霧島大智
「クソ…!」
ボロボロに腐り落ちた体を引き摺り、一晩かけて砂浜へ戻ってきた霧島の口から悪態が零れ落ちる。
「まさか逃げ出した勇者に加え竜がこんなところに居るなんて…!」
思いもしなかった。
リュヴーズ大陸制圧の足掛かりとしてカランデラを制圧し、大陸の南を支配するカナタ連合国を落とす為に船を出した。
全てが順調だった矢先、道中補給の為に立ち寄っただけの村に、勇者も、竜も居るとは誰が想像出来るだろうか、と悪態を吐く。
「ふざけるなよ! あんなに竜が強いなんて聞いていない! 勇者の俺が負ける訳がないんだ、アイツにも、竜にも…俺が負ける訳がない」
同胞の勇者に自らの反逆の聖剣は効かず、まして竜はその威圧感と身から全てを腐らせる毒粉を振り撒く。
この世界に来てから一度も敗北を経験したことのない霧島は上擦った声で俺が負ける訳がないと呟き続ける。
「勇者様!? どうしました!?」
砂浜で明らかにおかしい歩き方をする霧島を見かね、船の中から数人の男が駆け寄ってくる。
「一度帰還だ…計画が全部滅茶苦茶になった…」
自分の引き連れた百人程から成る隊は砂浜に停めた船の管理の為に残した十人程度を除き全滅。
霧島自身も竜の振り撒く毒粉の影響を受け、自動回復でなんとか意識と命を繋いではいるものの、体中ボロボロに腐り果て、息も絶え絶え、帰らざるを得ない状態に。
「わ、分かりました! すぐに船を出します!」
瀕死の霧島を乗せた船は誰にも気づかれることなく、砂浜を後にした。
「酷い姿ですね」
船がカランデラに近づくと、突如何もない虚空から霧島へ呼びかける声がする。
数週間経つが、余りにも竜の毒が強すぎたのか、未だに体の所々に穴が開いている霧島。
「マリー…顕現出来るようになったのか?」
煌びやかな金や銀の宝石が髪留めや衣装の様々な箇所に散見される、少女のような姿をした者が何もないところから姿を現した。
ベッドに倒れ込む彼の傍へと彼女は腰を掛ける。
「貴方の働きのお陰で、もうカランデラの近くなら何とか顕現できますよ」
「そうか…」
「元気を出して下さい。今回は相手が悪かったと言わざるを得ません。そう落ち込まないでください。それにあの時、竜が近くに居ると教えてあげられなかった私にも原因があります」
「マリーは何も悪くない、大精霊とは言え、竜の魔素の濃いところでは顕現出来ないからな」
マリーはブラウンの髪が彼の肩に掛かるほど顔を近づけ、霧島を労わるように彼の頬を撫でる。
「あの忌まわしき竜…勇者の貴方でもああやって卑劣に突然襲い掛かかって来られてしまえばどうしようもありません。命が助かっただけでも素晴らしいことですよ」
されるがままにされていた霧島が、ふと呟く。
「俺は、アイツらに勝てるか?」
「どうでしょう。竜は貴方と私が力を合わせても難しいかもしれません。ですが…」
「あの勇者、貴方と私が居れば、打ち倒すことはできます」
リュヴーズ大陸最東端に位置する王国、カランデラ。
北東の島国ヤマトや、陸路、水路を経由しての聖エルア教国及び近隣の小さな集落などとの貿易で栄えた海沿いを首都とする国だった。
しかしソレは、霧島と数百人の白い軍勢により、今や民間人たちは彼らに怯えるように細々と生きており、白色のフードや軍服を着た軍人たちが彼らのことなど気にもせず闊歩する、エルティナ帝国のリュヴーズ大陸制圧の最前線基地と変わり果てた。
そんなカランデラの主を失った城に、霧島は居た。
「ふん…」
丸三日掛けて自分で落とした城の、玉座に座る彼は平静を装っているものの、どこか落ち着きがなさそうだ。
すると、何もない空間から貫禄のある中年の声が響き渡る。
『霧島大智、逃げ出した勇者と竜を発見したというのは真か』
「ほ、本当だ」
『そ奴らに敗北し、八十三の兵を失ったと言うのは、真か』
「…ああ。本当だ」
数秒の沈黙、それを破ったのは霧島。
「だ、だが、もう負けない。俺は強い。すぐに逃げ出した勇者と竜を討って見せる」
『よい。元々お前がどれだけ優秀であろうと、一人で竜を討ち、大陸を征服できるとは思っておらぬ。お前に何か罰が有る訳ではない』
──だが。
そう声が続く。
『新たに一人、勇者を大陸征服の任務に参加させる』
「な…待ってくれ、カランデラは俺一人で制圧したんだ。別に他の勇者が居なくたって…」
『残念だが君に拒否権はない。それに彼女はもう到着している』
「あたしの事について話してたのかな?」
ウキウキとした声が、霧島の後ろから響く。
「やっほ。数か月ぶりだね、大智クン?」
「斎藤…」
ニマニマと霧島を見つめる、彼と同じ黒髪の少女。
「随分と必死だね、そんなに他の勇者の事が嫌い?」
「…別にそうでもない。お前を除けば、だが」
「そりゃ嫌だもんね。まだ日本に居た頃の大智クンを知ってるあたしは。なんてったってキミはいつも一人で──」
「うるさいッ!」
霧島が声を荒げると、その場がシンと静まり返る。
『…何はともあれ、リュヴーズ大陸征服の命、お前たちに任せたぞ』
それを皮切りに、もう中年の声は聞こえてこなくなった。
「…そもそも、あのオッサンがそう言うってことは即ち精霊王の命令ってことなんだけど」
「そんなことは分かってる」
「…別に精霊王は大智クンを見限った訳じゃないと思うけど」
「…お前には関係ないだろ。とにかく、俺の足は引っ張るんじゃないぞ」
それだけ言い捨てると、霧島は玉座の間を後にしてしまった。
「お嬢も随分と変な奴と組まされちまったな」
「それは自分の事? それとも大智クンの事?」
「後者に決まってるだろ!」
その場に残された斎藤と呼ばれた少女の横、何もない虚空から、赤色の狼が牙を剥きそう叫ぶ。
「まあ変と言うか、あたしがあいつの過去を知ってるって言うのもそうなんだけど…それ以上に彼、成功体験に飢えてる気がするからね」
「全く理解できねーな」
「精霊王、お付きの大精霊に認められる、国を滅ぼす、竜を討つ…最後はともかく、これだけやっても満たされないなんてね。会社で成果を上げてもまだ上を目指そうと必死になってる営業マンみたいね」
社会人経験なんてないからあってるかは分からないけどねー、と呟く斎藤。
「カイシャ? …良く分かんねーけどお嬢の言いたいことは分かったぞ」
「ホントかしら」
「まあいいさ。とりあえず、俺達はどうすればいいんだ?」
「きっと大智クンは竜へのリベンジに燃えている筈だし、さっさとヤマトを制圧しちゃおうかしら。カランデラから近いのに大智クンが後回しにしたってことは、彼と土の大精霊には荷が重いってことだと思うしね」
そう決まれば話は早いと、赤い狼の生首と少女はふらふらとその場を後にした。




