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無価値スキル【価格表示】が覚醒したら、ガラクタで最強になった。【第3章開幕】  作者: 鍵宮ファング
第2章 夜と王都と揺らめく価値(夜天競売会篇・前篇)

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第20話 ソノ顔に見覚えがあるか?

 ついさっきまでの殺気と血の臭いで満ちていた保管庫が、嘘のように静まりかえっている。


 その静寂(せいじゃく)を破るように、アルベリオはスーツの(えり)を正して咳払いを(こぼ)した。


「まさか、ここで貴方と再会するとは。夢にも思いませんでした」


 冷静さを保ちつつ、信じられないものを見たようにヴェルカを見据える。


「奇遇だな。私からすりゃあ、とんだ悪夢でしかねえが」


 対するヴェルカは、まるで旧友に再会したような気軽さで笑う。


 なのに空気だけは、さっきまでとは比べものにならないほど重かった。


「ヴェルカ殿? 彼は一体?」


「知り合い?」


 カグヤとミリスが、口を揃えて恐る恐る(たず)ねる。


 アルベリオの声。ヴェルカの目。


 どう見ても、初対面の空気ではなかった。


「……さァね」


 しかし、ヴェルカは心底どうでもよさそうに肩を(すく)め、首を横に振った。


「あんな鼻につくガキンチョ、知らねえな」


 ……絶対知り合いだ。


 いや、知り合いとか、そんな生易しい関係じゃない。


 だがそれ以上は何一つ語ろうとしなかった。これで話は終わりらしい。


「てか、それより――」


「あん? どうしたクラド?」


「なんでここにいるんだよ」


 そう訊ねると、ヴェルカは「あー」と面倒臭そうに頭をガリガリと掻いた。


「いやさあ、部屋で暢気(のんき)に酒飲んでたらよォ」


 そう言いながら、手に持ったワインを一気に飲み干して語り始めた。



 ***



 (さかのぼ)ること少し、ちょうどクラドたちが地下へ向かった後のこと。


 競売会参加者専用のスイートルーム。


 夜景を見下ろせる大窓の前で、ヴェルカはソファに腰を預けながらワイングラスを揺らしていた。


「さて、と。今夜は景気良く行くかァ」


 芳醇(ほうじゅん)なブドウの香りと共に、ぐいっと飲み干す。


 おつまみを片手に飲む。


 塩漬けにした肉に(かじ)り付き、白ワインで肉の臭みごと流し込む。


「ふぃ~、最っ高~!」


 晩酌から一時間も経たぬうちに出来上がった。


 その調子のまま、続けて三本目の栓を抜いた直後――。


 ――カチャッ。


 背後で、安全装置の外れる音が連鎖した。


 ワインの香りが、一瞬にして死臭に変わる。


「……あンれェ?」


 ヴェルカはとぼけた様子でワインを一口飲み、


「随分とド派手なルームサービスじゃねえか」


 頼んだっけ? と酒に浮かされた脳みそで考えながら、静かに両手を挙げる。


「お気に召しませんでしたか?」


 黒服の一人が静かに返す。


 続けて感情のない声で、一歩ヴェルカに歩み寄る。


「我々は、格式を重んじるホテルでして」


「ほぉ、そいつは結構」


 ケラケラと笑いながら、ヴェルカはワイングラスに手を伸ばす。


「動くな」


 声と同時に、十二丁の銃口が睨む。


 銃口の射線は、ヴェルカの脳天。


 だが、彼女は何食わぬ顔でグラスを揺らし、静かに一口呑み込んだ。


「酒飲んでる客に銃口向けるたァ、随分(ずいぶん)と教育の行き届いたホテルじゃねえか」


「……何?」


 背後の黒服が訝しんだ、次の瞬間。


 ヴェルカは、手にしたグラスごと黒服の顎を打ち上げた。


 ドスッ、と鈍い音が静寂を生む。


「おかげで、せっかくのワインの香りが台無しだ」


 黒服たちの反応は早かった。


「撃て」


 誰かの乾いた号令から間を置かず、魔道銃の閃光が室内を埋め尽くす。


 だが、ヴェルカは迷うことなく倒れ込む黒服を片手で持ち上げた。


 無数の弾丸が、黒服のやや出っ張った腹を蜂の巣に変える。


「悪ぃな。困った時は、近くにいる奴を盾にしていいって、師匠の教えなんだ」


