二度目の幕引き
「キョウちゃん……!」
「さ、紗雪様!?」
膠着状態の現場が、大混乱に陥った瞬間だ。
地面に倒れ伏す少女が立ち上がり、姿を見せた紗雪の名前を呼ぶと同時に、気が削がれた直道が藤井の腕から抜け出ようと行動を始める。
「老いぼれにオレが、黙って捕まるかよ……!」
「お生憎様。おじさんだって、坊主に負けるわけにはいかないよっと……!」
いくら年齢を重ねたとは言え、藤井は数々の修羅場を潜り抜けてきた歴戦の刑事だ。
下手に素人が加勢に入るよりは、まずは一般人である少女と桔梗の安全を図るべきだろう。
氷室は衝撃的な展開についていけないながらに、どうにか胸を抑える少女の肩を強引に掴んで、公園の入口へ誘導した。
「さーちゃん、パス!」
「え……っ」
立っているのもやっとな紗雪に銃を投げ渡した桔梗は、肉弾戦を続ける直道と藤井が気になるのだろう。
物珍しそうにぼーっと突っ立って見つめている。
(あの馬鹿……!)
身の危険を感じたら逃げろと言って聞かせたのに、今日の桔梗は氷室の指示通りに動く気がないらしい。
「ほら、やっぱり。本性を見せた」
「古賀さん……っ。わたしのことは……いいですから……っ」
「僕はプリンセスの盾となるべき存在です!お側を離れるわけには参りません!」
「なら、こいつも頼む!」
「白雪、先生……!?」
氷室は唯一戦力になりそうな警察関係者――紗雪の伴侶となった古賀の姿を見つけると、少女をついでに守るように命じてもう一度直道たちの方へと走り出す。
揉み合いになっている藤井はよく健闘しているが、いつ直道が藤井との乱闘を終えて桔梗に手を出すかわからない状態だ。
ぼーっと突っ立って最前線で行く末を見守るなど、とんでもない蛮行だろう。
氷室は桔梗を助けるために、慌ててカバーに入った。
「何をやっている!危ないから下がれ!」
「氷室先生。私ね、許せないことが一つだけあるの」
「相手は殺人犯だぞ!」
「殺人犯にだって、やっていいことや、悪いことがあるよね。だから……」
桔梗の声は明るいのに。
氷室が何度か恐ろしいと感じたことのある――感情の抜け落ちた表情で、ブレることのない真っ直ぐな意志を氷室へ告げた。
「一発殴るまでは、退かないよ」
「はっ。誰が誰を殴るって!?すっこんでろブスが!」
「お嬢ちゃん!」
「……っ!」
藤井を打ち負かした直道が桔梗へと歩み寄り、拳を振りかぶる。
氷室は咄嗟に桔梗を抱きしめて直道へ背を向けたが、待てど暮らせど背中に痛みがやってくることはなかった。
(どうなっている……?)
氷室が直道に背を向け、聞こえて来た音はアスファルトを走行する車輪の音と、ドカボコボコと誰か何かを殴るような音だけだ。
「俺とこいつと、氷室先生の分。殴ってやったけど、まだ側にいる必要があるわけ?」
「きーちゃん!」
吉更は紗雪と古賀を乗せた車を駐車場に停めてから、スケートボードに乗って公園へやってきたらしい。
桔梗に襲いかかろうとした直道の顔を思いっきり3発殴りつけた吉更は、スケートボードから降りて手に持つと、スケートボードの尖った部分を倒れ伏す直道へ向けた。
「ついでにスケボーで、ぶん殴っとくか」
「ちょいちょい。過剰防衛になるから、程々にね。公務執行妨害で緊急逮捕するから。退いた退いた」
藤井は直道へ罪状を叫ぶと、彼の手に手錠を掛ける。
最初から逮捕しておけばよかったのにとは思わなくもないが、警察官には様々なしがらみがあるのだ。無理強いはできない。
「どうしてあいつを連れて来た」
「ムショの中で死なれたら困るってさ。連れてきたのは、旦那がうるせーから」
「古賀か……」
妻の紗雪をプリンセスと呼び続ける古賀は、紗雪の忠実なる下僕だ。
氷室が念のため録音していた音声は、吉更のイヤリングを通じて筒抜け。
その音声が保存される場所を知っている紗雪ならば、リアルタイムで音声を聞くことはそう難しいことではない。
(弟が一緒なら、イヤリングの音声を共有していただけの可能性は高いが……)
大事に至らずほっとしながら、氷室は大人しくなった桔梗がこれ以上氷室の元を離れて大暴れしないように抱き上げた。
「藤井刑事!少しよろしいでしょうか!」
「……わっ。氷室先生、重いから……」
「大人しくしていろ。落とすぞ」
「最初から抱き上げとけばよかったんだよ。このじゃじゃ馬」
「むぅ。私は馬ではなくて人間だよ!」
「そんなの、わざわざ口にする必要ないだろ……」
双子の言い合いを眺めていれば、古賀経由で藤井に許可を取った沙雪が直道の前へと静かに躍り出る。
(騒いでいる場合じゃないだろ……)
氷室が桔梗の口を手で塞げば、何事かとしばらく彼女はむぐむぐと口を動かしていたが、吉更が桔梗へ話しかけるのをやめたことにより……騒いでいる場合ではないと気づいたようだ。
氷室は桔梗の口元を抑える手を離し、桔梗を抱き上げたまま紗雪の静かな声を聞き漏らさないよう、耳を澄ませた。
「申し訳、ありません……」
「は……っ。まだ生きているのかよ、死にぞこないが……」
「プ、プリンセスになんと無礼な……!」
「……古賀さん、いいの……」
「で、ですが!」
紗雪の旦那である古賀は、つばを吐き掛けた直道を見てワナワナと震えた。
いつものことだと動じない紗雪は、胸元に手を置いて申し訳無さそうに言葉を紡ぐ。
「……わたしは……あなたに殺されるならば……本望であると……考えていました……」
「今すぐここで死ねよ」
「……それはもう、できません……」
生きることを諦めていた紗雪ならば、わかりましたと頷いてもおかしくなかった場面だ。
紗雪は左右に首を振ると、直道に向かって宣言をした。
「わたしは……父の罪と自らの罪を背負い、生きると決めました……」
「だからオレも罪を償って生きろって?馬鹿じゃねーの!?何が何でも、死んでやるよ。どんなに時間がかかったとしても。お前が生きると決めたことを、後悔させてやる……!」
「わたしは、あなたの罪も……背負って生きていきます……」
「勝手にしろ」
これから直道は、罪を償うことになるだろう。
どんな事情があったとしても、殺人を冒した事実は変えられない。
彼に反省の色が見られなければ、最悪の場合は死刑が求刑されることもあるのだから、紗雪に生きろと命じられても、叶えられないこともある。
「プリンセス……」
「……白雪先生、ありがとう……ございました……」
それでも、彼女は願わずにはいられないのかもしれない。
彼が殺人犯になったのは、自身の父親がある少年を殺害したことが原因なのだから──。




