蜜月
モモカをベッドの上に座らせ、荒れた部屋を片付ける。
その間ずっとお互いは言葉を発さず、気まずい沈黙が二人の間を漂っていた。
すっかり日も落ち、部屋に月明かりが差し始めた頃、モモカがぼそりと声を発した。
「ごめんなさい…」
「モモカが悪いわけじゃないだろ。何も謝る必要はない」
それっきり黙ってしまったモモカにどうしたものかと悩んでいると、お腹の音が鳴った。
「…ご飯、食べようか」
どちらの物かも分からないが、この状況を打破する為のきっかけとなったお腹の音に今はただ感謝を。
…多分顔を赤くしているからモモカだな。
モモカを膝の上に乗せて、パンを千切って与える。
数週間で左手を使って食事をするのが上手になってきたモモカが珍しく、
「食べさせて」
と甘えてきたのだ。
スープを木のスプーンで飲ませ、一息つく。
暖かいものを食べて安心したのだろうか、ぽつりぽつりとモモカが声を漏らす。
「…あたし、怖かったの。これからどうなるんだろうって、もうアキと会えなくなるのかもって」
いつも強気なモモカが見せる明確な弱さに戸惑って、なんて言えばいいのか分からなくなってしまう。
「力が無ければ価値はない。冒険者はそんな価値観で生きてるの。ずっとそんな環境で育って来たから、こんな姿になったあたしをアキが世話してくれて嬉しかったの。でも、迷惑をかけてばっかりで、攫われて。アキにこれで厄介払いが済んだって思われたらって、考えちゃって」
「そんなことは…」
「アキは優しいから、そんなことはないって言ってくれるって分かってる。でも、確証がないの。どうしてこんなあたしを、ずっと守ってくれるのかの。アキの優しさを信じられない、あたし自身が嫌なの」
自分の言葉で、溢れる思いをありのままに伝えてくれるモモカ。
彼女の境遇を詳しくは知らないが、きっと今まで大変な思いをしてきたのだろう。
モモカを安心させるには…心の底から俺を信じてもらう他ない。
「…ずっと前に、俺はここじゃない別の世界から来たって、言ったよな」
突然、全く脈絡のない話をし始めた俺に、涙目ながらきょとんとした顔を向けるモモカ。
「記憶喪失なんてのは真っ赤な嘘で、こことは違う世界からいきなりこっちの世界に来てしまったんだ」
我ながら意味の分からない話だと思うが、実際そうなんだから仕方ない。
「俺の居た世界では月は一個しかなくて、魔法なんてものは存在しない。冒険者なんてものも魔物も居なった。もちろん竜なんてものも」
「…」
「作り話だと思ってくれてもいい。ただ、俺の世界でも、この世界でも同じことはある。それは、好きな人は全力で守らなくちゃいけないってことだ」
「…!」
はっとしたようにこちらを見て来るモモカ。
「親愛とか、家族愛とか、恋とか、なんでもいいんだけど。とにかく、損とか得とかじゃなくて、守らなきゃいけない人がいるんだ。…ライカだって、巨大な盾を持っていただろ? あんな力を持ってるなら盾じゃなくて武器を持った方が絶対に良いのに、あいつはそうしなかった」
「それは、他の子が魔法を使った方が効率的だから…」
「…俺がライカのことを語るのも良くないけど、あいつは昔家族を全員殺された過去があったみたいでな。だから、もう誰も失いたくなかったから、盾を持ってたんじゃないかな」
タイタンの時も、最後も。自分が逃げるんじゃなくて、村人を守ろうとしていたヤツだ。
「俺だってそうだ。この回復がなければ、あの山でモモカは死んでただろうし、竜の呪いももっと進行してただろう。きっとこの能力は、モモカを守るために与えられた能力だと俺は思うんだ」
イフィルの笑顔が脳裏を過ぎるが、俺はそれを押し殺して、言葉を紡ぐ。
「俺はモモカが好きだ。だからモモカを守る」
彼女の眼をしっかりと見て、そう決意を述べた。
「…これじゃあ駄目か?」
無言のモモカに耐え切れず、そう言ってしまう。
「ええ。全然ダメね。行動で、示して」
そう、泣きたいような、笑いたいような困った顔をしながら、俺の顔に顔を近づけて来る。
言わんとせんことを理解して、彼女の唇に唇をそっと重ねる。
「…全部信じる。違う世界のことも、アキの想いも!」
そう、涙を流しながら、左手で俺を強く抱きしめて来る。
抱き返してやれば、嬉しそうに、愛おしそうに俺の体に頬を擦る。
ピンクの髪の毛がぐちゃぐちゃになるまで撫でてやると、モモカはすっかり泣き止んだようで、どこか上気したような顔でこちらを見つめて来る。
「もう大丈夫か?」
「ううん、まだ」
二人の心と体の間の隙間を無くすように、じっとりと体をくっつける。
「アキは、あたしのどんなところが好きなの?」
「面倒見がよくて、かわいい。一生懸命で、責任感が強い。もっとあるけど、言い出したらきりがないさ」
「へぇ~、そうなのね…」
にへら、と顔を満面の笑みでほころばせる。
「最初に二人であの山に登った時に言ったこと、覚えてるかしら。かっこよくて、優しくて、あたしのことを第一に考えてくれる、あたしのお眼鏡に適う、運命の人。アキしかそんな人はいないわ。もうあんたのことしか考えられないの。だから、こんなにも悩んでたのよ」
「そ、そうか…」
面と面を突き合わせてそう言われるとだいぶ気恥ずかしい。
ぷいとそっぽを向いてしまう。
「かわいいわね、アキ」
ガシっと、顔を掴まれて強制的にモモカの方を向かされてしまう。
「食べちゃいたいくらいに、ね」
何? 俺今から食われるの?
