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1月29日・2月25日:大団円に向かって(桔梗)

  ──1月21日


 新年が始まり、第1回目の国会で。

 反対意見を多数決で押し切り、かなり強引に天門総合病院病院臓器売買事件の際に制定された悪魔の子迫害法律は撤廃された。

 悪魔の子迫害法律が撤廃された途端に、待っていましたとばかりに天門総合病院が正規の手順を踏み、悪魔の子に移植手術を行ったことは、桔梗が婚姻した時以上に大きく取り上げられた。

 悪魔の子に同情的な人々は法律の撤廃を喜び、悪魔の子が生きているからこそ大切な人を失った人々は、再び悪魔の子迫害法律を制定しようと動き出す。


 金と権力、圧力や利権。


 様々な欲望が渦を巻き、どこもかしこも大荒れな状態だ。

 混乱に乗じて紗雪が行方を暗まし、手術を受けるには最も適した状態であると判断した古賀は、警察病院で手術がしたいと希望する。紗雪は加害者の娘だが、加害者そのものではない。

 警察病院は原則、罪を犯した人間を治療する場所だ。

 紗雪の移植手術を行うのに適した場所ではないと上層部と散々揉めた後、彼女に何かあれば獄中の父親が黙っていないと無理やり例外を認めさせ──紗雪は愛する人と共に移植手術へ望む。


「さーちゃん!」

「キョウ、ちゃん……来てくれて……ありが、とう……」


 桔梗はスケジュールに合間を縫って、どうにか手術直前の紗雪と顔を合わせることができた。

 最悪の場合はこのまま帰らぬ人になると考えれば、死にたがっていた紗雪も恐ろしくて堪らないのだろう。桔梗は紗雪の手を握りしめると、紗雪へ叫ぶ。


「さーちゃんが元気になるまで、結婚式はしないから!」

「それは……責任、重大、ね……」

「絶対生きて帰ってくるのよ。あの変な人と一緒に、結婚式に出席すると約束して」

「……古賀さんは……変な人では、ないわ……」

「変な人だよ。さーちゃんのことお姫様扱いするし、鼻息荒くてキモいもの」


 桔梗が古賀を批判すれば、紗雪は握った手を離すように告げると優しく桔梗の頭を撫でた。


「キョウちゃん……。預かっていて、貰えないかしら……」


 紗雪の耳につけられていた雪の結晶を象ったイヤリングを、桔梗の返事を待たずに握らせる。

 そろそろ手術室へ向かう時間だと、看護師が紗雪を呼びに来たからだ。


「わたしが元気になったら……返しに、来てくれると……うれしい、わ……」

「うん。絶対、返しに来るからね」


 雪の結晶型イヤリングを受け取った桔梗は、紗雪の手術が無事に終わることを願って仕事に打ち込んだ。

 氷室と結婚した桔梗は芸能界を引退し、主婦として沖縄で生活するつもりだった。


(氷室先生に会いたい……)


 氷室が側にいたなら、紗雪の手術が成功するまで、不安で仕方のない桔梗を抱きしめてほしいと強請っていた所だ。

 どんなに会いたいと願っても。手を伸ばしても届くような距離に氷室はいない。

 氷室の妻になることはできても、何もかもが桔梗の望み通りに行くわけではないのだと思い知らされている。

 桔梗は仕事を終えて自宅に戻り、吉更と顔を合わせるまで生きた心地がしなかった。


「ひでぇ顔」

「きーちゃん……」

「ただいまの挨拶が先だろ。焔華さんに怒られんぞ」

「……だって、さーちゃんが……心配で……」

「安心しろ。どちらも無事だ」

「変な人も……問題なかったの……」

「問題あった方がよかったのかよ」


 折笠古賀は、紗雪の旦那だ。

 紗雪がこの世界で生き続けるために、必要な肝臓を持っている人。

 紗雪にとっての大切は、長い間桔梗と吉更だけだった。

 桔梗は不測の事態が訪れない限り、紗雪の命が奪われるようなことなどなくなったことを喜ばしいと感じると同時に、大切にしていた姉を古賀に奪われたような感覚を抱いている。


(さーちゃんは、お友達。お姉ちゃんではない……)


