黒幕を見て見ぬふりすれば、ハッピーエンド
顔面蒼白な顔をして七色虹花と対峙する那須宮の姿を確認した氷室は、桔梗を抱き抱え近くの茂みで盗み聞きをしていた。
(披露宴が終わってすぐに、新郎新婦が揃って探偵の真似事とは……)
世も末にも程がある。
桔梗も氷室の腕の中で不安そうにしているし、さっさと終わらせたいものだ。
「天門総合病院臓器売買事件」
氷室が借り物のタキシードを汚さぬように気をつけながら、桔梗を抱き上げたままじっと物陰に身を潜めていれば。
那須宮ではなく、七色虹花の方からその単語が聞こえてきて驚いた。
氷室の胸元を掴む桔梗の手に、力が籠もる。
氷室はその手に自身の手を重ね合わせて安心させるように微笑みかけると、再び彼女たちの様子を窺った。
「これもなにかの縁、なのかな……。私と深緑ちゃん、桔梗ちゃんに繋がれた一本の赤い糸は、天門の娘さんに流れて、そのまま警察官の彼に結ばれてしまった」
警察官の彼とは、紗雪の旦那である古賀のことだろう。
虹花と古賀は同じテーブルで、披露宴に出席していた。
歓談の際に、現役の警察官だと古賀が自己紹介したのかもしれない。
「赤い糸の関係が白日の元に晒されたら、私も困るの」
七色虹花は何故、天門総合病院の臓器売買事件に関わっていると露呈したら困るのだろうか。
彼女の名は、鈴瑚の調べでは一切出てくることなどなかった名前だ。
関係ないはずの人物が、関わりを露呈されたら困るのだと那須宮を脅している。
異様な光景に、氷室は眉を顰めることしかできなかった。
「深緑ちゃんがあの子の側にいてくれてよかった!これからも、私達の秘密を守るために行動してね」
「はい……」
虹花は両手を叩くと、大声で那須宮へある約束をした。
その口調は芝居がかっており、誰かに聞かせたいと考えているのが丸わかりだ。
(盗み聞きしているのは、バレているみたいだな……)
あとはいつ、どのタイミングで二人の前に姿を見せるかを考えるだけだ。
「やっ、やめてください!」
那須宮の拒絶を聞いた氷室は、抱き抱えた桔梗を落とさないようにしっかりと抱きしめると、慌てて那須宮の元へ駆け出した。
「那須宮!」
氷室は那須宮と虹花の間に割って入り、背で庇おうとしたが、那須宮が腕を掴みそれを拒む。
ぶるぶると震えた深緑は、止めに入った氷室を見てはいなかった。
(那須宮?)
那須宮が見つめているのは、氷室ではなく虹花だ。
氷室み彼女の視線に釣られるようにして、彼女と目を合わせる。
不気味なほどに美しい、満面の笑みを称えて。
七色虹花は、二人の門出を祝った。
「白雪さん。ご結婚、おめでとうございます」
「どうも……」
「新郎が怖い顔をしていると、新婦が逃げてしまいますよ?」
くすくすと声を上げて笑った彼女には、悪意はないように見える。
そう。
悪意や敵意などが一切感じられないのだ。
那須宮が強い口調で拒絶したことに、何らかの感情を抱いてもおかしくないはずなのに。
彼女の心は、引き潮のように凪いでいる。
(何者だ……?)
元国民的アイドルの絶対的センターと呼ばれていただけでは、こうした雰囲気や態度で堂々としていられるわけがない。
彼女はまるで。
感情を悟られぬように、特別な訓練を受けた西洋のプリンセスのような──。
「白雪さん。旦那さんの方は……お医者さん、でしたよね」
「……そうだが」
「たとえ話に、付き合って頂けませんか」
氷室の思考があらぬ場所へ行きかけた時、虹花が氷室へ思ってもみない提案をした。
(なぜ突然、この状況でたとえ話など……)
氷室は納得が行かなかったが、断るのも心象が悪い。
彼女の人となりを探るために、氷室は彼女のたとえ話とやらを聞くことにした。
「昔々、あるところに。両親が借りた借金の返済に苦しむ、小さな少女がいました」
それが彼女の過去なのか、まったく関係ない話であるのかはわからない。
たとえ話と前置きをしたからにはまったく関係ない話である可能性は高いが、友人の話と偽って自分の話をするのは今に始まったことではないだろう。
氷室は警戒しながら、じっと虹花の言葉に耳を傾ける。
「両親は保険金だけでは到底賄えない多額のお金を闇金で借りて、ギャンブル三昧の日々。娘は人質として自由を奪われ、両親の代わりにお金を返済することになりました」
にこにこと笑顔で語るようなことではない、センシティブな話を。
まるで幼い子に絵本でも読み聞かせるかのように語る彼女は、眉を顰める氷室が口を挟まないのをいいことに語り続ける。
「元々両親が借りていたお金は、闇金業者が所持していた悪いことをして手に入れたお金でした。両親は借りたお金をギャンブルに溶かしているので、悪いお金が悪い人に戻っていきます」
闇金の資金源は、元々は特殊詐欺などで手に入れた大金だ。
借金で首が回らなくなっているものに金を貸し、法外な利息をつけて回収する。
トラブルにならなくても利息の分だけ闇金側は儲け、トラブルになれば命を投げ売ってでも金を返せと迫るのだから、闇金ほど恐ろしいものはない。
(悪いお金が悪い人に返っていく……?)
