銃を手にした桔梗
「はいはーい。そこまでだ。その子に手出しはさせないよ?」
「……っ、誰だ!?」
「あれ?おじさんの顔、見覚えない?君とは何度か、顔を合わせたことがあるよね?天門総合病院で」
「……てめぇは……!」
懐から銃を取り出し、銃口を少女に向けた直道の左手を掴んだ藤井は、人当たりのいい笑顔で彼へ語りかける。
藤井が刑事であることに気づいた直道の気が削がれているうちに、ジリジリと少女と距離を縮めた氷室は、桔梗に少女の手を強引に引っ張り上げてベンチから立たせようとする。
「ぁ……っ」
腰が抜けてしまっている彼女は強引に手を握る桔梗の動きについていけず、ベシャリと地面に転がってしまった。
「なんで、邪魔すんだよ!」
「長年共に過ごしたどうでもいい存在より、愛する人を優先するのは当然のことでしょう」
「どうでもいいだと……!?オレはてめぇのためを思って、忠告までしてやったのに……!」
「ああ……あのお題……あなたの仕業だったの」
桔梗は少女が怯え正常な判断ができないことをいいことに、普段よりも低い声で直道と話をしている。
この場にいる誰かが桔梗の名前を口走らない限り、変装している桔梗の正体が露呈することはないだろうが、いつ手違いで直道の手にする銃口が桔梗へ向かうかなどわかったものではない。
(危険な真似をするなと俺に釘を刺すくせに、自分の身は一切顧みないのは考えものだな……)
桔梗が直道を刺激しないように、氷室は祈るしかなかった。
「望み通り、てめぇの秘密を白日の下に晒してやるよ!てめぇが天使の子と呼ばれるべき人間であることや、双子の弟と入れ替わっていたこと、友人の死を悲しむことなく男に現を抜かす畜生だってことをな……!」
「どうやって?」
「あぁ!?いくらでもやりようはあんだろ!?」
「刑事さんに拘束されていることを忘れるほど、頭の出来がよくなかったとは思わなかった」
「このクソアマ……!」
「そのクソアマを10年近く好きで居続けて、人生を棒に振った気持ちはどう?殺人犯さん」
氷室の心配が、的中した瞬間だった。
地面に倒れ付す少女は、直道が殺人犯であると知り顔を真っ青にしている。桔梗は桔梗でベンチに座る直道を見下してはバカにしたような笑みを浮かべた。
(いくら藤井が抑えているとは言え、銃を所持している男を煽る馬鹿がどこにいる)
直道を抑える藤井がいなければ、今頃桔梗は心臓を貫かれ、命を落としていただろう。
「あまり煽るな」
「だって……」
氷室が桔梗の耳元で囁けば、彼女はくすりと花が咲くように笑った。
氷室は桔梗の笑顔に見慣れているが、直道は桔梗が作り笑いを浮かべる姿しか見たことがない。
「てめぇ……!」
「こらこら。危ないから。だめだぞ、人に向けちゃ……」
怒りを顕にながら銃口を氷室へ向けよようとした直道は、藤井と揉み合う藤井の拘束から抜け出ようとする。
膠着状態が続いていることをいいことに、氷室は直道へ問いかけた。
「正路直道だな」
「あぁ!?」
「8年ぶりか。随分大きくなった」
「うるせぇ。てめぇに子ども扱いされたかねーよ!」
敵意を顕にする直道は、先程まで少女と穏やかに会話していたのが嘘のように氷室を怒鳴りつけてくる。
氷室と桔梗にとっては大騒ぎする直道こそが、子どもの頃から見慣れた直道の姿だ。
好青年の皮を違和感なく被れるようになった未来ある若者が、すでに複数の命を奪っているのかと考えれば、氷室もどのように話を切り出せばいいのか分からなかった。
「恨むべきは、臓器を移植された人間の方なのか」
「あたりめーだろ!?こいつらがあいつの臓器と適合しなければ!あいつが殺されることはなかった!」
「あの少年が殺害されたのは、天門総合病院の件を嗅ぎ回っていた俺への牽制だ」
「……何が言いたいんだよ……っ」
「あの日少年が殺害されたのは、俺がいたせいなんだよ。俺があの病院で事件を嗅ぎ回っていなければ、彼女がこうして生きていることもなかったかもしれない」
「は……っ。自殺志願者かよ……?どいつもこいつも、人の命で生き長らえている奴の味方ばかりしやがって……!」
もっと早くに。
名無組の組員から直道が銃を奪う前に、氷室が彼と向き合い――この言葉を口にしていたなら。
桔梗から逃げることなく、天門総合病院で働き続けていたのならば。
彼は殺人を犯すことはなかったかもしれない──。