 そんな師匠いねえけど。とケラケラ笑いながら、ソファの縁に手をかける。


 そのまま、かけた手を軸に脚を横薙ぎに振り抜く。


 赤いハイヒールが黒服の側頭部を叩き潰し、吹き飛んだ男が背後のテーブルに激突する。


 高級ワインが宙を舞った。


「やべっ、もったいねえ」


 ヴェルカは飛び散るボトルを片手で掴み取ると、空中でそれを一気に飲み干し、


「空き瓶処理は頼んだぜ!」


 そのまま真正面にいた黒服の脳天を打ち抜いた。


 赤い飛沫(ひまつ)硝子片(がらすへん)が、まるで血飛沫(ちしぶき)のように広がっていく。


 その隙に、別の黒服が背後に回る。


 だがヴェルカは振り向きもしない。


「ったく。テメェら、一端の始末屋ならよく覚えときな」


 言いながら、床に落ちた灰皿を蹴り上げる。


 丸まった縁を少しだけ伸ばし、ヴェルカは言葉を紡いだ。


「誰かを始末する時ゃ、銃よりナイフの方が便利だぜ」


 言うが早いか、銀色の円盤が空中で刃のように回転した。


「な――」


 一人目の指が飛ぶ。


 二人目の首筋が裂ける。


 三人目の魔道銃が、真っ二つに断ち斬られる。


 黒服たちは、自分の身に何が起きたのか理解出来ていなかった。


 戸惑いが客室に充満する中、ヴェルカだけが凜と佇んでいた。


さよならだ(アリーヴェ・デルチ)


 遅れて、黒服たちは一斉に膝を付いて倒れた。


 ドサドサと人影が崩れ落ちる中、ヴェルカは深く溜息を吐いた。


 足下ではワイン瓶が無様に転がり、カーペットが真っ赤に染まっている。


 それがワインの染みなのか、或いは鮮血なのか。今となっては分からない。



 ***



「……で、多分クラドの方もバレたんだろうな~って思ってさ」


 ヴェルカは、まるで散歩中に起きた出来事を振り返るような口調で、肩を竦めた。


「そしたら案の定、マジに死にかけてやんの」


「笑い事じゃねえよ!」


「いやあでも、間に合ってよかったぜ。あと三秒遅かったらお前、顔面潰されてたぞ?」


「縁起でもねえこと言うなよ!」


 本当にこの状況を理解しているのか?


 疑問に思っていると、アルベリオが静かに口を開いた。


「知らないとは言わせませんよ、ヴェルカ」


「あン? お前、まだいたの?」


「八年前、貴方は“あの方”にギルドごと消されたはず」


 鼻血を拭いながら、アルベリオは笑っていた。


 しかしヴェルカは面白い冗談でも聞いたように笑い返す。


「相変わらずだなぁ、お前は」


 飲み干したワイン瓶を床に投げ捨て、ヴェルカは真っ直ぐアルベリオを見据えた。


「商人が噂話(うわさばなし)鵜呑(うの)みにするたァ、三流以下だぜ?」


(うわさ)ではありません」


 アルベリオは否定した。


「私は、貴方たちが死ぬ瞬間をこの目で見ていますから」


「ならちゃんと見える眼鏡(メガネ)、特別価格で売ってやろうか?」


 明らかに、空気が変わった。


 さっきまでの軽口とは全く違う、冷たい緊張が走る。


「それで、何故生きているのです?」


「さあ。地獄が満員だったんじゃねえか?」


「亡霊が、ならば今度こそ地獄へ叩き落としてあげましょうか?」


「やれるもんならやってみな。女の幽霊は怖ぇぞ?」


 意味が分からなかった。


 アルベリオの笑みが、そこで初めて止まった。


「しっかし、本当にみみっちな。お前は」


「みみっちい?」


「今も相変わらず、“(はかり)遊び”でもやってんだろ?」


「少なくとも、貴方のように現実から逃げ続けるよりは有意義ですよ」


「だったら、尚更タチが悪ぃな」


 ミリスもカグヤも、割って入ることすらできなかった。


 互いに睨み合っている。ただそれだけなのに。


「貴方は何も分かっていない」


 アルベリオはやれやれ、と両手を挙げながら続けた。


「人は所詮(しょせん)、“価値”でしか他人を測れない。悲しいかなそれが現実なんですよ」


「……ッ!」


「だから貴方は、あの時――」


 アルベリオが一歩前へ踏み込んだ、その時。


「アルベリオ様!」


 ――ガチャガチャガチャッ!


