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姉が駄目なら、妹になれ(桔梗)

(氷室先生の妹さん、あまりよく似ていないな……)


 氷室の妹、白雪鈴瑚とはじめて顔を合わせた桔梗は、血の繋がりがなのではないかと疑っていた。

 義兄妹ならば、氷室と桔梗の婚姻を大反対している理由がよくわかる。

 二人が添い遂げなければ、自分が氷室の婚姻相手として名乗りを上げられるからだ。

 エントランスで揉めに揉めた桔梗と鈴瑚は、30分間の休憩時間を挟み、女同士の絶対に負けられない戦いを開始する。

 殺風景な氷室の自室に連れてこられた桔梗は、鈴瑚がどのような人物であるかについて、まずは愛する人から情報収集を行うことにした。


「氷室先生の妹って、本当に血の繋がりがあるの?」

「間違いない。あいつは俺と同じ両親の元に生まれてきた」

「ふぅん。氷室先生と同じ産道を通って来たんだ……。私ときーちゃんみたいなものだね」


 口では吉更と同じ産道を通って生まれてきた桔梗と同じだと告げたが、心の中では全く同じであるとは考えていなかった。

 桔梗と吉更は、いつでもどこでも一緒の双子ではない。

 両親は桔梗を迫害していたし、男女の双子であることも相まって、一緒の時間を過ごし同じことを経験していたことは数えるほどしかなかった。

 氷室と鈴瑚がどの程度幼少期を一緒の過ごしたかなど聞きたくもないが、幼少期に散々氷室と共に過ごしてきたのならば、氷室とともに過ごす未来を譲ってくれてもいいのではないかと思わずには居られない。


 それをしたくないほど氷室が好きならば、堂々と氷室を好きだと伝えればいいのだ。


 それをせず、美月こそが氷室の相手に相応しいと声高らかに宣言するならばーー美月だけは鈴瑚にとって、氷室の伴侶に相応しいと思わせることがあったに違いないと推測した桔梗は、氷室に美月の話を振った。


「氷室先生の妹は、美月先生に特別な思い入れがあるの?」

「……そうだな。あいつには、同性の友達がいなかった」

「友達?」


 鈴瑚には、長らく同性の友達がいなかったらしい。彼女にとって美月は、初めてできた同性の友達だった。

 思い入れも人一倍で、友達が兄の妻になってくれたら毎日楽しく暮らせるに違いないと考えているからこそ、美月と氷室が添い遂げることに執着しているのだ。


「私はまず、妹の友達になればいいの?」

「信頼を勝ち取る必要がある」


 鈴瑚は氷室の妹だ。どれほど桔梗との婚姻を認めないと大騒ぎしても、法律的な縛りは存在しない。

 桔梗は鈴瑚に氷室との婚姻を認められなくても、どうでもよかった。


「私はあの子に祝福されることがなくたって、氷室先生を手放すことはないよ」

「すまない。俺には、俺たちの仲を認めさせなくてはならない理由がある」


 氷室は桔梗の手を離れないようしっかりと握り締め、理由を説明し始めた。


「鈴瑚は警視庁の秘匿データベースへアクセス権限を持つ。音声データのサンプルさえあれば、あいつを銃殺しようとした犯人がどこの誰であるかを把握できるはずだ」


 氷室は年末年始休暇の間に、紗雪を銃殺しようとした犯人と対峙しようとしている。

 一介の医者では、暴力団関係者が関わる事件の情報収集など簡単なことではないことから、鈴瑚が必要とされるのは明らかだ。


「氷室先生がさーちゃんを助けるために必要なら、頑張ってくるね」

「無理はするなよ」

「刺し違えてでも妹に氷室先生の仲を認めさせようとはしないから、大丈夫よ」


 刺し違えてでも。鈴瑚に氷室との仲を認めさせようなど思わないと告げたが、桔梗は自分に理がなければ動かない。

 氷室に握られた手を握り返し、潤んだ瞳を向けた桔梗は小首を傾げて、氷室へ強請る。


「その代わり……妹を懐柔したら、たくさんご褒美がほしいな」

「……ああ。考えておく」

「絶対よ?」

「……運命の赤い糸に誓って」


 氷室は運命の赤い糸に誓うと、桔梗の手を握り締める指先を唇に近づけた。


(なんだか変な感じ……)


