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テーブルラウンド中の異変と浮気疑惑

 結婚式が滞りなく終われば、会場を移して披露宴が行われる。

 会場へ入場した新郎新婦は、挨拶や乾杯を済ませるとケーキ入刀を行い、お色直しを終えてからゲストへあいさつ回りを行う。

 新郎側のテーブルに座るゲストに、話したいことなどなにもない。

 ただ、自分が場違いなのではないかと始まる前から緊張していた那須宮と、その隣に座る紗雪へは用事がある。


「キョウちゃん……おめでとう……」

「ありがとう、さーちゃん!」

「おめでとうございます、プリンセスのご友人様。プリンセスの次にお美しいですね」

「さーちゃんと同じくらいと言ってくれたら、嬉しいのになぁ」

「いえいえ。僕の中では、世界で一番美しいのはプリンセスですので」


 紗雪の旦那である古賀と桔梗が火花を散らしている中、氷室は額からダラダラと汗を流して椅子に座ったまま、俯き加減で震える那須宮を視界に捉えた。

 古賀と言い争う桔梗を止めて次のテーブルへ移るべきなのだが、どうにも那須宮の様子が気に掛かる。

 氷室は思い切って、那須宮へ声を掛けることにした。


「那須宮」

「……ひ、ぅ……っ」


 那須宮は泣いているのか、呼吸がうまくできないようでゲホゲホと咳き込み始めた。


(対人恐怖症だったのか?)


 那須宮は吃音が多いものの、初対面の患者に怯えることもなく看護師として問題なくコミュニケーションが取れていたはずだ。

 病気などではないはずなのだが──。

 極度の緊張状態に陥っているらしい彼女は、氷室が肩に手を触れた瞬間にはっと顔を上げた。


「おい、那須宮。どうした。具合が悪いのか」


 顔面蒼白としか言い表しようのない、酷い顔色をしている。

 喉元に鋭利な刃物を突き付けられているとしか思えない彼女の表情は、氷室としっかりと目を合わせることで、やっと緊張状態から開放され──瞳が驚きで見開かれた。


「し、白雪、せ……?」

「酷い顔をしている」

「これ、は……っ。そ、の……っ」


 那須宮は視線を彷徨わせ、ある人物を見つめた。

 彼女はどちらかと言えば、嘘のつけないタイプだ。

 那須宮が視線を向けた先には、バーのマスターが妻子と共に提供された食事に舌鼓を打っている姿がある。


(バーのマスターは、神奈川焔華の幼馴染だと言っていたはずだ。知り合いなのか…………?)


 彼の経営するバーに、那須宮は二次会で初めて顔を出すはずだ。

 芸能人御用達の会員制バーは、一般人が簡単に紛れ込めるような場所ではない。

 那須宮は何をそんなに怯えているのだろうか。

 怯えるようなことがあるとすれば。


(暴力団関係者か……?)


 神奈川焔華の幼馴染が暴力団関係者とは、笑えない冗談にも程がある。

 曲がったことが大嫌いな焔華が、いくら幼馴染といえども暴力団関係者と交流を持つとは到底思えない。

 ならば、那須宮が怯えているのはマスターの妻に対してだろうか。

 那須宮には兄がいるはずだ。

 犯罪歴があり、暴力団関係者の兄と交際経験のある女性ならば、こうして怯えるのは理解できなくもないが──氷室の考えすぎだろうか。


「席を──」

「虹花さん。座席の都合上、みんなと一緒の席ではなくて申し訳ありません」


 氷室が那須宮の体調を心配して、席替えを提案しようとした時だった。

 天門夫妻と会話を終えた桔梗が、マスターの妻である女性に話しかけたのは。


(虹花……?)


 国民的アイドル、Imitation Queenの一期生。

 絶対的センターで、神奈川焔華とライバル関係にあった彼女と同じ名で呼ばれた女は、桔梗に笑いかけた。


「いいの。気にしないで?あっちの席は、余興でステージを披露するメンバーが集まっているもの。私がセンターで歌うようなことがあれば、主役が誰だかわからなくなってしまうから」


 那須宮は、バーを経営しているマスター夫妻のどちらかに怯えている。

 旦那は焔華の幼馴染。

 妻がImitation Queenの絶対的センター、七色虹花であるならば──。

 那須宮がどちらに怯え、氷室はどちらを信頼すればいいのかなどわからなかった。


(ああ、そうか)


