事件を紐解け
正路直道、17歳。
都内の男子校に通う高校2年生。
身体が弱く、長年天門総合病院に入院していたが、天門総合病院臓器売買事件後は完治し普通の男子学生として日常生活に戻った……。
これが彼のプロフィールだが、それは氷室の願望が大きく反映されている。
天門総合病院の臓器売買事件の被験者である彼らが、桔梗のように病院から解放されーー第二の人生……それも幸せな人生を歩んでいると、信じ込みたいだけなのだ。
実際彼が歩んできた道は、氷室の願望通りに進むことはなかった。
「事件が公になった直後。週刊文冬が天門総合病院に、大金と引き換えに臓器提供者として管理されている子どもたちがいると記事を掲載しました。彼らは悪魔の子になぞらえ、天使の子と呼ばれています」
鈴瑚はパソコンのモニターに、当時の記事を表示させる。
記事に掲載されている白黒の集合写真に映る、院内学級の監視役として働いていた教師と子どもたちの顔には見覚えがあるが、その集合写真に桔梗の姿はない。
(一体どんな魔法を使ったんだ……?)
桔梗以外の子どもたちが実年齢と本名を顔写真付きで掲載されている以上、集合写真から桔梗だけを切り取った所で、院内学級に通っていた事実を隠し通すことなど難しいはずだ。
「天使の子どもと週刊文春に報じられたのは5名ですが、写真にはモザイクで隠された6人目が写り込んでいる。当時SNSではその人物が誰なのかと騒ぎになったようですが、表立って語られることはありませんでした」
「その件は調べるまでもないな。答えは桔梗の中にある」
「……あなたの?」
桔梗は作り笑顔を浮かべて頷くが、鈴瑚に説明するつもりはないらしい。
氷室は鈴瑚へ、週刊文冬が報道した内容が事実であると伝えた。
「天使の子と呼ばれる子どもたちは、桔梗と亡くなった少年を含めた7人。全員、病院内の院内学級に通っていた。集合写真のモザイクは、亡くなった少年だな」
「そうだよ。私はこの写真を撮影してほしいと頼まれたから、写真には映っていない」
「鈴瑚。この記事が出た直後、正路直道はどうなった」
「週刊文冬本社に乗り込んで、騒ぎを起こしています。警察に通報されて、厳重注意されていますね」
さすがに一言一句録音データが残っているわけではないが、事件当時の報告書は観覧できる。
モニターに表示された報告書には、直道の供述が一言一句漏れることなく記載されていた。
『天使の子とか称して顔写真と本名を掲載する暇があるなら、あいつが切り刻まれて誰へ臓器を移植されたのかを報じろ。お前らの大好きな悪魔の子について報じる気がないなら、金輪際俺たちのことは話題に出すな』
『──意味不明な供述を行ったため、厳重注意とした』
警察官には理解できなかったかもしれないが、記事を書いた担当記者と当事者ならば、その言葉の意味がよく理解できたはずだ。
院内学級に通っていた少年は、氷室が事件を解決する前に殺害されてしまった。
直道は週刊文冬が亡くなった少年の臓器が、悪魔の子と称され生き永らえたどこの誰に移植をされたのか責任を持って報じるように訴えかけたが、週刊文冬は応じることはなどかったようだ。
「彼は騒ぎを起こしてから、不登校になったようです」
「いじめか?」
「そうですね。天使の子と持て囃されるのが嫌だ、と本人が学校側に説明しているようですが……おそらく、本心ではありません」
鈴瑚は歯切れの悪い言葉を紡いだかと思いきや、すぐに取り繕った適当な言い訳であると断定しパソコンを操作する。
次に鈴瑚がパソコンのモニターに映し出したのは、亡くなった少年の顔写真と名前だ。
棒人間に近い人体の絵を元に矢印を引っ張り、どこの臓器が誰に移植されたかをマップ上に照らし合わせて表示した。
「これは……」
「天門総合病院の院長が違法な臓器売買に利用するため殺害した患者のデータは、全て病院内で厳重に管理されていました。どの臓器が悪魔の子に移植されたのか、詳細なものがデータ化されています。これはその一部ですわ」
