神速の一撃
「そういえば、あんたどうして冒険者なんかやってるのよ」
あくびが出るほど快適な気温の森の中。
後ろにいくつかの水球を待機させながら、モモカがそんなことを聞いてくる。
彼女曰く、魔法をその場に留め続けるだけでもかなり高等技術らしい。
もう魔法が使えないっぽい俺には関係ないけどな、はははは…。
突然物騒だと思われるかもしれないが、別に俺がモモカに詰められ脅されている訳ではない。
俺たちは今日も冒険者として山の中へと繰り出しているのだ。
今回の討伐対象は、推奨討伐等級金のグリードベア、らしい。
モモカ曰く金等級の中でも最弱に近い魔物だからそこまで気張らなくていいらしいが…。
依頼に関しては全部モモカに丸投げしてるせいで、一向に魔物に関する知識が増えないのはちょっと不味いかも、ちゃんと勉強した方が良いだろうか。
…話は戻るが、あまりにもそのグリードべアが見つからず、俺たちはかなりの時間山の中を彷徨っていた。
そんな中、世間話のつもりで彼女は俺にそう話しかけてきたのだろう。
「どうして、どうしてか…」
最初は金の力でイフィルの呪いが解けるモンだと思っていたし、金が貰えるならとにかくフリーター以下の待遇でもやるしかないと思っていたんだけど…ダメそうだしな。
ついでの目的に、元の世界に戻るというのもあるが、冒険してるだけじゃそんなものに出会える訳もなく。金を積んで聞いてみるのもありだが、イフィルの呪いを完治させてからだと決めているからな。
いろいろ考えてみたが…やっぱり、日本生まれの感性か、定職に就いていないとなんだかイヤな感覚に陥るというのが大きいかもしれない。
つい先日までは学生と言う身分があったが、こんな知らない世界に来てしまったら俺は何者かすらも曖昧だ。
確固たる自分像も持ち合わせていない俺にとって、それは大きなアイデンティティの喪失に繋がる。
なんとも情けない話だ。例えばゲームでよくヒーラーを使っていたというのも、友人がやりたがらない職業を選ぶと自ずとそうなってしまっただけで、格別回復が好きな訳でもない。何が好きかですら自分を語ることができないのだ。
「無職だと心象が悪くないか?」
「ふーん、じゃああんた、今まで何の職に就いてたのかしら? 冒険者や他の国のことについて、全く知らなかったみたいだけど」
ぎくり、顔が強張るのが自分でもわかる。
「あんまり言いたくないんだが、記憶喪失でね。エルティナ帝国でいろいろあって命からがら逃げてきたんだ」
「記憶喪失…それは悪いことを聞いたわね」
少ししゅんとしたのか、ぶかぶかのローブが心なしか小さく見える。
そんな反応されると、こっちも嘘を付いてる身なので心苦しくなるからやめてほしい。
もういっそのこと「俺実は魔法がない世界から来たんだよね」って言っちゃうか?