 運命の赤い糸など信じていなかったはずの氷室が、鈴瑚の件で苦労を掛けると桔梗へ謝罪し口づけるなどおかしい。


「それじゃあ、行ってくるね」


 想像もしていなかった桔梗は、氷室の新たな一面が垣間見えたとご機嫌な様子を見せる。

 普段であれば、氷室が自ら率先して握りしめてくれた手を離すなど、考えられないとその場に留まるが──今回ばかりは、桔梗もそうは言ってもいられないだろう。


 桔梗は氷室の手を離して立ち上がると、意気揚々と戦地に赴く。


(氷室先生がもっと私を求めてくれるように、頑張らなくちゃ)


 氷室の部屋を後にした桔梗が廊下に顔を出せば、対面の部屋を背にした鈴瑚が桔梗を睨みつけていることに気づいた。


「改めまして、こんにちは。氷室先生の妹さん。元Imitation Queen5期生、愛知桔梗です」

「過去の栄光に縋るしかない女に、お兄様は相応しくなどありません」


 鈴瑚は桔梗が自己紹介をするまでもなく、桔梗の経歴を把握している。

 改めて自己紹介する気にもならないと敵意を露わにする鈴瑚へ、桔梗は作り笑顔を浮かべたまま睨み合う。


(ここからどうやって、牙城を崩そうかな……)


 氷室から鈴瑚の情報をある程度受け取っているが、どうやって懐柔するかは一切考えなしのノープランだ。


(なるようにしかならないかな)


 桔梗は敵意を露わにする鈴瑚を懐柔するため、聞かれてもいないことをペラペラと話しだした。


「過去の栄光に縋っているわけではないの。自己紹介をする上で、わかりやすいから使っているだけ」

「わかりやすくなければ、自慢するように元国民的アイドルだったと声高らかに宣言することはないとでも?」

「その場合は、芸能人の愛知桔梗と名乗るかな。私は学校などまともに通っていない。最終学歴は保卒だし、自慢できることなど一つもない」

「保卒……?中学校までは義務教育です。たとえ1度も登校していなかったとしても、最終学歴は中卒のはずですよ」


 桔梗はあえて、学がないことをアピールした。鈴瑚は情報収集を得意としているらしい。

 桔梗が一歩引くことによって、彼女を持ち上げる作戦だ。


(これで、気分をよくしてくれると楽だけど……)


 そうは簡単に、問屋が卸さない。

 鈴瑚は訝しげな視線で桔梗を見つめると、鋭い声を上げた。


「わたくしを持ち上げる作戦ならば、無意味ですよ」

「うん。私も今、意味がないなぁと思っていた所」

「無意味だと理解したならば、最初から──」

「氷室先生の妹は、」

「お兄様の妹、と前置きするのは辞めて頂けますか。不愉快です」

「じゃあ……りんりん?」

「誰がりんりんですか!」


 鈴瑚は顔を真っ赤にすると、桔梗を怒鳴りつけた。

 名前と寸分違わず真っ赤な顔をした鈴瑚を見た桔梗は、鈴瑚がしっくり来るまでニックネームを口にし続ける。


「じゃあ、ごんごん」

「ごんぎつねのように、わたくしを呼ばないでくださいます!?」

「りごんちゃん」

「りぼんちゃんのような掠りもしない呼び方、不愉快なだけですわ」

「あかりんご」

「赤くありません!」


 取り付く島もない鈴瑚は、桔梗の口から次々に紡がれる言葉の数々を右へ左へと投げ飛ばして行く。

 どんなに呼び名を考えても受け入れられることなく却下されてしまった桔梗は、むすっと不機嫌そうに唇を尖らせた。


(もう。仕方ないなぁ)


