今後の方針
「お兄様!銃を所持していて、様々な方法で悪魔の子を殺しまわっている男と対峙するおつもりですか!?」
「そうだ」
「危険です!これらの情報をまとめて本部へ報告し、お兄様は身を引くべきです!」
「正路直道を、生かしたまま捕らえることができるのか」
「警察を舐めてもらっては困ります!武装した精鋭部隊であれば、造作もありません!」
「……どうだかな……」
話が完全に通じない相手であれば氷室もお言葉に甘えて手を引くが、この状況で藤井以外の信頼できそうにもない警官へすべての情報を渡すわけにはいかなかった。
(正路直道には、理性がある)
桔梗を怒鳴りつけることはあっても、理性を失い彼女を射殺することもなければ、ナイフで切りつけることもしていない。
桔梗は直道と言い争っただけで、五体満足でこの場にいる。
銃を持っている相手に、丸腰で向かうバカはいない。警察はまず、銃を手放すように訴えかけるだろう。警察の言葉を無視すれば空へ空砲。
それでも銃を手放すことがなければ、心臓目掛けて発砲してくる。
対話する余地があるなしなど関係なく、銃を持つ凶悪犯だと決めつけて。
「詳細な画像をモニターに表示させることなく、調べた内容を教えてくれ」
「お兄様!ですが……っ」
「頼む」
「……もう。後悔しても知りませんわよ」
氷室に促された鈴瑚は淡々と説明を始める。心臓・肺・肝臓・腎臓・膵臓。
5つの臓器を移植された5人のうち、肺・肝臓・腎臓・膵臓を移植された人々が亡くなったことが確認された。
腎臓を移植された男だけは名無組が関わっていることもあって大々的に報じられていないが、肺・肝臓・膵臓を移植された3人は悪魔の子連続殺人事件で亡くなっているとすでに報道されている。
悪魔の子連続殺人事件で殺害されているのが、亡くなった少年の臓器を移植された人々であると警察が掴んでいてもおかしくないはずだが……正路直道は、桔梗と会話できる状態で野放しにされていた。
「悪魔の子連続殺害事件について、警察はどこまで把握している」
「捜査状況の漏洩は、たとえ身内でも不可とされていますわ。わたくしの首が飛んでしまいます」
「そんなもの。今更だろ」
警視庁のデータベースへ勤務外にアクセスしておいて、その言い草はないだろう。
鈴瑚のことだから当然足がつかないように偽装はしているのだろうが……。
氷室の胸元から顔を上げてモニターを見つめた桔梗は、瞳を潤ませて鈴瑚を見つめる。
「鈴瑚お姉様……」
「うぅ……っ」
氷室は桔梗の潤んだ瞳で全てを理解した。
(なるほど。泣き落とし作戦か)
鈴瑚を懐柔したのは、演技力のなせる技だ。
桔梗の涙目によりまんまと彼女の手に落ちた氷室が言えたことではないが、さすがは血を分けた兄妹だと思わずにはいられなかった。
「……警察関係者は、悪魔の子連続殺人事件の解決には消極的です」
「なぜだ」
「悪魔の子は死んで当然だ、と──。一切の治療を禁じられる法律が制定されたでしょう。犯人を逮捕しようものなら、警察の名が地に落ちる」
「犯罪者を野放しにして、悪魔の子を殺しまわってくれた方がいいとでも言うのか」
「結論から言えば、そうですわ」
正路直道は、悪魔の子ならばなんでもいい無差別殺人犯ではない。
倫理的にはどうかと思うが、彼が無差別殺人犯であれば双方win-winの関係で、誰にも知られることなく邪魔な存在を始末できるのだ。
警察は笑いが止まらないことだろう。
「そう遠くない未来、悪魔の子の差別法律は撤廃される」
「お兄様がお祖父様に頼み込んで、あれこれ動いているのは知っています。早ければ年明けにも結果が出るでしょう。ですが、タイミングによっては、死刑になりますわよ」
