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披露宴の余興

 宇都宮鏡花の恋が成就しようがしまいが、氷室には関係のない話だ。

 元々派手な挙式などするつもりのなかった氷室は、桔梗の喜ぶ顔が見たかった。

 それだけだ。


『氷室先生、ありがとう。結婚式、やってよかった』


 桔梗が喜ぶ姿を見れたなら、それだけで十分だった。

 だから。


「それでは、新婦のご友人一同による余興を行います!皆様、お手元のサイリウムを手に持ち、ライトをおつけください!」


 余興の始まりを告げる式場スタッフの声と、会場内のライトが全て落とされ、事前に用意されていたサイリウムの明かりだけが頼りの薄暗い空間で。

 桔梗がわくわくとした様子でサイリウムを赤に点灯した姿を見るのは──そう、悪いものではない。


「Imitation Queen、結婚式恒例の余興よ!燃え尽きて、灰になる準備はできたかしら!?」


 焔華のマイクを通した声と共に、壇上に上がる元Imitation Queenのメンバー達がスポットライトに照らされる。

 ドレス姿で決められたポジションに立つ彼女たちのセンターは、何故かぽっかりと空いたまま曲が流れ始めた。


「運命の赤い糸を見つけた……」


 歌い出しは鏡花からだ。

 天高く右手を掲げた彼女の表情は、狂おしいほどに愛する人を求める、女の表情だった。

 一瞬で彼女の表情、歌声、そしてダンスに。ゲストたちの心が奪われて行くのを感じる。

 アイドルとしての血が騒ぐのだろう。

 ステージに立つことを辞退した七色虹色も、たった一小節の歌声を聞いただけで、涙を浮かべてステージに向けてサイリウムを振っていた。

 前奏に合わせて、ステージ上でアイドル達が輝き出す。

 氷室は思わず、桔梗を見つめた。


「眩しいくらいに 瞬き揺れ動くの

 胸が高鳴る 目にした時から」


 桔梗にとって焔華は憧れの存在である。

 再びステージの上で背中合わせに歌いたいのではないかと思ったのだ。


「恋物語は始まった あなたを愛すると誓った

 私しか見えない糸を 手繰り寄せ引き寄せる」


 偶然だろうか。

 運命の赤い糸を題材にしたその曲は氷室には聞き覚えのない曲だが、まるで桔梗と氷室のことを歌っているようにも聞こえる。


(そんなわけないだろ)


 結婚式の余興にしか使用しない楽曲をわざわざ作成し、すでに芸能界から足を洗った元アイドルたちを集めて、一から振りを練習するはずなどない。


 氷室が聞き覚えのないだけで、きっと昔からある曲のはずだ。


「my Destiny…………」


 運命の赤い糸を題材にしているせいか、何かを引っ張り手繰り寄せるような振り付けが多い。

 氷室が物珍しそうに彼女たちのステージを見つめていれば、マイクを通すことなく親族席から飛び出た吉更が、桔梗の元へ駆けてきた。


「桔梗!」


 吉更は桔梗にマイクを手渡すと、はっきりとした口調で姉に囁く。


「ダンスは任せろ。旦那の隣で座っていても構わねぇから。自分のパートは、ちゃんと歌えよ」


 吉更はその言葉を残して、足早にメインステージへ向かい始めた。

 その姿はけだるげだが、時折肩をぐるぐると回転させ準備運動をしているようにも見える。

 親族と知人だけを集めた披露宴だ。

 会場内が伝説のアイドルたちが歌って踊る姿を見て、招待客達が熱狂するわけではない。

 元Imitation Queenのメンバーが一同に介し、誰にも邪魔されることなく歌って踊りたいだけの余興ならば。

 ちょっとしたサプライズがあったとしても。

 本人たちが満足で、桔梗が嬉しそうならば全く問題ないのだろう。


(ダンスは任せろって、そういうことか…………)


