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運命の赤い糸は、永遠に桔梗へ結ばれる(完)

 それから。


 新婚旅行と言う名の東京観光を二泊三日堪能し、桔梗と共に沖縄の自宅に戻ってきた氷室は、GW明けの診療所に出勤して、青白い顔の那須宮と顔を合わせて早々謝罪された。


「申し訳ございませんでした……!」


 七色虹花から強引に秘密を公言しないよう約束させられていた那須宮は、二次会を欠席したことや、体調を崩したことについて謝罪をしてきた。

 どちらが悪いのかと言えば、体調を崩した那須宮ではなく、七色虹花の方である。


「まさか、那須宮があいつと知り合いだったとはな……」

「あ、あはは……」


 那須宮は笑うしかないのだろう。

 もうすぐ診療開始時間だ。

 ガタガタと震えて使い物にならなくなったらどうしようかと思ったが、彼女さえ目の前にいなければ、問題なく会話できるらしい。


「お前の立場なら、逆に脅し返せるだろ」

「い、いえっ。そんな……!わ、わたしは、しがない村人Aですので……」

「RPGの役柄に例えるなら、お前は金貸しの娘になるんじゃないか」

「む、村人Aと、あ、あまり変わりません……!」


 那須宮はどうしても自分が、力のある人間だとは認めたくないらしい。

 氷室は言い争っても仕方ないと息を吐き、那須宮の主張を全面的に受け入れることにした。


「詳しい事情を、話すつもりはないのか」

「そ、それは……」

「監視されているわけでもないだろ」

「ひっ、だ、だめです……!わ、わたしが口を滑らせたら、こ、殺されてしまいます……!」


 那須宮は見えない影に怯えているようで、ぶんぶんと首を振る。


(元アイドルに殺されると怯える女……穏やかではないな)


 無理に聞き出して、翌日那須宮の死体が発見されたら気分が悪い。

 真横で起こっていることに目を瞑れば、誰もが幸せな生活を歩んでいけるのならば──約束通り、下手に動くべきではないだろう。


「抱えきれなくなったら、遠慮なく言え。話くらいは、聞いてやる」

「は、い……ありがとう、ございます……」


 桔梗が心配するような関係に、なるはずがない。

 これからも。

 氷室は那須宮と、医者と看護師の関係を続けていく。


 *


 折笠古賀と紗雪の夫妻は移植手術を終え、彼女が健康な身体を得ても離婚するようなこともなく愛を育んでいるらしい。

 古賀は破天荒で紗雪のことになると電波的な言動を繰り返すが、それは紗雪の前だけ。

 彼女の姿が見えなくなれば、彼は立派に警察官として職務を全うしていると聞く。


(流石にあの言動で警察官として働いていたら、大問題だろ)


 道化を演じて捜査を引っ掻き回す役を、わざと買って出ているならば理解できないでもないが……。

 悪魔の子迫害法律が撤廃されても、大小様々な小競り合いやトラブルを解決する為に、紗雪は先頭に立って悪魔の子達を取りまとめている。

 悪魔の子達が全面的に紗雪を信頼していることもあり、おそらく彼女が息絶えるまで、悪魔の子達から女神と崇められ続けるのだろう。


(悪魔の子迫害法律を、強引に撤廃したからな……)


 古賀が非番の日は、危険が及ばぬように目を光らせている。

 問題は平常時だ。

 悪魔の子反対派がいつ、彼女を加害するかわかったものではない。

 気が緩んだ時が、一番危ないのだ。

 折笠夫妻が命を狙われることなく静かに暮らしていくのは、紗雪の父親が起こした事件の大きさからして考えると難しいのかもしれない。

 それでも氷室は、折笠夫妻の幸せを願っている。

 誰よりも愛する、妻が幸せを願っているから。


「むぅ……」


 愛知桔梗が氷室の嫁として戸籍に名を連ね、白雪桔梗となってから約半年。

 結婚式の一ヶ月後、桔梗は週刊文冬の雑誌を、片手に難しい顔で紙面を見つめていた。


「どうした?」

「氷室先生!お帰りなさい!」


 桔梗は玄関で靴を脱ぎ、リビングに顔を出した氷室の姿を見てぱっと表情を明るくさせる。

 彼女は週刊誌を手に持ったまま氷室の元にやってきたので、週刊誌の内容を覗き見た。


「……結婚式の件、記事になったのか」

「うん。焔華さんに見本誌を送ってもらったの。ただ……」


 週刊誌に掲載された記事は、桔梗が難しい顔で考え込むのがよくわかる内容だ。


『祝!愛知桔梗結婚披露宴!Imitation Queen恒例、ミニライブのセンターは、双子の弟K氏!』


 元Imitation Queenのアイドルに、桔梗の双子弟である吉更が混じってミニライブを行った。

 結婚をした桔梗をそっちのけで吉更メインに報じられた記事は、SNSで古参のファンをざわつかせた。


『そういえば、鏡花と接触事故を起こしてステージから転落した後、キョウちゃんとよく似た子が関係者席から飛び出てきてたよね』

『動画残ってないの?』

『文冬砲はよ』


 顔をモザイクで加工され、双子の弟K氏と仮名で綴られても、わかる人にはそれが吉更であることは明らかだ。

 瞬間最高視聴率を30%近く取得したドラマの一件で、桔梗を求めるスポンサー達が金に糸目をつけずに見境なく言い寄ってきていたが、この記事が出た途端に、桔梗を求める声はますます大きくなったらしい。


