生き残り
水の町、エレア。
一週間かけ、辿り着いたその町は、スズ村の何十倍も大きな町だった。
町の至る所に噴水や川など、水にまつわるオブジェクトが置かれている。
「お兄さん、浮かない顔してるね。私とお話していかない?」
「ッ…すまない、放っておいてくれないか」
客引きだろうか、媚びた衣装を纏った少女が近づいてくる。
その銀髪を見ただけで、彼女を思い出してしまい、酷い対応をしてしまう。
余裕がない自分が酷く情けなく惨めだ。
「冒険者ギルドへようこそ!」
エレアの冒険者ギルドはスズ村とは比べ物にならないくらいの大きさと人数の職員が働いていて、こんな陰鬱な雰囲気を纏った俺にはまるで似合わない。
「銀級冒険者のアキだ。ギルド銀行から金を引き出したいんだが」
金貨はプロントビードルを倒した分が銀行にあった筈なので、それを取り出そうとしたのだが、
「す、すみません、スズ村で活動なされていたアキさんでしょうか?」
ギルドカードを出した瞬間、受付さんの態度が少し変わる。
「…スズ村はもうありません」
「すみません、心苦しいのですが、詳しく聞かせてもらってもいいでしょうか」
案内されるままにギルドの奥の部屋に通され、今まであったことをすべて話す。
「竜が…お話してくださってありがとうございました。思い出させてしまって申し訳ございません…スズ村の支部と連絡が取れなくなってしまい、何が起こっていたのかこちらも把握できなかったんです」
「いえ…」
思い出すも何もこの一週間、村の事を一秒たりとも忘れたことはない。
「それで、ギルド銀行をご利用になるということでしたね。現在百六十枚の金貨と銀貨二十枚が預けられていますが…」
「金貨を十枚下ろして欲しい」
「了解しました。一応伝えておきますが…アキ様は現在金級への昇格試験を受けることができますが…」
「また今度にさせてくれ」
職員からお金を受け取って部屋を出る。
今は何もする気が起こらない。
貯金がなくなるまで遊んで暮らそうか…俺には遊ぶ気力も残ってないかもしれない。
後のことは後で考えよう。すごく高い買い物でもしてみようかな。金なんてモモカのお宝発見コンパスでも使って魔道具でも探せば良いからな。
「すみません、そこの人!」
ギルドを後にしようとしたところで、声を掛けられる。
声をかけてきたのは冒険者らしき女性。
「すみません、アキさんで合ってますか?」
「そうだが何か?」
「あの、モモカさんとパーティを組んでいるというのは本当でしょうか?」
初めて会った筈なのに何故モモカの事を知っている?
「そうだが、どういうことだ?」
「実は今モモカさんはうちに居て…彼女がアキって名前の仲間がいると──」
「今すぐに、案内してくれ」
うちにいて、ということは、まさか生きているのか。
とりあえずこの目で確かめないことには始まらない。
自分でもビックリするくらいドスの効いた声が出てしまうのを感じた。
「モモカ…! 生きてたんだな…」
「アキ…」
確かにモモカは生きていた。
ベッドに横になった彼女は少し元気がなさそうだが、それでも生きている。
一人でも生き残りが居てくれて、安堵の溜息をついてその場にへたり込んでしまう。
「モモカ、大丈夫だったか?」
「うん…その…」
何故か目を逸らされる。
「モモカが生きてくれてただけで俺は嬉しいよ」
「その…ね」
ぺらり、とモモカが毛布を捲る。
「な…」
横たわるモモカには、両足と右腕がなかった。
「な…直ぐに治してやるから!」
慌てて彼女に回復を使うために近づくが…。
「ちょっと待って!」
モモカに制止される。
「な、なんだ? 俺の回復なら手足なんてすぐに──」
「一回落ち着いてちょうだい。あたしに会えなくて心細かったのは分かるけど」
「…分かった」
「一回場所を変えないかしら? 何があったか全部話すから」
なるほど確かに、後ろを振り向けばさっきの冒険者が凄く気まずそうな顔でこちらを見ていた。
「そうだな。すみません、モモカをありがとうございました」