「てめぇはいいよなぁ!?天門総合病院の事件を解決した英雄扱い!芸能人の女まで手に入れて!今更言われたってなぁ、遅いんだよ!」
「悪かった」
氷室の人生は、後悔ばかりだ。
それでも罪を犯すことなく生きてこられたのは、美月と桔梗が側にいたからだった。
(こいつにとって俺は、成功した人間だ。何を言っても、俺の言葉は届かないかもしれない……)
自己満足であると認識していても、氷室は頭を下げ続けることしかできない。
「くそが……っ。てめぇに謝罪される筋合いはねぇんだよ!てめぇが謝罪した所で、あいつの命が戻ってくれば……今更……4人も殺して……っ。ここで終わって堪るか……!」
「こんなことして。天国であの子が、喜ぶとでも思うの?」
「知らねーよ!天国なんざあるわけねぇだろ!?」
桔梗に問いかけられた直道は、彼女を怒鳴りつける。
思わず頭を上げた氷室は、こてりと首を傾げ彼と目を合わせた桔梗を視界に捉えた。
(まだ煽り足りないのか……)
氷室の前に出ようとする桔梗を止めるより早く。
彼女が口にした言葉は、氷室が直道に問いかけようとしていた言葉だった。
「氷室先生に謝罪させて、あの子を自分の手で殺して回るのは、楽しい?」
「オレがあいつを殺して回る……?そんなわけねぇだろ!?オレは、」
「あなたが殺した4人の身体には、4つの臓器が移植された。あの子は形を変えて生きていたのに」
「あいつの形をした人間じゃなきゃ、生きているとは言えないだろ!?」
「この子の心臓は、あの子のものよ」
桔梗の静かな声が、辺りに木霊する。
歯を食いしばる直道は、桔梗の言葉を噛み締めているのだろうか。
氷室と藤井、そして倒れ付す少女は蚊帳の外に追いやられ、年若い二人の言い合いを眺めることしかできなかった。
「一度は活動が止まりかけた心臓は、この子に移植されて再び活動を始めた。あなたがするべきことは、復讐のために殺して回ることではない」
「なら、オレに……っ。オレは、この女を!どうしろって言うんだよ……っ。どうすればよかったんだ……っ。どいつもこいつも、オレのやったことが間違っているって言うけどよ……!間違ってんのは、あのクソ野郎だろ!?」
直道の手から拳銃が溢れ落ちた。
その拳銃は、コロコロと転がって桔梗の足元までやってくる。
(桔梗?)
しゃがみ込んだ桔梗は、当然のように足元へ転がっていた拳銃を手に取ると、手慣れた手付きで銃弾を数え始めた。
「ふーん。残り2発か……。百発百中のガンマンね。流石はFPSの大会で、そこそこ名の知れたプレイヤーなだけはある……」
「オレと刑事を殺せば、てめぇの勝ちだ」
「刑事さんを射殺する理由はないけれど、あなたを殺すのは悪くないよね。バーンと一発。心臓を貫けば、あなたは終わり」
「おい、嬢ちゃん……。あんたも犯罪者になるってのかい?」
「ねぇ、氷室先生。私がこの人を撃ち殺したとしても。私を愛してくれる?」
笑えない冗談にも程がある。
この場で愛すると宣言しようものなら、桔梗が直道を銃殺する危険性が高まり、愛することはないと口にすれば、手に持った銃で打たれかねない。
(何を考えている……?)
このまま桔梗が銃を所持し続ければ、藤井の呼んだ応援が犯人と勘違いしてしまう可能性がある中、彼女は銃を構えて直道に問いかけ続ける。
「あなたと勝負するつもりはないけれど、まだ聞いてないことがあるよね」
「まだオレに、惨めな気持ちを味わえって言うのかよ……もういいだろ。オレは終わりだ。殺したきゃ殺せ」
「あなたは自分の無力さに耐えきれず、あの子のためにできることは復讐しかないと思い込んで先走っただけ。気狂いでもなければ猟奇殺人犯でもない。普通の、どこにでもいる、友達思いの男の子」
「だから何だよ」
「あなたの狂気は、その程度ではないでしょ。あなたきっと──」
バタバタと複数人の足音が公園の入口から聞こえてくるが、氷室はけして直道から目を離すことはなかった。直道は単独犯のつもりで桔梗は接しているが、天門総合病院の院内学級に入院していた生徒たちが、彼を助けるために乱入してきてもおかしくないと思っていたからだ。
何を思ったのか。桔梗は銃を直道に向けたまま、入口の方へ身体を向ける。
やはりまだ、桔梗に気があるからだろうか。桔梗と話をしていた直道も釣られるように公園の出入り口に視線を向け――この場に現れるはずのない人物を確認してしまった。