正気を疑われるか…意外とモモカなら知ってるかもしれないしな。
「実は俺、魔法が存在しない、こことは違う世界から来てだな」
「…無理しなくていいわよ。あんたが記憶喪失なのを疑っている訳じゃないわ」
…どうやら冗談だと思われてしまったようだ。
ともあれ、モモカでも異世界の存在なんてものは知らないものっぽいな。
「…ちょっと待って」
すると突然会話は遮られ、モモカの険しく一変した声が小さく響く。
彼女が見つめる方向に自分も視線を向けてみれば、そこにはのっそのっそと走るクマさんが居た。
ヒグマのような巨体に、少したるんだお腹のクマさんが走る姿は正直ちょっと面白い…と思ったのだが、体毛が茶色と赤で奇妙なところで色が変わっているのが、まるで血のようで少し恐ろしさを感じた。
「もしかしてアレがグリードベアか? 体が真っ赤で怖いな。まるで血みたいだ──」
「実際血よ。ただ気がかりなのは、グリードベアは好戦的な魔物で、死をも恐れず突っ込んでいくバカな魔物のはずなのに、アイツは必死に逃げてるわ」
なるほど、バーサーカークマさんなのに逃げてるのは摩訶不思議、だと。
「じゃあ逃げてるんじゃなくて追いかけてるとかじゃない?」
「あー、そうかもしれないわね…動いているモノに見境なく突っ込む性質も持ち合わせてるし…」
そう二人で喋っていた次の瞬間、一瞬何か黄色いモノが視界を通り過ぎたかと思った次の瞬間、グリードべアの体が大きく仰け反り、仰向けに倒れた。
「今何か通った…?」
「──今すぐにここを離れるわよ!」
そう言うなり、踵を返してモモカは走り出してしまった。
訳も分からず彼女を追いかける。
「いきなりどうしたんだ!?」
「説明してる暇なんかないわ!」
刹那、彼女の背後の水球が全て明後日の方向へと飛んでいく。
一瞬その方向に目を向けると、またもや黄色の何かが視界を横切り、ソレはモモカの元へと──。
「ぁ」
──彼女の脳裏に過ぎる、死の一文字。
腹に大穴を開けその場に倒れ込む自分が容易に想像できた。
「っ!」
瞬間、それとモモカの間に割って入った俺。
右手でそれを止めようとした瞬間、指が何本か消滅した。
刹那、回復を使えば、すぐさま指は元通りに。
「っ! たぁ!」
「ア、アキ…?」
一瞬の出来事に彼女は付いていけていないのか、狼狽えたような声を出す。
「なんなんだアレ?」
「あ、アイツはプロントビードル…白銀級指定の魔物よ」
「そんなヤバいの居るの?」
白銀級とはモモカ曰く大陸に数人しかいない白銀級冒険者が討伐しなければいけないような魔物のはずなのだが、こんな山中で出会っていいものだろうか。
と、考え事をしている暇はないようだ。
また視界の端から黄色い物体が超速で飛来してくる。
「危ないっ!」
反応できていないモモカを抱きかかえて横に跳躍。
振り返ってみればさっきまで俺たちが立っていた後ろに生えていた筈の木が根元からごっそりと消滅していた。
「あ、ありがとう…と言うかあんた、今のプロントビードルの動き、視えてたのよね?」
「ああ」
「あのプロントビードルはその速さが最大の強み。逆に言うと、あの速さをあんたがものともしないなら、アイツの強さは白銀級でも格落ちよ」
「まじか、じゃあ俺がなんとかアレ止めるから、うまいこと魔法でぶっ飛ばしてくれ!」
常に周囲に注意を払いながら、その瞬間を待つ。
三回あの動きを見て分かった。
あの速さなら俺がなんとか目で追うことができるし、プロントビードルが何処に飛んでくるかも概ね予想できる。
問題は俺じゃなくてモモカを狙われたときがちょっと厳しい。
なんて考えてると、プロントビードルの突撃がモモカに向かっていくのが見えた。
再び間に割って入り、今度は腕を交差させヤツの動きを止める。
ガッ、と音が鳴り、腕がメキメキと音を立てて軋む。
いくら回復で治療ができるとは言っても、やはり痛いもんは痛い。
しかし、プロントビードルの動きは確かに止まり、その全体像がようやく見えた。
全長は推定一メートル、虫らしい四本足にやけに長い触覚、対となる合計四枚の羽根は銀色にはためいている。
そして最大の特徴は、俺の腕に突き付ける、蜂のように生えた針が滅茶苦茶太いことだ。
あまりにも太すぎる。こいつの立ち回りはまさしく蝶のように舞い、圧倒的質量でぶっ壊す…!
「───水槍!」
姿を視認できたモモカが詠唱を行い、一本の水槍がプロントビードルを狙う。
「ジジジッ」
と、鳴く声を残し、瞬きする間もなくヤツは姿を消し、水槍は空を突くに終わる。
「アキ、ごめん、あたしの魔法じゃアイツに当たらない──」
「モモカッ!」
瞬間、彼女の真横に現れたプロントビードルは、その凶悪な針を彼女に突き立てる寸前。
もう彼女とプロントビードルの間に割って入る隙間はない。
ぷつり、と彼女のぶかぶかのローブの上から針が彼女に突き刺さった瞬間、俺は彼女の元へと走り出していた。




