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何者なのかと考えて

 「七色虹花って、何者なんだよ」


 その答えは、この場にいる誰も持ち合わせてなどいないだろう。

 吉更の運転する車で、二次会会場のバーに向かっていた氷室と桔梗は、結婚初夜とは思えないほどに暗く沈んだ空気を纏っていた。


「虹花さんって、マスターさんの奥さんでしょ?焔華さんに聞いたほうが早いと思う……」

「焔華さんに聞いたって、悪口しか出て来ねぇよ。チビのことは可愛がっているけどさ……」


 神奈川焔華と七色虹花は、アイドル時代ライバルとして切磋琢磨してきたとされている。

 桔梗と吉更の話によれば、焔華が一方的に虹花をライバル視しているだけであるらしいが──。


「神奈川焔華は、日常的に交流があるのか」

「そりゃ、幼馴染の妻だし。焔華さん、マスターのことずっと好きだったんだよ。横からあいつに掻っ攫われて……それからは、なんつーか。未練があるんだろうな」


 どうでもいい情報を得てしまった。

 氷室はあっちもこっちも恋愛沙汰で大騒ぎしているのかと、頭を抱える。

 焔華に虹花の話を聞いたところで、何も出てこないだろう。

 愛する人にさえ黙っている秘密を、ライバルであった焔華に話しているわけもない。

 警察のデータベースに何者かが侵入したのか、警察関係者と繋がっているのかは知らないが、改ざんされていると情報を得た以上は、派手に動くべきではないだろう。


 天門総合病院の臓器売買事件は、終わったのだ。


 悪魔の子迫害法律も撤廃され、彼らは悪魔の子としてではなく、人間としての人生を取り戻し始めている。

 藪をつついて蛇を出した所で、誰かが不幸になることはあっても、幸せになるようなことはないだろう。


(すべて織り込み済みか……)


 全員幸せなハッピーエンドを迎えた今、誰かが不幸を迎えるバッドエンドの引き金を引く必要があるとは思えない。

 このタイミングであるならば、氷室がわざわざ虹花に罪を償わせようと行動することはないと判断して、彼女はたとえ話と濁した上で氷室に事情を説明したのだろう。


「気にする必要はない。一蓮托生の中に、あの女が入っただけだ」

「誰か一人でも裏切れば、みんな不幸になる……」

「そうだな。信頼に値するのかだけ、判断しかねているが……」

「その辺りは、マスターと焔華さんを信じるしかないよな。焔華さん、口は悪いけど見る目はあるから」


 両手を繋いで、一本の赤い糸で結ばれ運命を共にした人数は、そろそろ両手で数え切れなくなりそうだ。

 この人数を守り切るのは、簡単なことではない。


(もう二度と、俺たちの間に凶悪事件が起こることなどないと信じたいところだな……)


 氷室が首を突っ込むようなことさえなく、桔梗の大切が事件に巻き込まれるようなことさえなければ、凶悪事件に駆り出されるようなことはないと……信じたかった。


「あの女がトラブルを起こした時は、頼む」

「なんで俺に頼むんだよ」

「俺たちは沖縄に引っ込むからな。東京に顔を出すまで、半日は掛かる。初動は任せたぞ」


 人生、死ぬまで何が起きるかなどわかったものではない。

 氷室は彼女の側に近い吉更へ任せると口にすれば、吉更からは拒絶の言葉が返ってくる。

 どうやら、マスターと虹花の子どもは可愛がっているが、トラブルに巻き込まれるのはごめんらしい。


(それもそうだな)


 誰だって、面倒事は御免被りたいものだ。

 それが暴力団絡みの事件であれば、余計に。


「桔梗?どうした。疲れたのか」


 吉更といれば、何かと口喧嘩を始めるはずの桔梗が、先程から大人しい。

 氷室が気遣うように髪へ触れたなら、桔梗は今にも眠りの国へ旅立ちそうなほどとろんとした瞳で小さく呟いた。


「人は見かけによらないって……本当なのね……」


 どうやら氷室のお姫様は、お疲れのご様子だ。

 世界で一番幸せであるはずの花嫁は、新郎が花嫁ではなく友人を優先したことにショックを受けているのかもしれない。

 氷室は恐る恐る桔、梗へ問いかけた。


「幻滅したか」

「……どうして……?」

「桔梗を優先するべきなのに、他の女のことを考えている。当然、恋愛感情など一切持ち合わせてはいないが……」


 氷室が言い訳気味に早口で巻くし立てれば、桔梗は彼の頭に手を伸ばした。


「氷室先生のことでは、ないの……。虹花さん、鏡花ちゃんの憧れだから……」


 桔梗は焔華に、鏡花は虹化に憧れてImitation Queenのアイドルオーディションを受けて合格した。

 世界中の誰もが虹花を見つめ、焔華はいつだって彼女に喧嘩を売る悪女と不評だったことに怒っていた桔梗だって、鏡花が憧れる虹花を悪く言うつもりなどないのだろう。


 だからこそ、心中穏やかではいられない。


 二次会では、当然虹花や鏡花と顔を合わせる機会があるはずだ。

 朝から晩まで笑顔を振り撒き、ゲストが退屈しないように気を回して走り回るのは、大人だって疲れる。


「欠席するか」

「それはだめ」


 桔梗はまっすぐと氷室を見つめ、絶対に出席するのだと決意を新たにした。

 七色虹花の件で有耶無耶になりつつあるが、桔梗にはやり遂げなければならないことがある。

 恋のキューピッドとしての活動だ。


「鏡花ちゃんの恋が芽吹くまで、へばってなんていられないから……!」


 桔梗は充電と称して氷室の唇を奪うと、めらめらと瞳に恋の炎を燃え上がらせた。

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