 氷室が判断し兼ねているからこそ、那須宮も誰に怯えているのか言えないのだ。

 長年一緒に同僚として仕事をし続けた那須宮ではなく、世間一般的な地位を優先し、彼女の言葉を聞こうともしないから。氷室は信頼されていないのだろう。


「焔華ちゃんは私がいると、気まずいだろうから……」

「堂々としていればいいだろ。何十年も前の話だ。今更大騒ぎしてくるようなら泣かせる」

「父ちゃん、焔華オバサン泣かせんの?どっちの意味で?」

「一つしかないだろ……」

「ふふふ。私も早く子ども、欲しいなぁ。ね?氷室先生?」


 バーのマスターがテーブルに突っ伏すと、桔梗はくすくすと笑みを浮かべて氷室に問いかけた。


「氷室先生?」


 自分の知らないところで那須宮と見つめ合っていたことに気づいた桔梗は、花が綻ぶような笑みを一瞬で打ち消す。

 浮気を疑い那須宮を睨みつける桔梗は、今がまさに幸せの絶頂にいるべき花嫁とは思えない。


「ひ……っ」


 せっかく体調を戻しかけていた那須宮は、再び悲鳴を上げてぶるぶると震え始めてしまった。

 那須宮をこのままにはしておけない。

 氷室は式場のスタッフに那須宮の体調が悪いようだと伝えながら、天門夫妻の耳元で囁いた。


「那須宮の様子がおかしい。あの二人のどちらに怯えているのか、確認しておいてくれ」


 古賀は現役の警察官だ。

 当然、人間観察は得意だろう。

 我慢のできない桔梗はむすりと頬を膨らませると、再び彼女の腕に手を絡めた氷室へ胸を押し付けながら小声で囁く。


「愛を誓い合ったばかりなのに、もう浮気なの……?」

「浮気ではない。あの女」

「誰?」

「嫁の方だ。本当に、神奈川焔華のライバル本人か」

「……虹花さん?鏡花ちゃんはみんなと一緒にあっちの席で座っているから、本人で間違いないはず。氷室先生、ついに人妻まで……」

「やめろ」


 思った以上に強い口調で、桔梗の冗談を叱りつけてしまった。

 これも晴れの日で体調を崩す那須宮が悪い。

 明らかに八つ当たりだ。

 今まで歩んできた人生の中で、幸せの絶頂に立っていなければならないはずの桔梗に厳しい言葉を掛ける新郎など、聞いたことがない。


「すまない」


 氷室は慌てて謝罪をしたが、その謝罪が桔梗に届いているかは怪しかった。


「辛気臭い面して、テーブルラウンドしてんじゃないわよ」


 親族席に座っていた焔華が見かねて、氷室の背中を思いっきり叩いた。


「どうしてあんたはそう……すぐに桔梗と喧嘩して、悲しませるわけ?」

「喧嘩ではない」

「氷室先生がまた、浮気しようとした……」

「あぁ?」


 焔華は全面的に桔梗の味方だ。

 氷室と桔梗の言葉、どちらを信じるのかと聞かれたならば。

 焔華は当然、桔梗を選ぶ。

 聞き捨てならない言葉を耳にした焔華は、氷室を威嚇した。


「あんた、神経質そうな顔しているくせに……どうしてこう、手が早いのよ……」

「誤解だ。俺は浮気などしていない」

「そうやって必死に否定するのが余計怪しいのよ!」


 否定をしなければ桔梗に泣かれ、否定をすれば焔華に怒鳴られる。

 氷室にどうしろと言うのだろう。

 板挟みになった彼は、貝のように黙り込んでしまった。


「安心なさい、桔梗。あたしたちが歌とダンスで、あんたの機嫌を持ち直してあげる!」

「本当?嬉しい。焔華さんがステージで歌って踊るの、5年ぶりくらいだよね?」

「楽しみにしていなさい。虹花がステージに居なくたって、あたしの方が観客を引き付ける力があるってこと、見せつけてやるんだから。鏡花!」


 焔華はこの後行われる、Imitation Queenのメンバーによる余興でゲストを楽しませると宣言すると宇都宮鏡花の名を呼んだ。


「……はい」

「あんたの本気を見せるときよ。鏡に移した完全なるコピーではなく──あんたがやりたいようにやりなさい」


 氷室は鏡花がどの席に座っているのか分からなかったが、焔華が彼女の名前を口にした瞬間に、氷室の真横でか細い返事が返ってきた。


(先程まで、その席には誰も座っていなかったはずだが……)


 ポッカリと空いた席から声が聞こえたかと思えば、透明人間が姿を表したとしか言いようがない。

 灰色のパーティドレスに身を包んだ鏡花の膝上には、ブーケトスで受け取った花束が置かれていた。

 氷室は横目で、新郎友人席に座る吉更の友人を見つめる。

 話し相手がいないと手持ち無沙汰だろうと、吉更が席を移動して談笑している姿を見た氷室は、人知れずあの二人の恋がうまくいくようにと願った。

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