氷室は虹花の言葉を、反芻して考える。
ギャンブルといえども、合法なものから違法なものまで様々だ。
競馬・ボートレース・パチンコなどは、経営会社にお金が入る。
状況によっては裏社会に一部の資金が流れていく可能性だってあるだろう。
氷室は一般的なギャンブルを想定していたが、もしも金を借りた両親とやらが、賭けマージャンやカジノと言った、闇社会でしか開催されることのないギャンブルにハマっていたのだとしたら──。
(闇金業者とギャンブル主催者が裏で繋がっているか、経営母体が同じなら。借りた金を簡単に回収できる)
借金をした本人はギャンブルで大金を失い、借金と利息が残ったと考えていたとしても。
闇金業者は借金をした本人がきっちり耳を揃えて金銭を返却すれば、損どころか得しかしていないのだ。
「さて、ここで問題です。少女が汗水垂らして稼いだお金は、借金返済の為に闇金業者へ支払われました。このお金は、一体これからどのような使われ方をするでしょうか」
貸した金は全額ギャンブルで回収してあるが、闇金業者の窓口を通じて返済したわけではない。
借金をした本人が返済したことにはならないのだ。
その間にも利息が跳ね上がり、娘である少女が借金返済を強いられる。
虹花の話によると、少女は両親の借金を当然のように肩代わりして支払ったらしい。
(身体でも売ったのか……)
身体を売って稼いだお金であれば、ある意味では悪いお金に分類される。
この言い方では恐らく、もっと別のやり方で稼いだお金だ。
(これが七色虹花の実体験なら)
ここの取り分は大したことなどないだろうが、国民的アイドルともなれば、数百億など簡単に稼げる。
七色虹花がファンから巻き上げたお金が暴力団関係者の資金源になっていたのだとしたら、大問題だ。
その秘密は、桔梗が胸に秘めるすべての秘密が露呈するよりも、大きな騒ぎになるほどの破壊力を秘めている。
(彼女は天門総合病院の件が露呈すると、自分も困ると那須宮に告げた……)
少女の両親は闇金から金を借りて、借りた金をすべてギャンブルに注ぎ込んだ。
少女は必死に働いて闇金業者へ借金を返済した。
天門総合病院の臓器売買事件では、大金が至る所で飛び交っている。
臓器を求める悪魔の子は、指定暴力団名無組に金銭を支払い。
レシピエントとなった親族には、数千万から数億単位の金銭が病院側から成功報酬として支払われた。
金の出処が悪魔の子達であると信じていた氷室は、ある一つの可能性に気づき絶句する。
「お前……」
「幼い少女が犯罪の片棒を担いでいると知ったお医者様は、これからどうするの?」
流石に実体験であると口にすることはない。
警戒されているのだろう。
当然だ。
あの事件を解決に導いたのは、他でもない。
藤井の協力を得た氷室なのだから。
「逆に聞きたいくらいだ。この話を俺達にして、お前は何がしたい」
氷室が彼女に、厳しい言葉を掛けたからだろう。
腕の中で口を挟むことなくじっとしていた桔梗が、不安そうに氷室の胸元を掴んで見上げる。
虹花は聖母のような優しい笑みを浮かべたまま、顔に似合わぬ発言をした。
「私は、愛する人を守りたいかな。このまま、彼は何も知らずに私と暮らし続けるの」
「隠し通せると、思っているのか」
「誰にだって、バラされたくない秘密はあるでしょう?貴方達が、口を噤めばいいだけだよ」
「……虹花さん……」
桔梗はなにか言いたげに彼女の名を呼んだが、笑顔を絶やさぬ彼女に何を言っても届かないと判断したのだろう。
桔梗は氷室の首に両手を回すと、氷室の胸元に顔を埋めた。
「桔梗ちゃんは、私に逆らう気力もないみたい。当然だよね。私の秘密をバラそうとすれば、自分の秘密が露呈するもの。後はお医者さんが、私に約束をしてくれたらいいだけ」
虹花との会話は念のため録音しているが、証拠として提出するには会話の内容が弱すぎる。
ブルブルと身体を震わせて怯え続ける那須宮の様子が心配であることや、何かを言いかけた桔梗が口を噤んだこともあり、氷室は仕方なくこの場で彼女をどうこうすることはしないと約束する羽目になった。
「……俺達は何も聞いていないし、那須宮にも怯えている理由は聞かない。それでいいか」
「もちろん。話の分かるお医者様でよかった!引き際を知らない人だったら、口では言えないあーんなことやこーんなことまでしなきゃいけなかったもの。これで、みんなが幸せになれる。素敵なハッピーエンドね」
手を叩いて喜ぶ虹花に、氷室が納得の行かない様子で睨みつける。
(白々しいな)
いちいち芝居がかった動作を見せる七色虹花の言動を、どこまで信じていいものか氷室は決めかねていた。
唯一、わかることがあるとすれば。
「母ちゃーん!父ちゃんが、置いてくぞって!」
「はーい!」
──彼女は、大うそつきだ。
イヤリングの音声を聞いてやってきたらしい吉更が、七色虹花の息子を抱いて窓から外の様子を窺っていた。
「それじゃあ、また。二次会で」
息子に呼びかけられた虹花が美しい動作で氷室達から背を向けたことにより、ようやく肩の荷が下りる。
(この緊張感を抱いたまま、二次会すんのかよ……)
命がいくつあっても足りないと、氷室は呆れた様子で桔梗を抱きしめる手に力を込めた。