 突然、空気を断ち切るように黒服たちが雪崩れ込んできた。


 人数は四十……いや五十以上か。手には狩猟用の魔道銃が構えられている。


「コイツら、いつの間に……!」


「ミリス殿、私の近くに」


 カグヤは咄嗟にミリスを庇うよう前に出た。


 血塗れの身体がふらつく。それでも札だけは離さない。


 俺も床に散らばった金貨を掴み取って構える。


 たとえ指が砕けようが、ここで止まるワケには行かない――。


「おいおい。こりゃあ、いいお友達を持ったなあ」


 対するヴェルカは、まるで酒場の喧嘩でも始めるように肩を回す。


 やる気満々、といった様子だ。


 しかし――。


「――銃を下ろしたまえ」


 アルベリオが、静かに告げた。


 その声に、黒服たちは動揺を隠せずにいた。


「し、しかしアルベリオ様、彼奴(きゃつ)らは――」


「聞こえませんでしたか?」


 笑顔のまま、アルベリオは黒服たちを一瞥(いちべつ)する。


 それ以上は何も口にしない。だが彼らは、渋々と銃口を下げていった。


「……コイツは、なんの真似だい?」


 ヴェルカは(いぶか)しんだ。


「情けのつもりなら、余計なお世話だぞ」


「まさか。勘違いしないでいただきたい」


 アルベリオは笑い声を殺し、ゆっくりと両腕を広げた。


「ヴェルカ。貴方が現れたおかげで《夜天競売会(ノクスアウクティオ)》の舞台価値は跳ね上がった」


 愉しげに天井を仰ぎ、言葉を紡ぐ。


「八年前に死滅した行商ギルドの亡霊が現れる。きっと観客は熱狂するでしょうね」


価値(レッテル)貼りの次は、人を見世物扱いか?」


「そう思われるなら、そう捉えてくれて構いません」


 否定も肯定もしない。


 ただ、それが確定事項だと言わんばかりに、アルベリオは静かに微笑んでいた。


「相変わらず、反吐が出る趣味してやがるぜ」


「お褒めの言葉として、受け取っておきましょう」


 その返しすら、まるで予定調和のようだった。


 ヴェルカは舌打ちしながら肩を鳴らす。


「ただし、明日の《夜天競売会(ノクスアウクティオ)》に参加できるのは、貴方一人だけです」


「ほぉ? で、もしその条件を破ったら、どうなるんだ?」


「そうですね、例えば――」


 ヴェルカの問いに答える代わりに、アルベリオは腰から拳銃を取り出し――


 ――バンッ!


「ぐっ! あああっ!」


 俺の右膝が爆ぜた。


 何が起きたのか理解するより先に、焼けるような激痛が脳天を突き抜ける。


「クラド!」


「クラド殿ッ!」


 ミリスとカグヤの悲鳴が重なる。


「ッ! テメェ、何しやが――」


「おっと、狙いが外れてしまいました」


 ヴェルカの怒声を(さえぎ)り、アルベリオは慣れた手つきでリロードする。


「でも、これで貴方も分かったでしょう? 次は頭を狙います」


 穏やかな微笑み。だがその奥には、無感情な殺意が宿っていた。


 とても冗談とは思えなかった。


 ヴェルカもそれを理解したんだろう。唇を噛みしめながら、小さく頷いた。


「……分かった。コイツらには悪いが、競売会が終わるまで大人しくさせる」


懸命(けんめい)な判断、礼を言わせていただきます」


 仰々(ぎょうぎょう)しく上品なお辞儀をして、アルベリオは周りの黒服たちを一瞥する。


 それを合図に、銃を下ろした黒服たちが俺たちの腕を掴み上げた。


「新しく、空いているスイートルームへお連れなさい。くれぐれも、殺さないように」


 何も取り戻せなかった。


 それどころか、俺は膝を撃ち抜かれた。


 それなのに――。


 黒服に連行される中、ヴェルカだけが妙に楽しそうに(わら)っていた。


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