村の終わり
「か、体が…」
周りの村人たちが、兵士が、バタバタと倒れていく。
彼らの体は急速に腐り始め、イフィルのように紫色に変色する。
しかもそのスピードが異常だ。あっという間に皆の全身が紫色に変わってしまう。
「回復!」
慌てて近くの村人に近づき、回復を発動。
──発動しない。
「回復っ! 回復っ!」
発動しない。
何度やっても、村人の体から紫色が消えない。
──違う。発動はしているのだ。
ただし、俺の体に対して。
「俺の体なんて良いから、他の人に回復させろよッ!」
俺の体も竜の腐食の影響を受けて、本来ならば死にまくっているのだろう。
だがしかし、死にかけると自動で回復が俺の体に発動してしまう。
そして、俺の回復は一人ずつしか使えない。
俺の回復は、誰か一人だけしか回復させられないのだ。
自動発動のせいで、常時俺の回復は俺自身に使われている。
せめて生き残りを探すために、村の中を駈ける。
宝生のあったところは建物がひしゃげて壊れ、ライカの盾やその仲間たちの武器が地面に落ち、道の至る所には白い骨が落ちている。
俺は走るのをやめた。
竜は雄叫びを上げる。
あまりにも早い腐食は木造の建物すらも急速に腐らせていく。
転がっていた紫色の人型は既に骨が見えてきた。
白フードの兵士たちが攻めてこなければ、もっと早く竜が活動し始めたことに気づけてみんなが避難できたかもしれない。
イフィルは自分が竜を管理していると言った。こうも前触れもなく竜がいきなり現れるということは、白フードのせいで身に危険が及んで──何かがあった。
逃がしたイフィルも、村人も、誰も守れなかった。
俺たちのスズ村は、滅んだんだ。
「オオオオオオオ!!!」
竜が雄叫びを上げながら、俺へ近づいてくる。
黒い体は六メートル程。
四枚の対の翼、大きく開いた牙の見える顎。
体型に対して短い四本の手足。
アメジスト色に輝く三つの瞳。
全てが憎く、そして何も感じない。
「もう…殺してくれ…」
回復は発動し続け、俺だけが生き延びてしまった。
そんな俺の願いに呼応するように、竜の体から何かが放たれ、俺の目を穿つ。
しかし痛みはなく、目がジンジンとするだけ。
それだけすると、竜は再び飛び立ち、真っ黒な夜の中へ姿を消してしまった。
「結局最後は──」
俺のことをバカにしに来ただけかよ。
もう全てがどうでもよくなってしまった。
生きている意味なんてない。
腐乱臭のする村の中心で絶望を叫ぼうにも、そんな気力すらもう起こらない。
失意の果て、俺は眠るように意識を手放した。
「はあ…はあ…」
既に足はもう使い物にならない程腐食が進んでいて。
それでも彼の、アキの為に足は止めない。
禁則地、立ち入ることを禁じられた山をひたすらに登っていく。
頂上に近づけば近づく程体は腐っていくが、アキが来る前までとそんなに変わらない痛さなので問題はない。
「ここが…」
こぢんまりとした神殿のような場所。
壁で体を辛うじて支えながら、迷うことなく前へと進んで行く。
少し進むと、そこには水色の水晶のようなモノの中で微動だにしない、黒い生物の姿があった。
私が水晶に触れれば…それは眩いばかりの光を放ち、粉々になる。
そしてドスンと音を立てて落ちてきた黒い生物は、光のない目でこっちを見つめてくる。
お母さんから死ぬ前に伝えられた文言。
『実はね、竜はすごく優しいらしいのよ』
今この瞬間まで、ずっとそんなわけないと思っていた。
でも瞳を合わせて確信する。
理由こそ知らないが、この竜は自分から封印されていたのだと。
「お願いします。彼を助けてください。その為なら…私の命も、要りません」
彼を助けたい。その一心で。
竜の覚悟と優しさを踏みにじってしまうけれど。
それでも彼が大切なのだ。
──どうして命を懸けてまで?
声にならない声が、脳内に響く。
「…彼が、アキが大好きだから」
それだけ言うと、黒い生物──竜の首が動き、私の体に噛み付く。
苦しくて、痛くて、焼けるように熱くて。
でもアキの為なら何でもできるの。
…本当は一緒に逃げて欲しかったけれど。
あんな村なんてどうでもよかったけど、なくなればってずっと思ってたけど。
「アキ、愛してる」
彼の幸せな未来の横に私が立てないのは本当に悔しいけれど。
それでも、私は眠るように意識を手放した。
ザアザアと雨の降る音で目が覚める。
燃えカスと蛆の湧く建物の跡地の周りに、幾つも骨と頭蓋骨が落ちている。
骨に触れてみても、魂が近くにない。蘇生も使えない。
手で穴を掘り、骨を穴の中に埋める。
手当たり次第に、目の付いたものから。
「ごめん…ごめん…」
白フードの兵士は鎧を着ていたらしく、鉄はまだ原型を留めていた為、そいつらの骨は粉々になるまで踏み潰す。
三日三晩、作業は続いた。
ライカの盾も、一緒に埋めた。
村のかなり出口付近までなんとか村人たちを誘導しながら守ってくれていたのだろう。
あと少しで脱出だったのに…クソ。
宝生の跡地に落ちていた鉄鍋も、近くにあった骨と一緒に埋めた。
厨房跡地に一つの村人の骨と、数人の兵士の鎧が落ちていた。
宝生のおじいさんの事だから、儂が少しでもアイツらの気を引くから、年寄りは置いて先に逃げろ、なんて言ってそうだ。
モモカの泊まっていた宿屋の跡地に来た。
一人分の骨が落ちていた。
彼女が大事に握っていたお宝発見コンパスなるものもそこにあった。
形見として、拾っておく。
モモカはかなりの睡眠時間を必要とするし、もしかしたらあれだけの騒ぎの中ずっと寝ていたかもしれない。
それなら、苦しまなくて良かったのかな。
何かを考える度に、心が曇っていく。
何かを考えないために、骨を地面に埋めていく。
腹が減っても、回復が俺を馬車馬のように働かせてくれる。
今は何も考えたくなかった。
いつの間にかあの浜辺に来ていた。
何十もの足跡が村まで続き、一つの足跡が村からここまで続いていた。
おそらく霧島だ。しぶとく生き残りやがったのだろう。
奴らは船か何かでここから上陸したのだろう。ここに流れ着いた俺のように。
皮肉なことに、あいつらの襲来をもっと早く知れていれば、あいつらのおかげで村からの退避が間に合い、全員助かったのかもしれなかった。
「クソ」
吐いた言葉はアイツらへの悪態か、それとも自分へのモノか。
「クソ…」
最後に、イフィルと住んでいた屋敷に来た。
ここだけは竜の影響を受けておらず、でも俺がここで戦ったせいで魔法による流れ弾が屋敷を半壊させている。
彼女と一緒にご飯を食べた厨房へ行った。
彼女に勧められるまま読んだ本のある書庫は壊れていた。
魔法の練習をした庭へ行った。
これ以上は、頭がおかしくなりそうだった。
もう村があったとは思えないような、荒れ地を後にする。
ここを離れても、意味なんてないし、やるべきこともない。
しかし、ここにずっと居るとおかしくなってしまう。いや、もう既におかしくなっているのだろうか。
これじゃまるで死んでないだけ、亡霊以下だ。
「…はは」
つまらない自虐ですら、今は面白い。
雨は未だ降り続け、頬を伝うのは雨水か涙かすらも分からなかった。