なんかモモカの目が異様に据わってるから形容しがたい恐怖を感じる。
なんとかして話題を変えよう。
「…あーっと、そういえば、嫌な事を思い出させてしまうようで申し訳ないんだが…亜人が多くなかったか?」
モモカを攫った集団、異様に獣耳が生えた男たちばっかりだったから少し気になったのだ。
「アキはここじゃない世界から来たから知らないのね。亜人は魔法を使えないことがほとんどなの。正確には、魔力回路はぜんぜん機能してなくて、体に蓄積できる魔力の量も極端に少ない。それ故に魔力を扱う安全な定職に就くこともできなければ、冒険者になろうにも、魔法も使えず、身体強化もろくにできなくて、尚且つ魔力回路が発達してないせいで魔力が垂れ流しになっていて魔物に気づかれやすくなっちゃうから、パーティも組みづらいの」
すっかりいつもの物知りのモモカに戻ってくれたようで、分かりやすい説明をしてくれる。
「そうなると悪事に手を染める輩が増えて、その悪い噂が独り歩きして亜人は良い印象を持たれづらくなっちゃったのよね」
「大変なんだな亜人って」
「その分亜人と亜人の仲間意識が強くて、亜人だけで冒険者パーティを組んでいるところもあれば、亜人の国とかは他国と比べてとても平和だったりするわ。魔力を上手に扱える亜人もたまに居るし、上手くいっている人とそうでない人の差が顕著な種族ね」
「馬車で呪文? を唱えてた男が居たが、そいつって結構エリートだったのか」
「そうね。亜人で魔法を使えるなら元々魔力強化なしでもかなりの身体能力がある亜人は冒険者として大成できるでしょうに、絆の深さが不幸して悪い仲間を見捨てられなかったんじゃないかしら」
世知辛くて悲しくなってくるな。
何とかならないものなのか。
「ところでアキ、元の世界に戻りたいとか、考えたことはある?」
「…まあ、少しは」
「そうね…それはあたしがこの世界に居てもかしら?」
「それは…」
言葉に詰まると、モモカが体重を俺に預けてくる。
「今はそれでもいいわ。でも、いつか、あたしが居るから元の世界には戻れないって、言わせてみせる」
決意の籠った目でじっと俺の瞳を見つめてくる。
モモカの整った顔が近づいてきて、それだけでも心が強く揺さぶられる。
こういう経験は全くないので、自分の心臓の鼓動が早くなっているのが嫌でも分かってしまう。
「アキ、あんたが欲しいの」
頬に手を添えられ、口付けを落とされ、モモカが器用に服を脱ぎ始める。
「ちょ、ちょっと、まだ早いんじゃないか? モモカの体も本調子じゃないし…」
これからの行為を想像してしまい、思わず制止の声を上げる。
「あたしの心配は要らないわ。そんな些細な問題よりも、今すぐあんたが欲しくて仕方がないの」
「ま、まだ若いし…俺十七なんだ。しかも初めてだし」
「あたしも初めてだし、今年で二十四。問題はないわね」
とても二十四歳には見えない程若々しいのだが。見た目は俺と同い年かそれ以下だし。
でも問題は大ありだ。
「み、未成年淫行…!」
「あんたの元居た世界は知らないけれど、こっちの世界では十五で成人よ」
終わった。




