日常
「アキだ!」
「アキー」
「ちょっと、離れなさいよ」
村の人たちはタイタンの件や、何回も等級の高い魔物を倒してくる俺をすっかり受け入れてくれて、最近は子供たちも俺にダル絡みをしてくるようになった。
数人の子供にタックルされるが、この異常に丈夫になった体は全く動じない。
「おや、アキじゃないか」
宝生のおじいさんも、今日は店を閉めているのか、村の広場に降りてきて俺たちに絡んでくる子供を微笑ましそうに眺めている。
「アキー! うわっ!」
すると、獣耳の生えた子供の一人が走っている途中で転んでしまったようで、膝を擦り剝いてしまった。
泣き出しそうな子供に回復。
「次は気を付けるんだぞ」
「うん、ありがとうアキ!」
他の村民も、子供が転んだというのに畑仕事をしながらこっちを微笑ましそうに眺めている。
どうせ俺が回復魔法を使うだろうからと大して心配していないんだろう。
にしても全く心配しないのはどうかと思うが…それなりに信頼されているということなのだろう。
この居心地のいい村に、少しづつ絆されて、最近はわざわざ日本に帰らなくてもいいのではないかと思うようになってきていた。
たとえイフィルの呪いが治ったとしても、この村から出ていくつもりはあまりない。
子供たちを軽くいなしつつ、モモカと魔物を狩るべく村の広場を後にする。
「あ、ライカ」
森の中を歩いていれば、仲間たちと一緒に魔物と戦っているライカ達を見つけた。
「キイカ! そっちに行ったぞ」
素早い動きで右へ左へ木々の間を飛び回るデカいカエルに翻弄されるライカ。
しかし彼の仲間の忍びはその速さに着いていけているようで、短剣を数本投擲し、見事に命中させていた。
「あれはフライガエルね。見た目に反して体重が軽くて、両足に付いている飛膜で一定時間滑空することができるわ」
「そうなのか」
よく見れば、フライガエルはもう一匹居て、異様に長い舌を鞭のようにしならせ、ライカのパーティの後衛を狙う。
「させるか!」
ライカはそれを盾で弾き、彼の後ろから仲間たちが放った魔法がフライガエルを蜂の巣にする。
「良い連携ね。あたしたちには叶わないけれど」
「それはまたどうして?」
見てる感じかなり綺麗にまとまって戦っていたと思うんだけど。
「あんたとあたしが居るだけでもうベストコンビなのよ。理由なんてそれだけで充分よ」
「マジか」
「その声はアキにモモカさんか?」
なんて彼らの戦闘を見ていたら、彼らから声を掛けられる。
「ああ」
「どうだい、僕たちの戦いぶりは。金級冒険者のモモカさんと、白銀級の魔物を倒したアキに是非ともアドバイスを頂きたい」
「あら、そう? じゃあまず陣形の組み方からね、前衛と後衛のバランスが──」
饒舌に話し始めるモモカのおしゃべりを片耳で聞きいていると、俺に近づいてくるライカのパーティの魔術師の子。
この村にも何人か居るが、獣耳と尻尾が生えているタイプの子だ。
「あ、あの、アキさんですか?」
「うん。俺がアキだけど、どうした?」
「私も少しですが光魔法が使えるんです。それで、アキさんは回復魔法が使えると聞いて…何かコツとかはありますか?」
うわ、すごい困った質問が来てしまった。
トップシークレット…って訳でもないんだが、俺も回復はどうも普通の魔法じゃないっぽいし、コツを教えろと言われても非常に困る。
「ご、ごめん、俺感覚派だからあんまりコツがどうとかは…」
「そこをなんとか! あ、私と彼女、今怪我しちゃってて…回復魔法を見せてくれるだけで良いですから!」
「ま、まあそれくらいなら…」
「ホントですか!? ちょっとちょっと!」
獣耳の生えてる魔術師に呼ばれた同じく魔術師の女の子が近寄って来たので、二人に回復を使う。
「おおー! 治りましたよ!」
「あれ、治ってないけどー」
「マジ?」
二人同時に回復を使った筈なんだが…俺の回復、もしかして単体にしか使えないタイプか?
