ブーケトス
参列者に見守られる中、氷室は一人チャペルの中で桔梗が入場して来るの待ちわびていた。
(流石に、新婦が愛知桔梗ともなると……参列者たちも気合の入れようが違うな…………)
新婦側の参列者には、Imitation Queenのアイドルたちも姿を見せている。
彼女達は加入当初末っ子だった桔梗が結婚する年になったと感慨深いようで、一段と気合が入っていた。
全員、広報関係者なのかと感想を抱かずにはいられない。
一眼レフカメラの山が入退場口となるドアに向けられるのを見て引き攣った笑みを浮かべた氷室は、開いた扉から吉更と腕を組んでゆっくりとバージンロードを歩く桔梗を見つめていた。
ヴェールに覆い隠されていても、桔梗は美しい。
一斉に炊かれたフラッシュに驚き歩みを止めたのは吉更の方だ。
桔梗は吉更を引き摺るようにして、堂々と氷室の元へと歩みを進める。
(感動もへったくれもないな…………)
引き摺られるように桔梗へ引っ張られ前へ進む吉更も、みっともないと気づいたのだろう。桔梗を肘で小突くと、やっとまともにエスコートをする体制に入った。
「氷室先生」
「……ああ」
「桔梗をよろしく」
「おいで、桔梗」
「……うんっ!」
本来であれば、言葉を交わす必要ないのだが──。
吉更によろしくされたら、無言で無視をするのも印象が良くないだろう。
差し出された桔梗の手を取り、吉更が参列者席に戻ったことを確認すると、神父先導の元、式は滞りなく進んでいく。
「病める時も、健やかなる時も。死がふたりを分かつまで。命の続く限り、愛し抜くと誓いますか?」
「誓います」
新婦新郎共に誓いの言葉を宣誓しあい、指輪の交換を行う。
指輪がうまくハマらずまごつくようでは、カッコ悪い。
事前に指に嵌める予定のサイズと同じ指輪を使って練習をした成果もあり、問題なく桔梗の指に結婚指輪を嵌めると、誓いの口づけを交わし合う時間がやってきた。
『いい?ウエディングドレス姿で口づけを交わし合うのは一生で一度よ。最高の写真を撮影してあげるから、必ず3秒は離さないこと。いいわね?』
焔華からは、神の前で口づけを交わしあったを証拠を残すため、必ず3秒間は口づけをし続けろと厳命されている。
婚姻時の口づけは、大勢の前で堂々とを愛する人と口づけを交わし合っても許される日だ。
桔梗は氷室を心の底から愛していると証明するため、情熱的な口づけを交わそうとしている。
氷室は桔梗と3秒間口づけをしながら、情熱的な口づけに発展しないように攻防戦を繰り広げる羽目になった。
「それでは、誓いの口づけを」
神父に促された氷室は、誓いの口づけを交わすために桔梗の顔を覆い隠すヴェールを頭の上に捲り上げ、ゆっくりと身を屈める。
氷室が身長差のある桔梗の唇に触れ合うまで。
リハーサルでは身を屈める予定だったが、待ちきれなかった桔梗がつま先立ちになりながら首元へ飛びつき勢いよく唇を重ねた。
──1秒。
女性から唇を重ね合わせるとは、なんとはしたないことかと。
ごくりと生唾を飲み込む神父が、驚きで目を見開いている。
──2秒。
唇を触れ合わせながら、首元に腕を回してきた彼女の腕をどうにか腰元に戻そうとした氷室は、力づくで首元に周った手を引き剥がした。
──3秒。
あとは何事もなかったかのように手を腰へ持ってきて、唇を離すだけだと氷室が行動に移そうとした時だ。
首元に回った手を、力づくで引き剥がした際に少しだけ開いた唇へ押し入るなにかの感覚を感じた時には、主導権を桔梗に奪われてしまっていた。
「……っ!」
