プロントビードル
「あ」
腹部に走る熱さ。
自分の体の中から全てが消えゆくような感覚、明確な死の兆しが自分を襲う。
薄れゆく視界の中、彼があたしの元へと走ってくるの。
あたしを助けるために走ってきてくれてるんだと思うけれど…。
確かに、アキの回復魔法は明らかに常識の範疇を逸脱している…それでも死んだ人間を生き返らせるなんて芸当は不可能ね。
実際、あたしはもうひしひしと自分が死にゆくのを感じている。
死ぬ寸前に周りがゆっくり見えたりすることはあるらしいけれど、生まれてから今までのことを思い出す…俗に言う走馬灯ってヤツかしら、がないのはなんとも残念ね。
アキには悪いことをしたわね…こんな危険なところに連れてきてしまって。
結局何も成せず、誰にも必要とされず、何のために生きてきたのか、分からなかった人生だったわね…。
僅かな失意と共に、あたしは意識を手放す──。
「まだ諦めるな、モモカっ!」
プロントビードルの針がモモカの体に刺さった瞬間、拳を握りしめプロントビードルを思いっきり殴りつける。
肉体だけでなく、コイツの魂を確かに捉え殴った感触。
「ジィィ!」
明らかにおかしい挙動でよろけたプロントビードルは前後不覚になったのか、地面に激突し、無様に地面を這いつくばるだけになった。
「起きろモモカ、大丈夫か?」
彼女に回復を使い、外傷が瞬く間に癒えていく。
しかし、何故か彼女は目を覚まさない。
息もあるし、死んではいない筈なのだが…。
彼女を横に寝かせ、プロントビードルにトドメを刺す。
先ほどまでとは打って変わって俊敏さのかけらもない虫如きの命を奪うのは酷く簡単だった。
改めて、モモカに向き合うと、確かに体は正常なのだが、何処か違和感を感じる。まるで、魂が抜けてしまったかのような…。
はっ、と気づき、彼女の体に触れる。
集中。さっきプロントビードルを殴った時のように、彼女の魂を知覚できるように──見つけた。
体より少し離れた所に浮かぶそれに向けて、回復…いや、蘇生だろうか?。
何はともあれ、なんとなく見える魂が体にまた定着したのが分かった。
いつの間にかドッと出ていた汗を拭い、今の一瞬でかなりの集中力を奪われていたことにかなり驚く。
結構前から自分でも思っていたが魂の知覚ってなんなんだと、あまりにも意味が分からない素質だ。
こっちの世界に来る前に全くそんな素振りもなかったからな。
「う、ぅん…」
なんて考えてたら、モモカの碧色の瞳が薄っすらとこちらを覗く。
「あれ、あたし…あ!」
「大丈夫だ、アイツはもう倒したぞ、ほらあれ」
慌てて周囲を見渡すモモカに倒れ伏したプロントビードルの方向を指し示す。
それを見た彼女は息を呑む。その後何かを言おうとしたのか、彼女の喉から空気の吹くような音が聞こえた。
その後、意を決したかのように彼女は数回呼吸を整えると、
「ごめん…あたし、足を引っ張ってしかいなかったわ…。もうパーティを組むのはやめましょう。プロントビードルの魔核も貴方が持って行って良いわ」
「と、突然どうしたんだ?」
いきなり衝撃的なことを告げられてしまい思考停止。
「アキは強い。あの魔物を私みたいな足手纏いを庇いながら倒したわ。貴方ならいつか、あたしなんかとパーティを組まなくても、もっと上に…白銀級に行けるはずよ」
「違う、モモカだって──」
「努力することをやめたあたしと貴方じゃ釣り合わないの!」
彼女の慟哭。思わず怯んでしまう。
「強くない魔術師なんて、何の価値もないのよ…」
「そんなことはない!」
弱々しい声でそう呟いた彼女に、それは断じて違う、と。
始めて大きな声を出した俺に驚いたのか、彼女はえ…と、小さく声を漏らす。