 メインステージに歩いていった吉更は、サビと同時にポッカリと空いていたセンターポジションに入り、桔梗の代役を努めた。

 一人だけマイクを持っている振りだけをしながら、時折桔梗の持つマイクを指差す。

 桔梗はその指示に答えるように、氷室の隣で座ったまま美しい歌声を奏でた。


「運命の赤い糸は 人差し指から繋がった

 もどかしいくらいの嘘 私に見せつけて」


 ウエディングドレス姿でなければ、今頃ステージの上でアイドルとして輝いていた頃だろう。

 吉更と桔梗は、アイドルとしてデビューした当時、頻繁に入れ替わっていた。

 吉更はいわば、もうひとりの桔梗であり、影武者で──Imitation Queenのメンバーである。

 声変わりの影響により、桔梗と入れ替わることをやめた吉更が、Imitation Queenのアイドルとして最初で最後の活躍を見せる日は、この晴れの日くらいしかなかったのだろう。


「だけど その瞳 その唇で

 愛を囁いて欲しいから

 私は今日も叫んでる あなたに繋がると信じて……」


 氷室と桔梗は、吉更が余興に参加するとは聞かされていなかった。

 サプライズを受けた桔梗の瞳には、涙が浮かんでいる。


「恋物語は終わった あなたを守りきれなかった

 私しか見えない糸を 奪われぬよう引き千切るの」


 1番は女性目線、2番男性目線の歌詞は、女性からの一方的な愛を拒む男の思いが綴られているようだ。

 結婚式で歌うには縁起の悪い曲であるはずなのに、こも曲を選曲したのは何かしらの意図がある。

 桔梗はそれに思うことがあるらしく、複雑な表情で自身のパートに歌声を載せているようだ。


「red string…………」


 私の運命と1番で口にしたのは鏡花だったが、2番で赤い糸と口にしたのは焔華だった。

 彼女はセンターで踊る吉更の手を取ると、社交ダンスのような振りを軽やかに踊って見せる。


「私達の運命は 薬指から結ばれた

 嘘つき泥棒こまったさん 君の手には負えないね」


 あれは即興なのだろうか?

 元となるパフォーマンスを目にしたことのない氷室は、正しい振り付けなのかどうか判別がつかない。


(元々ある振り付けなら、身長差からして神奈川焔華が男役だった可能性が高い)


 ゲスト達は、吉更にホールドされて情熱的なダンスを踊る焔華に見惚れていた。


「だから その(かんばせ) その目線で

 相思相愛になりたいと

 僕は今日も拒んでる 君と結ばれぬように…………」


 吉更が桔梗の代理として、センターでダンスを担当しているからこそできる荒業だ。

 Imitation Queenは女性アイドルグループなのだから、男がステージの上で女性に混ざっていれば大問題に発展する。


「運命の相手 運命の 赤い糸は薬指に

 結ばれたらもう二度と、引き離されることはないの

 誰もが羨む幸福は、足元に転がり落ちている」


 実際、焔華はImitation Queenの姉弟グループである男性Invisible kingを立ち上げたが、そちらと合同ライブを開催しようとして炎上した経験があった。

 男女が同じステージの上で歌い踊るだけで大騒ぎするファンがいるのだから、どうしようもない。


「運命の赤い糸は……

 あなたに 君へ

 結ばれた──」


 Imitation Queenによる即興劇ライブが終わりを告げれば、ゲストたちからの拍手喝采が鳴り響く。

 久しぶりにステージの上で輝いたアイドル達はやりきったと笑顔でゲストたちに手を振り、それぞれ自分たちの席に戻って行った。


(また、足りないな…………)


 不思議なものだ。

 ステージ上では確かに光り輝いていたはずの宇都宮鏡花は、ステージが終了した途端に氷室からは認識できなくなってしまった。

 ステージの上で余興として一曲踊っていた人数は吉更を含めて7人だったが、彼女たちが元の席に戻る姿を確認できたのは6人だけ。


「……氷室先生?」


 吉更から渡されたマイクを式場のスタッフへ返却した桔梗は、Imitation Queenの余興を見て、また自分以外の存在に目移りしたのかと目だけで訴えかけている。


「桔梗は心配性だな」


 氷室も命は惜しいので、誰かに惚れたなど口が裂けても告げるつもりなどない。

 人の目が合っても当然のように寄り添う桔梗を拒むことなく、好きにさせてやった氷室は、どうにか予定していた披露宴のスケジュールを全て終えた。

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