歯をなぞられる感覚と、まばらに響くシャッター音が氷室を現実に引き戻す。
神聖なる儀式の最中に、誓いの口づけを新郎が拒むなどありえない。
突き飛ばすわけに行かず、桔梗が満足するまで数十分間情熱的な口づけを交わすわけにもいかないだろう。
どうしたものかと氷室が思考していれば、助け舟は思ってもみない所からやってきた。
「えー、こほん。誓いの口づけと共に、お二人の婚姻は成立いたしました。末永くお幸せに」
簡単な話が、情熱的な口づけは初夜でしろと言うことだ。
赤い顔で苦言を呈した神父に逆らうほど、桔梗も非常識ではない。
氷室との口づけを邪魔されて怒り狂っているのは確かだが──。
桔梗は唇を離してから神父をひと睨みすると、氷室の腕に手を絡めて、バージンロードを歩いていく。
(神の使いを睨みつけるとは…………随分な罰当たりだな)
氷室は桔梗に天罰が下ることなどありませんように、と心の底から祈る羽目になった。
「キョウちゃん、おめでとう!」
「結婚おめでとー!」
「末永くお幸せに!」
氷室と桔梗を、参列者達がフラワーシャワーで出迎える。
ひらひらと宙に舞う花びらが、風に拭かれてバージンロードに落ちていく姿を見つめながら──。
氷室と桔梗は、結婚式を終えた。
結婚式が終われば、披露宴、二次会と続いていくのだから息継ぎをする暇もない。
参列者達と記念撮影を行う為に小さなブーケを手にした桔梗は、写真撮影を終えると式場スタッフの声掛けにより、氷室を隣に伴いチャペルの出入り口前に立つ。
これから桔梗は、幸せのお裾分けをするため手にしたブーケを空に放つのだ。
「これより、ブーケトスに移ります。新婦様は、合図と共に後ろを向いて、ブーケトスをお願い致します」
式場スタッフの指示により、独身女性と小さな子どもたちが、背を向ける桔梗の元へと集まっていく。
花嫁が投げたブーケを受け取ったものは、次の花嫁として幸せが訪れる。
祝福のおすそ分けとは、よく言ったものだ。
桔梗は宇都宮鏡花にブーケを渡したいと、氷室に打ち明けていた。
彼女はブーケトスに参加するつもりはなかったようだが、焔華に背中を押されて人混みからはやや外れた場所に立っている。
運動があまり得意ではない桔梗は、望みの場所へブーケが飛んでいくよう事前に練習して感覚を掴み、この日を迎えていた。
「それじゃあ、いくね!」
桔梗の掛け声と共に、勢いよくブーケが高く投げられ、後ろへ飛んでいく。
桔梗の隣で参列者に背を向けていた氷室は、桔梗の手からブーケが離れたことを確認すると、参列者の方へ向き直り、ブーケが飛んで行く方向に視線を向けた。
女性たちは怪我を防ぐためなのかほぼ直立不動で、桔梗の投げたブーケはまっすぐにある人物へ向かっていった。
「おめでとう!今度は、あなたの番よ!」
桔梗のブーケを受け取った女性は、呆然と手元にすっぽりと収まったブーケを見つめていた。
「……え……」
宇都宮鏡花は恐ろしく影が薄い。
氷室と桔梗は彼女から随分と距離があり、か細い声が氷室の耳に入るわけもないのだが。
ブーケを受け取ってもまったく嬉しそうにしている様子のない彼女は、焔華から背中を叩かれて声をかけられても、浮かない顔で笑顔の桔梗を見つめていた。
「嫌がってないか」
「大丈夫。二次会で、あとはきーちゃんがうまくやってくれるから」
顔面蒼白で、絶望しか感じられないあの顔が。
花の綻ぶような表情へ変化することなどあるのだろうか?
氷室は笑顔の桔梗へ水を差すわけには行かず、鏡花ちゃんばっかり見ていないで、私のことを見てと懇願してきた桔梗に、視線を向けるのだった。




