嫌な予感
親の顔も知らず、孤児院で育ち、ひょんなことから魔法学校に入学し、そこを卒業したのが何年も前。
学校ではあまり人と関わらず冒険者としてそこを飛び出したあたしに待ってたのは、なんとも世知辛い世の中であった。
常に死と隣り合わせ、信用は金で買う、人となりは二の次、そんな世界だった。
幸いにもあたしの見た目は悪くなかったし、魔法の腕も確か。
あたしはいろいろな人から一緒にパーティを組まないかと引く手数多だったけれど…打算であたしのことを評価してくる輩に辟易していたの。
アキは初めて、あたしのこと、魔法の技術でも体でもなく、モモカ、として評価してくれた。
そんな素敵な彼が、弱ってる姿を見た時、スズ村の人たちには申し訳ないけど、最初はチャンスだと思ったの。
アキは随分と傷心していたみたいだったし、少なからずあたしが生きていたことでその傷を癒してあげられたと、思う。
だけれど。
今日二人で外に出てみて、彼は随分と元気を取り戻していたようだった。
偶に物憂げな表情を見せるけれども、昔と至って変わらない彼の姿を見て…あたしは酷く焦ったの。
今、彼が何の対価も示せないあたしをずっと守ってくれる保証は何処にもないと。
アキはとっても優しいから、頭の中では彼を信じるべきだと分かっているのだけれど。
ずっとそんな世界で生きてきたあたしは、完全に彼を信じることが未だ出来ずにいる。
どうしたらいいだろうか。
「うーん…」
ここ最近、何かしらに見られている気がするのだが、周りに怪しい奴が居ないので被害妄想も甚だしいと言ったところなのだ。
というか、それよりもっと大事なことがある。
モモカのことだ。
ギルドに二人で出かけて以来、彼女とどう関わればいいのか分からなくなってきたのだ。
あの日から、ことあるごとに何故か俺にお金を渡そうとしてくるし。
どうしていいか分からず、ただ感謝の言葉を述べながらそれを貰って使わず取っておくだけになっている。
…いや、本当はどうしたらいいのかは分かっている。
とっととあの忌まわしい竜を殺して、モモカの呪いを解いて手足を治してあげればいいのだ。
彼女が抱えているであろう不安が具体的に何なのかは知らないけれども、それが一番確実だと思われる。
しかしながら竜を殺す為に情報収集しようにも、外出しようとすると強く引き留めて来るのでどうしようもない状況なんだよな。
あーあ、なんかの間違いでこの町の上空まで飛んできてくれねーかな竜。
…そんなことになったら確実にこの町滅んじゃうから良くないな。
どうしてこんなことをずっと考えているのかと言うと、今日は珍しくモモカから、
「アキも、ずっとあたしと狭い部屋に二人っきりじゃ疲れるだろうし、これあげるから、好きなもの買ってきていいわよ。ずっと束縛してて、そこまで気が回らなかったわ、ごめんなさい」
と、また何枚も金貨を渡されたのだ。
自分としては、モモカと居ると気を使わなくてボーっと出来るし、そんなことないよ、と伝えたのだが、
「いいから、あたしのことは心配しないで」
と言われてしまい、モモカにも一人の時間が必要だろうと思い宛もなく宿の外に繰り出してきたのだ。
しかしどうしたものか。
自分は、モモカの事をかなり好ましく思っている、と思う。
かわいいし、なんだかんだで優しいし、頼りになるし。
彼女からの好意も、これが俺の痛い思い違いでなければスズ村に居た頃から感じている。
それでも、俺が彼女に好意を伝えられないのは、何処かでイフィルの事がまだ尾を引いているからだと思う。
あの竜が世に放たれたと言うことは、管理者であるイフィルに何かあったと考えるのが妥当だろう。
そんなイフィルからの好意に最後まで応えられず、自分だけモモカには好意を示していいのかと、日夜ずっと頭の中をそれが渦巻いている。
自分でもこの考え方が女々しくて恥ずかしくなってくるのだが、そう簡単に吹っ切れることは叶わない。
「すみません、すみませーん、ちょっと良いですかね」
「…自分ですか?」
ずっと考え事をしていたせいで、自分が声を掛けられていたにすぐには気づけなかった。
声を掛けてきたのは猫の耳が頭の上に生えている、所謂亜人と言われる種族の男性。
小さなリュックを背中に背負い、至って普通の、特筆することのない服装。
「はい、冒険者ギルドまで道案内してもらうことって出来ますか?」
「そこのデカい通りを沿っていけば見つかりますよ」
「いやはや、僕、かなりの方向音痴でして、ついさっきエレアに辿り着いたんですけれど、何十日も掛かってしまいまして。…案内しては貰えませんか?」
「…分かりました」
冒険者ギルドって結構デカい建物だから、幾ら方向音痴でも場所が分からないというのはおかしい。
拭い切れない嫌な予感を感じながら、俺は男性を引き連れ、ギルドとは違う方向の路地裏に彼を案内する。
暫く歩いたところで、後ろから不自然な物音と共に、腹部に激しい痛みが走った。
「黒髪黒目の青年さんよぉ…随分とお人好しみたいだが、あんまり見知らぬ輩の事を信用するもんじゃないぜ? 普通あんなデカい建物の場所が分からないなんて言う奴くらい怪しめよ。自分でもちょっと無理があると思ってたんだからよ」
予想通り、と言うか襲われるまで予想はしていたなかったんだけれども…ともあれ、嫌な予感は命中し、亜人の男は俺に襲い掛かってきた。
「そうだな」
くるりと向きを変え、亜人の男の腕をがっちりと掴む。
「じゃあなんで俺はそんなデカい建物の場所とは真逆の路地裏に入ったんだろうな?」
亜人の男がはっとした表情を見せる。
「テメェ、俺を嵌めやがったな!」
「先に俺に何かしようと声を掛けてきたのはそっちだろ」
腹に刺さったナイフを抜き、回復で腹部を塞ぐ。
「な…一瞬で傷が…!?」
驚きを隠せていない男の体を地面に思いっきり叩きつける。
逃げようと暴れる男の腹を思いっきり踏み抜き…ヤバい、足が腹貫通した。
声も出せない程の痛みに悶え苦しむ男に回復を使い、死なないようにする。
「なあ、どうして俺をそんなつまらない嘘で騙そうとしたんだ? 正直に答えてくれたら見逃してやるよ」
「ガハッ…お前、馬鹿正直に言う訳がない──」
崩壊を小さく凝縮し、また腹に銃弾くらいの穴を空けてやると、男の態度は一変する。
「わ、かった! 言う! お前の相方の女だよ! 俺達の狙いは! 俺は下っ端だからこうやって囮の──」
最後まで話を聞かず、怒りのままに男を横の壁に叩きつける。
壁がガラガラと崩れるが構わない。
そのまま俺は来た道を持てるスピードの全てを以てして走った。




