誘拐
迂闊だった。
よくよく考えたら自分なんかより先に戦う力のないモモカの安全を案じるべきだった。
階段を駆け上がり、宿の扉を開けると、部屋は荒らされ尽くされ、足の踏み場もないような状態になっていた。
モモカはもちろん、金貨の入った袋など、俺が持ち歩いていた物以外の貴重品が全てなくなっている。
開いている窓から外を見てみれば、二人の亜人が身軽な足取りで住宅街の屋根を伝って走り去っていくのが見えた。
足に力を籠め、亜人の先頭の男の所まで直線に跳ぶ。
砲撃でも着弾したかのように瓦礫が空を舞い、男たちが足を止める。
素早く二人を確認してみるが、二人とも何か荷物を持っている訳ではなく、恐らくこっちも囮なのだろう。
小賢しく、モモカの誘拐は組織的に数人単位で行われているようだ。
「モモカを何処にやった?」
「教える訳ねーだろ、やっちまうぞ!」
二人の男がナイフを片手に突っ込んで来るが、全てが緩やかに見える。
体勢を低くし、一人を足払いで転ばせ、もう一人は手からナイフを叩き落とし、回し蹴りで大きく飛ばす。
転んだ方の男からナイフを奪い、首に当てる。
「モモカを何処にやった?」
「ボ、ボスは俺達には逃走ルートを教えてくれなかったんだ! 信じてくれ! もう一人の方にも聞いても同じ答えが返ってくる──」
後ろから迫ってくる男の拳を受け止め、腹に思いっきりパンチを入れる。
口から嗚咽を漏らす男の肩に手を掛け、ナイフをまた首に突き立てる。
「モモカを何処にやった?」
「し、知らねぇ。ただボスはもうこの町に用はねぇって言ってたから、今頃は町の外なんじゃねーか?」
話し終わった男二人を蹴り飛ばし一人の空間を作る。
「考えろ」
もしも俺がモモカを攫ったらどうする?
そもそも、モモカ以外にも金銭も盗まれてる訳だし…。
囮役の奴らは俺がある程度の戦闘力を持っていることを知らなかった…。だから、俺よりも自警団のような組織にバレないように潜伏する…?
いや、この町に入る時、ボディチェックもされなかったし、あの囮役の男が言うことが正しければ、とっとと町から出てしまった方が安全か。
…先に町の出口で出待ちするか?
屋根の上から周りを見渡してみれば、この町幾つも出口があるせいでどこから逃走を図るか全く分からん。
絶望し、腰に手を当て思案に暮れる…と、肌身離さず持ち歩いていた物がこつん、と俺の手に触れる。
「…これだ!」
「大金を持つ者の意識が足りねぇよな! 防犯意識がガバガバすぎやしねぇか?」
ガタガタと揺れる床の上で、あたしは袋の中に詰められていた。
周りの状況は分からないが、何人かの男たちが大騒ぎをしているのが分かる。
「えーっと…四十万か…まあエレアでの最後の仕事だと考えればこんなモンか」
「しかしボス、あいつらを置いて来て良かったのでしょうか」
「あぁ? 後からこっちに来れるよう何枚か銀貨渡しておいただろ」
「いえ、先ほど、馬車の外からチラリと見えたのですが、手足のない女の相方が住宅の上でアイツらと戦ってて…」
「どうせ大したことねぇだろ。女の金で生活してるような人間だぜ?」
ガハハ、と下品な笑い声が気持ち悪い。
これからどうなるのか、アキは大丈夫なのか酷く不安で、声にならない叫び声を上げる。
これはアキにずっと気を使わせてきた、あたしへの罰なのかしら。
「おい、あの女を出せ」
瞬間、気持ちの悪い浮遊感と共に地面に打ち捨てられる。
「コイツの体、なんか腐ってねーか?」
「手足もありませんしね…」
「…まあ攫ってきちまったしな…お、コイツ顔はなかなかいいじゃねーか。変な物好きには売れるんじゃねーか?」