 年齢だけで上下関係を語るのならば、紗雪が姉であり、桔梗が妹だ。

 病に冒されていた紗雪は、桔梗へ姉のように振る舞うことはなく、友人であろうとした。

 それは互いに既婚者となった今も変わらない。


「さーちゃんが元気になったら……お姉ちゃんと……呼ぼうかな……」

「はぁ?何言ってんだよ。血縁関係なんざねぇくせに。今のままでいいだろ」

「いいのかな……」

「姉と呼ばなくたって。昔から桔梗はあの女を、姉として慕っていたろ」


 吉更に指摘された桔梗は、ぽかんと口を開けて間抜けズラを披露する。

 桔梗と吉更は双子だが、全く同じ答えを出すことの方が稀だった。

 桔梗が凝り固まっている固定概念を、吉更は何気ない会話で破壊していく。

 桔梗は不器用で、自分が決めたことは絶対曲げない。

 吉更にだって桔梗と似たような一面は隠されているが、吉更の方が柔軟に対応できるのだ。

 桔梗は自分と似ているけれど、完全に一致はしない吉更が羨ましくもあり、一時的に彼へなりきることはできたとしても、吉更そのものにはなれないことをよく理解していた。


「きーちゃんは、私が氷室先生のお嫁さんになっても変わらないのね」

「当然だろ。桔梗が氷室先生の妻になったとしても、俺の姉ちゃんであることは変わらない。あの女を心配しすぎて、当たり前のことすらも考えられなくなったのか。このぽんこつ」

「あいたっ。きーちゃん、痛い……」

「愛想尽かされないようにしろよ」

「私を誰だと思っているの?」


 桔梗はこの世に生を受けた瞬間から、両親に悪魔と蔑まれた女だ。

 桔梗は愛する人の前で、自分自身を悪魔と認めることはない。

 氷室と焔華が、天使だと称してくれたから。

 けれど……。

 数分違いで生まれ、天使と称された吉更にだけは、桔梗は胸を張って口にできる。


「私は悪魔。氷室先生を狂わせる、運命の女(ファム・ファタール)

「……女ってほんと怖ぇわ……」


 肩を竦めた吉更の後ろに続いた桔梗は、氷室が共に暮らしていないのをいいことに、くすりと歪な笑みを浮かべた。


 *


 紗雪の手術が終わり、退院の目処が経ったと聞かされたのはそれから1ヶ月後のことだ。


 ――2月25日。


 桔梗は仕事の合間を縫って、預かっていたイヤリングを返すために病室へ姿を見せた。


「さーちゃん!手術成功、おめでとう!」

「ありがとう……キョウちゃん……」

「5月のGWに、結婚式をするの。さーちゃん、約束通り出席してくれる……?」

「ええ……もちろんよ……」


 氷室は結婚式に消極的で、桔梗も身内だけ集めて簡略的な式を上げようとしたのだが、焔華と鈴瑚が大反対したのだ。


『どうせやるなら派手婚にしなさい』


 焔華に凄まれた桔梗は、結婚式から披露宴までのスケジュールを一日掛かりで行うと決めた。


「さーちゃんは、結婚式しなかったよね。しなくていいの?」

「番組で……ウエディングドレスを着て……挙式の真似事をしたから……それだけで、十分よ……」


 紗雪は恋愛ドキュメンタリー番組を通じて、古賀と愛を深めている。

 愛を深めたといえば聞こえはいいが、紗雪は生き残るために、誰か一人を必ず選ばなければならなかった。

 紗雪が古賀を選んだのは、現役の警察官だったからだ。


(さーちゃんのことをプリンセスなどと呼ぶ電波男に恋をするなど、気が狂っていなければ難しい)


 紗雪は父親が数百人もの命を奪った殺人犯であると知っても、狂うことなく必死に生きようと足掻いていた。

 古賀から臓器を受け取り、命が助かった以上は、共にいる理由がない。


(ほとぼりが冷めた頃、離婚するに決まっている……)


 口には出さないが、桔梗は内心紗雪と古賀そう遠からず離婚するのだろうと考えていた。


「キョウちゃん……。わたしにできることがあれば……。なんでも、相談して……ね……。わたしは、白雪先生と、キョウちゃんに……命を救われたの……」

「私は何もしていないよ」


 10年近く前。

 氷室が臓器売買事件を暴かなければ――桔梗と吉更、どちらかの肝臓は紗雪の一部として動いていたはずだ。

 紗雪はもっと早くに、身体の鈍い痛みから解放されるはずだった。

 桔梗が氷室と添い遂げたいなど、不相応な願いを抱いたから。紗雪にしなくていい苦労をさせてしまった。

 紗雪へ恩返しをしなければならないのは、桔梗の方だ。


「これからは……さーちゃんのしたいこと、我慢しないで、変な人に叶えてもらって」

「……ありがとう……。キョウちゃんも……白雪先生と、幸せに……ね……」


 まるで今生の別れにも聞こえる言葉を口にした紗雪と桔梗は、くすくすと声を上げて笑いあった。

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