが不思議そうに眉を潜める。ジパングにはないんだろうか。


「カグヤには賭博(とばく)って言ったら分かるか? あの女、生粋のギャンブラーとして有名なんだよ」


 言いながら、ヴェルカは天井――ホテルの上層階を指差した。


夜天競売会(ノクスアウクティオ)の日、奴は開会までカジノで豪遊(ごうゆう)するらしい」


 商会の連中が、酒の席で話していたことを思い出す。


 金持ちが目を剝くほどの大金を賭ける、大人の遊び場。


 もちろん俺は行ったことなんてない。


 ――ただ、このホテルのカジノは、きっと俺の想像より(はる)かにイカれている。


 むせ返るような金の匂い。そして、それを包み込む酒と煙草の臭い。


 想像するだけで、頭がクラクラしそうになる。


「お前ら、覚悟しとけ」


 そんな俺をよそに、ヴェルカは大きく肩を回した。


 わざと外の黒服たちに聞こえるように、大きな声で言い放った。


「女の遊びは、タダじゃあ終わらねえぜ!」


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