「鈴瑚お姉様、これって警察関係者だけが見られるもの?」
「そのはずですけれど」
「……ちょっと待て。この男……」
モニターに表示されているマップは、心臓・肺・肝臓・腎臓・膵臓の5つが誰に移植されたのかが記載されている。
氷室はその中の一つ、腎臓を移植されたスーツ姿の男に注目した。
「腎臓を移植された男は、当時21歳の成人男性ですわね。指定暴力団名無組の構成員です。当時はしたっぱだったようですけれど、あれから7年近く経って、幹部にまで上り詰めたようですね」
「安否は」
「目撃情報でしたら……8月末で途切れていますわ。ここ4ヶ月ほど、公の場には姿を見せていないようですわね」
桔梗と氷室が顔を見合わせたのにはわけがある。
紗雪を銃殺しようとした犯人は、名無組から銃を奪って逃走しているからだ。
直道が亡くなった少年の臓器を移植された5人の顔写真と名前を、把握しているのならば──。
「正路直道は、闇雲に名無組の幹部を襲って銃を奪ったわけではないのか……」
「名無組の幹部から銃を奪った?なんの話ですか」
氷室は鈴瑚へわかるように説明する。1つ目の音声データに銃声が録音されていること。
その銃声は、名無組の幹部から奪い取った拳銃から生み出されたものである。
そう聞かされた鈴瑚は、目を丸くして何かを調べ始めた。
(火をつけてしまったか)
職業柄、鈴瑚に知らないことがあるなど許されない。
ものの数分で答えを導き出した鈴瑚は、モニターに別の情報を表示させた。
「9月20日水曜日、確かに名無組で小競り合いが起きているようですね。映像を出します」
鈴瑚が再生したモニターには、暗がりでよく見えないが、床に倒れ付す男の姿が映っている。
氷室はそれがそのような状況であるのか判断すると、じっと感情の読み取れない瞳で見つめる桔梗の顔を胸元へ押し付けた。
「鈴瑚、映像を消せ」
「この顔は……」
「鈴瑚!」
「氷室先生?どうしたの……?」
鈴瑚は目の前に現れた謎を解明するため、強い口調で鈴瑚の名を叫ぶ氷室のことなど気に留める様子もなく倒れ付す男の顔を拡大する。
滅多に怒鳴り声を上げない氷室が鈴瑚を呼んだからか、桔梗が氷室の顔を覗き見ようと胸元から顔を上げようとするのを防ぐため、より強く胸元へ押し付けた。
「氷室先生。く、苦しいよ……っ」
「大人しくしていろ」
「でも……」
「いいから」
「……うん」
桔梗にとっては、願っても見ない展開だろう。氷室自ら、胸に桔梗を押し付けているのだから。
(タイミングを間違えたな……)
好奇心旺盛な鈴瑚は、氷室の静止などお構いなしに亡くなった少年の臓器を分け与えられた人々の生存確認を始めてしまった。
「この人、あの人も。悪魔の子連続殺人事件の被害者ではないですか……!」
「……氷室先生。鈴瑚お姉様が調べていることって……」
鈴瑚から事件の名前が出てきて、桔梗も氷室が何を見せたくないのか理解したのだろう。
氷室は桔梗の背中を撫でてやると、もう少しだけ大人しくしているようにと小さく頷く。
悪魔の子連続殺人事件は、紗雪が行方不明になってから毎月1人のペースで起きている。
事件が起こるたびに警察は警備を厳重化しているが、500人近い悪魔の子に複数人護衛をつけるなど難しい。
事件が起きた現場付近で暮らす悪魔の子をひとまとめにして守るのがやっとで、厳重な警備体制の裏をかくようにして連続殺人事件の犯人は、様々な場所で手段を問わずに悪魔の子を殺害してきたのだ。
モニターには、鈴瑚が状況を把握するために必要な情報がところ狭しと並べられている。
桔梗にはとてもじゃないが直視させたくない、ニュース番組では報道規制が掛かるであろう映像や情報が山盛りだ。
全てを調べ終えた鈴瑚が氷室へ向かって叫んだのをいいことに、彼は鈴瑚へ苦言を呈することにした。




