31日:ファンに向けた、大切なお知らせ
『殺人犯を警察に突き出した勢いで婚姻届けを提出した!?あんた何やってんの!?』
「焔華さん下品……」
『下品なのはあんたの方でしょうが!』
――12月31日、朝6時36分。
目ざまし時計で時刻を確認した氷室は、電話越しで叫ぶ焔華の怒声により目が冴えた。
桔梗が婚姻届を提出してから、あと半日もすれば丸一日経過するこの状況で連絡してくるとは、随分と情報が遅い。
(年末年始は、何かと忙しいのか……)
Imitation Queenの現役アイドル達と、弟グループとも呼べるinvisible kingのプロデュースに、引退していった元アイドルたちの面倒まで見ているのだ。
12月31日の夜には赤白歌合戦が控えている。
焔華の担当する2グループも当然出演するため、準備やらなんやらで忙しいのだろう。
『あーもう……こうなったら、マスコミに嗅ぎつけられる前にあんたの口から説明しなさい』
「動画配信サイトで、生放送でもするの?やだ。氷室先生の側に居られる貴重な時間を削って、ファンに自分の口で説明するなんて……氷室先生も出演してくれなきゃ……」
『大炎上するようなことを、あたしが商品に命じてやらせるわけがないでしょう。あんたは今から、プレスリリースを作るのよ!』
「キャッチアンドリリース……?」
桔梗は横文字に首を傾げ、小さな声で呟いた。
氷室でも聞き覚えのある単語を知らないとは、大丈夫なのかと心配になりながら、怒り狂う焔華の声を聞き、ゆっくりと氷室は上半身を起こす。
『大切なお知らせ、ご報告……。ファンが最も嫌がる単語を、突きつけてやりなさい』
「あっ。私も見たことあるよ!Imitation Queenの前プロデューサーがメンバーと不倫してクビになる報告したり、虹花さんの卒業と、私が合格したオーディションの開催を発表してたやつだ!」
『……当時のことは、思い出したくもないわ……』
焔華が泣き言を口にする機会は、そう多くはない。
相当大変だったのだろう。
氷室はなんとも言えない難しい顔をしながら、ベッドの上に置かれた桔梗のスマートフォンを見つめた。
『正午ピッタリにSNSで発表するわよ。こっちもFAXで関係各所に送り付けてやるから。内容はあんたの旦那によく精査して貰って、事務所のアドレスに送信しなさい』
「ええ……私、お休みなのに……。お仕事するの……?」
『旦那とイチャつきながらでも、文字入力くらいはできるでしょうが。10時までに作成しなさい。いいわね?』
「ええ……めんどくさい……」
『あんたが思いつきで結婚したせいでしょーが!あたしだって暇じゃないのよ。余計な仕事を増やさないで!』
「ごめんなさーい」
桔梗は焔華から逆ギレされると、やや棒読み気味に謝罪をして通話を終えた。
「氷室先生、ごめんなさい……。うるさかった……?」
目を合わせた桔梗は、申し訳無さそうに氷室を見上げる。
桔梗に悲しそうな表情をしてほしくなかった氷室は、小さく首を横に振ると桔梗の頭を撫でた。
「大丈夫だ。おはよう、桔梗」
「おはよう、氷室先生」
とびきりの笑顔で挨拶をし合った氷室と桔梗は、世界で一番幸せな朝を迎える。
(夫婦になったのだから、これからは毎日のように。こうして幸せな日々を桔梗と歩んでいけるのか)
美月に置いていかれ、一人眠れぬ夜を過ごした氷室と。
両親に迫害され、真っ白な病室で監禁されるように過ごしてきた桔梗にとっては、こうして朝目覚めて愛する人と挨拶をし合うだけでも幸福を感じることなのだ。
「俺に手伝えるようなことはあるか」
「膝の上と……ノートパソコン、借りてもいい?」
「もちろん」
氷室は桔梗を抱き上げて勉強机の前に移動すると、椅子に座る。
膝の上に桔梗を乗せると、机の上に置かれたノートパソコンをセッティングし、桔梗が操作しやすいように調節した。
「ええと……まずは……」
桔梗は文章作成ソフトを立ち上げると、インターネットに接続して様々な結婚発表の文章を確認していく。
「もう。どうして画像データばかりなの?」
桔梗は検索サイトのニュース記事から書き起こされた文字を引っ張ってくると、文章作成ソフトに貼り付ける。
(声明文が画像データなのは、桔梗のように丸コピして発信するやつがいるからじゃないか……)
氷室は桔梗が作業する様子をじっと見つめながら、内心呆れていた。