「キレイなペンダントもしてますね。これは高く売れますよ!」
顔を上げると、ボスと呼ばれていた声の巨体の亜人と目が合ってしまい、酷く不愉快な視線で見つめられてしまう。
そのまま左腕を引っ張られ、宙ぶらりんにされてしまう。
「見てくださいよボス、この女、何がとは言いませんが良いですねこれ」
「…売るのはナシだ。こいつは俺が使う」
「えっ」
「信じられないモノを見たような顔でこっちを見るのはやめろ」
下劣な考えを隠そうともしない巨漢の舌なめずりに本能的な恐怖を感じ、体が竦みあがってしまう。
「ったく…ちょっとあっち向いてろ」
「ボス、まさか馬車の中で!?」
数人の抗議の声が上がるが、巨漢は止まらない。
「…アキ…助けて…」
絶望に耐え兼ね、そう小さく声を漏らしてしまったと同時に。
「なんだ!?」
馬の鳴き声と共に馬車が止まり、次の瞬間暗かった馬車の中に光が差した。
魔道具探査機が指し示す方向に従い駈ける。
町の出口を通り抜け、少ししたところで、不自然に急ぐ馬車の姿が目に入った。
近くの小石を拾い上げ、車輪に向かって投擲。
イイ所に挟まったっぽく、ガリっと音を立てて車輪が回らなくなり、馬が驚いて声を上げる。
その瞬間、大きく跳躍し、屋根を突き破り中へ侵入すると、そこにはやはり数人の亜人たちとモモカの姿があった。
「テメェは…!」
叫ぶ大男の視線には何処か覚えのあるものがあり、すぐにそれが最近感じていた奇妙な視線だと言うことに気づく。
とにかく、モモカを攫ったのがこいつらであることに間違いはなさそうだ。
「オメェら、やっちまえ!」
相も変わらず脳がないシンプルな突撃に今更苦戦する訳もなく。
前から来る男の頭を掴んで横の男に向かってぶん投げる。
馬車の壁を突き破り落ちて行った二人を尻目に、何か呪文を唱えている男に向かって一瞬で接近し、下から拳で顎を砕き、怯んだところを蹴り飛ばす。
後ろから接近してきた男には目もくれず、腹部を狙った刺突を避けてから首筋をストンと叩き気絶させた。
「な…!」
残るは狼狽える大男一人のみ。
他に立ち上がる者が居ないのを確認すると、ゆっくりとそちらに歩を進める。
「う、動くな! こいつがどうなっても良いのか!?」
不利だと悟った大男はモモカを人質に取る。
彼女の首から鮮血が滴り落ち、超えないようにしていた一線を踏み越えるのに躊躇を失う。
「崩壊」
男との距離はわずか一メートル。
崩壊の射程範囲内だ。
モモカの体が盾となっていない足元に崩壊。
一瞬にして男の両足が消え去り、男はそこに倒れ込む。
重い体を引き摺り、モモカが怪我をしないように抱き留める。
「アキ…!」
「くそォッ…!」
これ以上ない力で抱き着いてくる感触を胸に受けながら、地べたに這いつくばる男に向かって、ぼそりと呟く。
「俺は、俺の大事な人を傷つける奴は許さない」
そのまま自分の内側で荒れ狂う黒の奔流を容赦なく、男へ向かって放った。
馬車はボロボロ。いつの間にか近くに来ていた自警団たちに事の顛末を話すと、どうやらエレアで何回か強盗や窃盗をしているグループが居たが捕まえられなかったのだが、こいつらがそのグループである可能性が高いとされて、その場に残った全員を連れて行った。
しかし、大男だけは連れて行かなかった。いや、連れて行けなかったと言うべきか。
俺の崩壊に飲み込まれた奴は存在していたことが嘘のように、骨も血も残さず、消滅してしまったからだ。
そのまま謝礼がどうとか何か言いたそうだったが全て無視し、泣きじゃくるモモカを抱えて俺たちは宿にそそくさと戻った。