「あ、いえ、気にしないでください。謝礼はもう貰っているので…」
何があったのかは知らないが、良い人がモモカを保護してくれて本当に運がよかった。
適当な宿を一部屋取る。
左手だけのモモカを抱えて町の中を歩いているといろいろな人間から目を向けられたが、そんなのどうでもいい。
彼女に何があったのか、どうして頑なに治療を拒むのかを聞かなくてはならない。
「…前、山に入った時にペンダントを見つけたじゃない」
「アレか」
「たまたまそれを身に着けてたから、皆とは違って体が腐り始めるまでに少しだけ。ほんの少しだけ猶予があったのよ。それで、何とか村から逃げ出せたのだけど…」
森を走ってたのよ。
でも、ペンダントが私の体を守ってくれたとは言え、竜の力は強大だった。
「痛っ…」
ボロボロと足が崩れ落ちていって、歩けなくなったの。
両足には腐食が蔓延して、右手にも紫色が広がっていく。
ホントはアキを助けに行きたかったけれど、今のあたしが村に戻っても何もできないし、足手まといだって分かってたから、少しでも村から離れようとしたの。
そしたら…。
「嘘…」
アイツが。竜があたしの目の前に現れたの。
その時は死を覚悟したけれど、竜はあたしに体を近づけて、数回臭いを嗅いだ後、あたしの目に何かを飛ばしてきた。
そしたら興味をなくしたようにそいつはその場を離れていったわ。
緊張と疲れであたしはその後意識を失って…さっきの冒険者に拾ってもらったの。
「そうだったのか…」
「ごめんなさい、あたしがもっと強ければ、他の人たちも助けられたかもしれなかった…」
「……あれは無理だった。モモカが一人だけでも生き延びてくれてて、それだけでも十分だよ」
モモカが何を体験したのかは分かった。
「…それで、頑なに回復を拒む理由は?」
「…治しても、治らないのよ」
「え?」
「賢者の石って言う、魔力出力を大幅に上げる魔道具とお金を積んで、回復術師に腕を治してもらったの。使い捨ての賢者の石はすさまじい効果を発揮して、見る見るうちにあたしの腕は生えてきたわ。でも…」
「でも?」
「また、腕が腐り始めたのよ」
「その症状は…」
まるで、呪いにかかったイフィルのようだ。
しかしイフィルの場合は俺が回復すれば次の日まで大丈夫だったが…。
そう彼女に話してみれば、
「…なるほど。なら試してみる価値はあるわね」
と、ベッドに横になる。
「…足は怖いから、腕だけ治すことって出来るかしら?」
「頑張ってみる」
部分的に回復を使うのは初めてで少し緊張する。
「…行くぞ、回復」
一瞬にして彼女の右腕が生える。
次の瞬間、
「っ痛!」
凄まじい速さで右腕が紫に変色していく。
「な…回復!」
再び回復すれば彼女の腕の紫は一時的に消えるが、その後何度も何度もすぐに腐り始める。
「回復、回復、回復!」
何でだ。どうしてうまくいかないんだ。俺の回復はどうしてこんなにも無力なんだ…。
「もう良いからアキ! そんなに回復を使ったらあんたの方が先にくたばっちゃうでしょ! 腕を切って!」
一番苦しいのはモモカの筈なのに、俺を気遣ってくれる。
そんな彼女にもう苦しい思いをさせたくないのに、俺にはなんの力もない。
結局泣きながら短剣で彼女の腕を切り落とすことになってしまった。
「つぅ…アキ、あんたここの切り落としたところ塞げないかしら?」
「ごめんモモカ…俺のせいでまた苦しい思いを…」
「…大丈夫よ。あんたがあたしの為に頑張ってくれたことは分かってるから。…それで、早く傷口塞いで貰えるかしら。今だいぶ痩せ我慢して振舞ってるのよ」
何とか回復で彼女の腕の傷口を塞げば、モモカは涙を流し始めた。
「あたしの方こそごめんなさい…アキに心配かけたくなかったのに…」
「モモカは何も悪くない。俺の力が足りないから…」
「…抱きしめてもらっても良いかしら」
片方の腕だけの彼女を抱きしめる。
もう誰も彼女を傷つけられないように、強くしっかりと。