「じゃあはい」
「治ったー、凄いねー」
「それで、コツとかはありますか!?」
「え、いやー、技は見て盗めって言うか…」
「さっき見てたけれど、あんた魔力制御苦手でしょ」
すると、困っていた俺を助けるが如くモモカが割って入ってくれる。
「回復魔法なんて本来魔力のコスパが最悪なんだから、しっかり魔力のコントロールもできない素人が使える技じゃないわよ。まずは基礎からやりなさい」
「…そ、そうだ。そうだぞ」
全く持って良く分からないが、とりあえず同意しておく。
「な、成程です! ありがとうございます!」
とりあえず、なんとか窮地…と呼ぶ程ではないか…を脱することには成功した。
「全く、あたしの話を無視して他の女と楽しそうに会話するなんて随分といいご身分ね」
しかしながら怒られてしまう。
「ご、ごめん…」
別にライカのパーティに対するアドバイスを俺が聞いていなくても何の問題もないと思うんだけど…機嫌をこれ以上損ねるのも良くないので、素直に謝って彼女の話を聞くことにした。
話は数時間にも及び、途中途中で関係ない筈の俺に「ねぇ、聞いてる?」なんて聞いてくるモモカ。
構って欲しいのだろうか…?
「見てアキ。体がなんともない」
「本当か!?」
イフィルと魔法の練習をし始めて一か月ほど。
いつもは朝に足などに小さな腐食が見られたのだが、今日はなんともなかったのだ。
「やっぱり呪いはコントロールできるのか…!」
「うん。希望が見えてきた。全部アキのおかげだよ?」
きゅっ、と優しく抱きしめられる。
「今まで未来なんてないと思ってた私に希望をくれて、ありがとう」
震える声でそう感謝の気持ちを伝えられて、俺はこの世界に来た理由を悟ったような気がした。
きっとこの村を、この娘を救うために俺はこの世界に来たのだと。
そんなこんなで数か月。
モモカと金級魔物の討伐に出たり、イフィルと魔法の練習をしたり、ささやかながらも俺たちはこのスズ村での生活を慎ましくも楽しく謳歌していたんだ。
結局ライカにやりたいようにやれと言われたものの、二人との関係が壊れるのが怖くてどっちつかずの立ち位置でずっとフラフラしていたのも、今となっては小さな後悔だ。
「俺たちが最初に会ったのってここだったな」
「うん」
イフィルに連れられるままに、初めて彼女と出会った浜辺に腰を下ろす。
「昔は、もうすぐ死んじゃう私が、ここから離れられない私が自由になって、この海の向こうまで行けたらどれだけ幸せだろうなって、ずっと考えてたの」
「でも、もうめっきり来なくなっちゃって。それはキミが、アキが私を絶望の淵から救い上げてくれたから」
赤く染まった顔は夕陽のせいか、それとも。
「…まだ完全にイフィルの呪いは解けた訳じゃない。もしも呪いが解けたなら、またここに来よう。そしたら…」
「…うん」
なんとなく、彼女が何を言いたいのか察せてしまった俺は、現実から逃げるように会話を切り上げる。
俺は最低だ。自分が情けない。
イフィルの気持ちを察せても、こんなセリフしか言えない自分が嫌になる。
完全に自分の問題なんだ。
イフィルはきっと、村の人たちがあまり好きではない。
別にイフィルが悪い訳ではない。それもこれも竜の呪いのせいなのだ。
それでもイフィルを選んでしまえば、モモカや村の人たち、イフィルとも関係性が変わってしまう。
そんな変化を俺は恐れてしまったんだ。
俺とイフィルが初めて出会った浜辺で。
もしも、ここで俺が話を終わらせなかったら、ここに二人で残っていれば、もっと早く気づけたのならば…。
夜の襲来と共に現れたヤツらが、俺達の平和の終わりを告げる合図だったんだ。
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