「強い弱いじゃなくて、俺はモモカとパーティを組んで仕事がしたいんだ」
「あたしなんて…アキの隣に立てるような能力なんて何も…」
「あるじゃないか、いろんなことを知ってるし、人の事をちゃんと見てるし、それに、魔法をその場に留め続けるのも高度な技術なんだろう?」
あるじゃないか、沢山良いところが。
「…あたしで良いの?」
「モモカが良いんだ」
そりゃ彼女の言う通り、足手纏いは要らないのかもしれない。モモカの方が物知りだし、実際彼女の方が正しいのだろう。
でも、竜の封印されている山に登った時にも、足が竦んでいた俺をさりげなく気遣ってくれた彼女が、悲しそうな顔をして自信を失っている姿は見たくなかった。
「そっか…あたしが良いのね…」
先ほどまでの陰鬱な雰囲気から、ぱっと花が咲いたような、熱に浮かされたような、何処かポジティブな感情が彼女からひしひしと伝わってくる。
…どうやら彼女に自信を取り戻させることに成功したみたいだ。
「しっかしこの虫、ホントに早いだけで大して強くなかったよな…執拗にモモカばっかり狙ってたし」
「あんたの魔力が大きすぎて生物だと認識できてなかったんじゃない?」
「そんなバカなことあるか?」
「この異常に長い触覚。これで獲物の魔力を感知してるらしいわよ」
「ホントに何でも知ってるよな…」
「それはもちろんモモカ様だからよ!」
ふんすと鼻を鳴らして胸を張るモモカ。ちょっと元気になり過ぎたかもなこいつ。
しかしながら…その、フードが片側破れてるせいで下が見える。胸部に、かなり大きなモノが。
「なあ、モモカ…」
「……見た?」
「…」
顔を赤くしてそう聞いてくる彼女に、これはだんまりを決め込むのが最適だと判断した俺は、まるで地蔵のように動かなくなり…頭を引っぱたかれた。
これ、俺は悪くなくないか? なんでローブの下そんな軽装なんだよ。ほぼ下着じゃねーか…。
「あたし、昔何回もパーティに勧誘されてそれがウザったらしかったからこっちに来たって話したでしょ? あれは理由のたった一つに過ぎなくて、その、この無駄に大きいのが他の人間からいろんな感情を抱かせちゃうみたいで…」
「大変だったんだな」
ルッキズムの問題は非常に難しいよな。
「バカな男たちもそうだし、他の女の子からも嫌な目で見られるし…でも、それだけが理由の全てでもなくて…」
とぼとぼと木の葉の隙間から夕陽が零れ落ちる山の中を歩きながら、彼女からぽつぽつと言葉が漏れてくる。
「…でも、あんたはあたしが良いんでしょう? 見た目じゃなくて、いろんなことを知ってて、人の事をちゃんと見てて、それに、高度な魔法の技術もあるあたしが好きなんでしょう? それなら、仕方ないからあたしが一緒にパーティを組んであげるわよ」
好きとまでは言ってないが…彼女は今まで見てきた中で一番上機嫌だったので、突っ込むのも野暮かなと思い、ああ、よろしく頼む、とだけ返事をした。
そのまま、流されるままに彼女の泊まっているというこじんまりとした宿まで彼女を送り届ける。
魔核の換金は、お互い疲れていることもあり明日にしようという話になった。
「明日の夕方また顔を出しなさい、。それと、もうそろそろ日も暮れるし、何か一緒に食べていくかしら? 大したものは出せないけれど…」
「いや、家にイフィルを置いてきてしまってるんだ。そろそろ帰らないとまた心配されてしまう」
「そ、そう…」
どこかしゅんとしたように眉が下がる。
「じゃあまた明日、楽しみにしてるよ」
「…! あたしも待ってるわよ、じゃあね」
この一瞬で少し機嫌が直ったのか、今度は微笑みながらモモカは俺を見送ってくれた。