正路直道は17歳だ。
成人年齢が引き下げになった以上、18歳となれば大人と同じように罪を償うことになる。
現行の悪魔の子迫害法律が制定されたままであれば、彼は死ぬべきである悪魔の子に天罰を下した英雄として、崇められることもあるかもしれない。
けれど。
悪魔の子迫害法律が撤廃され、成人を迎えた後に彼が罪を償うことになれば、4人も殺傷しているのだから重い罰が下るだろう。
(天門紗雪に一刻も早く臓器移植を受けさせるためには、悪魔の子迫害法律を撤廃するのは急務だ)
天門紗雪を生き長らえらせ、正路直道に罪を償わせるためにはやはりスピード勝負になる。
「死刑にはさせない。500人近く殺害した男が無期懲役ならば、10分の1手をかけた未成年の殺人犯へ死刑の判決が下るわけがないだろ」
「お兄様、一つ問題があるのです」
「問題とはなんだ」
「この男の両親は、権力者なのですよ。父は警視総監、母は教育委員会会長……」
「ふん。俺たちの爺さんは先祖代々国のために尽くしてきた国会議員だぞ。権力バトルならば、勝つのは俺たちに決まっている」
氷室は権力にかさをかけ、金でモノを言わせるタイプではない。
鈴瑚だってそうだ。
権力の力を借りることなく、自分たちの力で歩いてきた白雪兄妹が、今更権力者に恐れる必要などない。
「……怖いのか?失敗すれば、身内が犯罪者に仕立て上げられる可能性だってある。警察をやめることになるなら、権力を恐れることは当然のことだ」
「わたくしは……恐れてなどいませんわ!誰もが自分の身可愛さに手を出さない男へ、一介の医者が手を出すなど。考えられないと言っているだけです!」
「安心しろ。俺の得意分野だ」
天門総合病院の件だって、そうだった。
内部の人間は誰もが院長の権力に恐れ慄き、言いなりになっていたのだ。
氷室が声を上げなければ、今頃罪なき入院患者がレシピエントとして切り刻まれ、悪魔の子に移植されていたに違いない。
氷室は納得の行かない様子の鈴瑚ではなく桔梗へ目を向けると、彼女に問いかける。
「桔梗。正路直道がしたいことは、復讐だな」
「……そうかもしれない……」
桔梗は直道がどうなろうともさして気にするようなことでもないらしく、氷室の胸元によりかかり小さな声で同意した。
「……お前の友人に、罰を受けさせることになる」
「私の友達は、さーちゃんだけだよ。さーちゃんが怖い目に合うことがなくなれば……何してもいい。氷室先生……。怪我だけは、しないで。私も一緒に行くから。ずっと一緒にいて……」
「ああ」
1108号室の少年が亡くなったのは、氷室が院長に罪を自供させるまで時間を掛けすぎてしまったせいだ。
(亡くなった少年の臓器を移植された悪魔の子で、生きているのは心臓を移植された少女のみか……)
氷室は、マップ上に表示された一人の少女の写真と名前を記憶する。
(8年近く掛かって、あの時のミスを精算する時が来たのだと思えば、悪くはない)
諸悪の根源は、すでに塀の中。
氷室が冒したミスを清算したとしても、院長や直道に殺害された人々の命は戻らない。
(直接的にではなくとも、間接的には俺も殺人をおかしているようなものだな……)
桔梗は氷室がその言葉を口にすれば、絶対にそんなことはないと口にするだろう。
(清廉潔白ではないのは、似たもの同士だったか……)
桔梗はその身にいくつもの秘密を抱える女だ。そして氷室の心にも。
桔梗へ打ち明けられない秘密があると気づいてしまった。
(運命の赤い糸、か……)
氷室は運命など信じていないが、運命の赤い糸に導かれたのは、事実かもしれない。
「……氷室先生?」
「不安にさせたな」
氷室は桔梗を抱き上げると、鈴瑚の部屋から退室した。