「今からでも遅くないから、双子芸能人として大々的に売り出したいと、大騒ぎしているみたいで……」


 桔梗と吉更は、まだ若い。

 10代の頃から芸能界にいる桔梗からしてみれば、20代になった今から吉更を再び芸能の道へ引っ張り込むのは遅すぎるくらいだが──世間は話題性のある金のなる木が現れたとお祭り騒ぎ。

 目麗しい美男美女であれば、この際既婚者であろうが関係ないらしい。


「芸能界って、歪んでいるでしょ」


 本人たちの意見よりも、話題性と金が稼げるかどうかを最優先に考える。

 芸能人に対して意志を持った人間として扱うことはなく、芸能関係の重鎮たちは自分たちの至福を肥やす道具としか思っていない。

 女性であれば、どんなに輝かしい経歴を持ち合わせていたとしても。

 時に欲望をぶつける暇つぶしの相手としか考えられていないことは、そう珍しいことではない。


 魑魅魍魎が闊歩する芸能界で傷つけられることなく。

 自分の地位を守り続け、渡り歩くのは並大抵のことではないのだろう。

 桔梗は今まで、よくやってきた。

 感情が消え失せた表情で芸能界の闇を語られたなら、彼女を再び芸能界へ送り出すことなどできやしない。


「放っておけ。神奈川焔華が、どうにかするだろ」

「……うん。焔華さんは、私ときーちゃんのことをとても大切にしてくれた。きっと、大丈夫だよね。きーちゃんも、今更……芸能人なんて……やりたくないだろうし……」


 吉更はなろうと思えば、いつだって芸能人になれた。

 桔梗がアイドルとして加入した直後から、替え玉として何度か女装して問題なくImitation Queenのステージで光り輝いていたのだ。

 吉更がその気なら、声変わりの問題で入れ替わることはなくなったが、男性アイドルや俳優として芸能活動をしたいと一言声を上げればよかった。

 桔梗の周りは未だに嵐が吹き荒れているが、プロデューサーであり、保護者でもある焔華が防波堤となってどうにか桔梗の芸能界復帰をしなくていいよう壁となってくれているお陰で、桔梗はこうしてひとつ屋根の下。

 氷室との穏やかな暮らしを満喫している。


「そうだ。きーちゃんが、焔華さんに虹花さんのことを聞いてくれたの。そうしたら、焔華さんは真に受けるなって」

「気にする必要はないと言われたのか」

「うん。虹花さんは嘘つきだから、大袈裟に言っている可能性が高いって」

「どうだかな……」


 氷室たちは、一本の赤い糸で結ばれた運命共同体だ。

 誰か一人でも秘密を公言するようなことになれば、関わる人間全員が不幸になる。

 わざわざ嘘をついてまで、赤い糸の輪に自ら率先して導かれてやってくるメリットがあるとは思えない。


「それはそれで、たちが悪いな……」


 例え話が事実であれば、七色虹花は間接的に暴力団に大金を横流しした犯罪者だ。

 だが、もしも。

 例え話が虹花にまったく関係のない話であれば──。

 彼女の存在に引っ掻き回された氷室たちが疑心暗鬼となり、赤い糸で結ばれた信頼関係が破壊されるのを待ち望んでいる可能性だって否めない。


(なんにせよ、要注意人物であることは間違いないな)



 氷室はどこにでもいる普通の内科医だ。

 大切な人さえ傷つけられることがなければ、重い腰を上げて事件を解決しようなどとは思わない。

 事件を解決など、する必要がないのだ。


 これから何かが起こるとしても。

 大切な人さえ傷つけられることがなければ、見て見ぬふりをしていればいい。

 問題が起こった時に、考えればいいのだ。

 例え、見て見ぬふりをした結果。

 取り返しの付かないことになったとしても──。


「桔梗」


 氷室は桔梗の手から週刊誌を奪うと、彼女を抱きしめ唇を奪う。

 氷室と桔梗が口づけを交わす頻度は、そう多くない。

 桔梗は何もなくても口づけをしたいと強請るが、氷室からは特別なことがないと桔梗の唇に触れることはなかった。


 だからこそ、何もない普通の日に。

 氷室から桔梗の唇に触れてくれたことが嬉しくて。

 桔梗は氷室の首元に抱きつき、彼を押し倒した。


「氷室先生、大好き!」


 何があっても、氷室が桔梗を手放すことはないだろう。

 運命の赤い糸が、2人の薬指に結ばれ続けている限りは──。

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