自分で1から文章を考えるのではなく、使えそうな所はどこからか切り貼りして持ってくる。
今どきの若者らしい行動だ。
著作権やらなんやらの問題からしても、そうした行動は褒められたものではないのだが……1から声明文を考えろと桔梗に命じてやらせるのは酷だろう。
桔梗の顔には、さっさと書き上げて氷室先生といちゃつきたいと書いてあるのだから。
「ええと……ここに、私らしい文章を入力して……」
桔梗はカタカタと、迷いのない動作でキーボードを操作し文字を入力していく。
出来上がった文章を確認した氷室は、目を見張った。
『私事ではございますが、愛知桔梗は運命の赤い糸に導かれ、12月30日にかねてより交際していた一般男性と入籍致しましたことをご報告致します。彼は私に、たくさんのいいことや悪いことを教えてくださり、優しく見守ってくださる、とても大切な人です。彼と世界で一番幸せな家庭を築いていけるよう、これからも精進して参ります。関係者、ファンの皆様に置かれましては、これからも愛知桔梗を陰ながら見守ってくだされば幸いです』
桔梗が打ち込んだ文にしては、ちゃんとしている。
ただ、このあと遠からず桔梗が引退を控えていると知る氷室は、彼女が無邪気に笑いながらファンに向けて凶器を振り回しているようにしか思えなかった。
いくら貢いでやったんだ、と応援してきたファンが怒り、後々遺恨が残るようなことがあっては堪らない。
そうした懸念から、氷室は桔梗にある提案をした。
「桔梗は最終的に、芸能界から引退するつもりだろ」
「本当は今すぐにでも引退したいけれど……。スケジュールは全部こなしてくれって、焔華さんが」
「この文面だと、桔梗が引退することになったのは、悪い男に引っ掛ったからだと後々騒がれないか」
「……旦那さまと明るい家庭を築いていきたいと書くのは、駄目なことなの?」
「駄目ではないが……」
桔梗は一般的に使われる例文だと、様々な具体例つきで氷室に文章を見せてくる。
そう怯える必要はないのかもしれないが、後処理のことを考えば、余計なことは書かずに無難に納めるべきだろう。
氷室は後半をすべてカットした文章と、全文そのままの文章を双方焔華へ送信するように命じると、目を瞑った。
「氷室先生はすごいね」
数時間後、文章を確認した焔華からの返信を確認した桔梗は、氷室を褒める。
なぜ突然すごいと褒められたのか理解できない氷室は眉を顰めたが、氷室の様子に臆することなく桔梗は理由を説明した。
どうやら焔華も、氷室と同意見であったらしい。
ドキュメンタリー番組で桔梗が探していた男と婚姻したと知られたならば、大きな騒ぎになる。
番組がスポンサーとして桔梗を抱え込み、この番組のお陰で愛知桔梗が結婚しましたと、広報担当として利用するならば話は別だが……年に数回放送される番組のお陰で婚姻できたのだと桔梗が大っぴらにした所で、メリットは少ない。
どうせ桔梗はすぐ、芸能界から足を洗うのだ。
たとえゴールデンのレギュラー番組が婚姻のきっかけだったとしても、大っぴらにする理由などない。
「氷室先生の言う事は、全部正しい。私を導く、私の神様……」
「俺の言葉がなんでも正しいと、鵜呑みにするのはやめてくれ。俺は自分の言いなりになる女が欲しくて、桔梗と婚姻したわけではない」
「氷室先生は、どうして私と婚姻してくれたの……?」
「俺は自分の頭で、考え行動する桔梗を魅力に感じた」
氷室の言う事だけに従い、行動する女に価値など見い出せなかった。
氷室が伴侶に求めるのは、口にしなくとも察して望む言動をする女だ。
お互いにぬくもりを求め合う桔梗と氷室は、ある意味で相性がよかった。
そうした気分でなくとも、桔梗は氷室をその気にさせるのが上手い。
桔梗がいない生活など、考えられないほどに――氷室は桔梗を愛してしまった。
「……私、生まれてきてよかった……」
生まれて来なければよかったと両親に呪われ続けた桔梗は、氷室から求められたことが嬉しくて仕方ないらしい。
死にたくて仕方ない桔梗から、生きていてよかったと言葉を引き出した氷室は、彼女の耳元で囁いた。
「生まれてきてくれて、ありがとう」
「どういたしまして!」
とびきりの笑顔で受け答えをした桔梗は、勢いそのままにファンへ向けて大切なお知らせを発信した。