 今まで通り鈴瑚の呼び名を変えることなく、話をしようとする。


「ええ……じゃあ、氷室先生のいも……」

「わたくしはお兄様の妹であることは間違いありませんけれど、鈴瑚と名付けられましたの。無理に愛称で呼ぶ必要があるとは思えませんわ!」

「……なら、どんな風に呼ばれたい?」

「わたくしが、あなたに……?」


 鈴瑚は桔梗と仲良くなどなりたくないのだから、桔梗からどのように呼ばれたいかと問いかけられても、答える術を持たない。

 桔梗をまるで恐ろしい化け物を見たときのような瞳で見つめた鈴瑚は、作り笑いを浮かべ続ける桔梗から目を背けた。


「普通に呼べばいいでしょう」

「美月先生は、どうやって呼んでいたの?」

「美月お姉様は……呼び捨てでした」


 美月と同じ呼び方だけはどうしても避けたい鈴瑚は、鈴瑚にちゃん付けで呼ぶことを提案したが、鈴瑚の方が年上であることを理由に、断られてしまっう。


(氷室先生の妹は、美月先生をお姉様と慕っている……)


 桔梗が脳裏に思い浮かべるのは、ミッション系の女子校で擬似姉妹制度を使い、下級生が上級生を姉と慕う場面だ。


(美月先生は氷室先生の妹よりも年上だから、お姉様と呼ばれていた……)


 鈴瑚が美月をお姉様と呼ぶ理由を考察した桔梗は、ふと閃いた。


(私が氷室先生と結婚して、義姉になるのは嫌がっていたけど……)


 鈴瑚の中では、義姉として認める存在が美月以外ありえないのだとしたら。


(これなら、イケるかも)


 桔梗は一か八かに賭けて、ある提案をすることにした。


「鈴瑚お姉様」

「……わたくし、が……?」

「そうだよ。あなたが、私のお姉様になるの。どうかな?」

「あ、あなたのような出来の悪い妹など、頼まれたって不要ですわ!」

「鈴瑚お姉様……私のことは嫌い……?」

「う……っ」


 白雪兄妹は顔の作りこそ似ていないが、桔梗の涙目に弱いらしい。

 うるうると潤んだ瞳で見つめられた鈴瑚は、目を白黒させて動揺している。

 明らかに毒気の抜けた鈴瑚の姿を捉えた桔梗は、自身が賭けに勝ったことを知る。

 勝ちを確信した桔梗は、ジリジリと鈴瑚と距離を縮めていく。


「私は姉にはなれないかもしれないけど……。鈴瑚お姉様を姉と慕うことは、なんの問題もないよ。むしろ、嬉しいな。私、双子の弟はいるけれど、お姉様って居たことないから」

「わたくしだって……。自分が妹になることはあっても……姉と慕われることなど……今までにない経験すぎて……」


 鈴瑚は近づいてくる桔梗に動揺しているのか、瞳を細めて恍惚とした表情をし始める。


(氷室先生だったらよかったのに)


 鈴瑚の恍惚とした表情を、脳内で氷室に変換しながら彼女に迫る桔梗は内心、チョロいと鈴瑚を馬鹿にしていた。


(氷室先生が相手をさせて申し訳ないと謝罪をする必要などないくらい、簡単に私のものになったな……)


 兄妹だからこそ、志向が似通うのだろうか。

 迫ってくる義妹を前にして、顔を真っ赤にしている鈴瑚の両手を掴むと、彼女は絶叫した。


「あ、あたらしい扉を開いてしまいそうです……っ」

「私のお姉様になってくれる?」

「な、なりますわ!なりますから、だからもう……っ!」

「ありがとう、鈴瑚お姉様。これからよろしくね」

「……っ、わ、わたくしは……!あなたのような出来の悪い義妹と、よろしくするつもりなど……」

「……鈴瑚お姉様が、これからいろんなことを私に、教えてくれたらいいだけだよ」

「……それは、そう、ですけれど……」

「馬鹿な子ほど可愛いって、よく言うでしょ」

「わ、わたくしの義妹になるのでしたら、お馬鹿で居続けることなど許さなくてよ!」

「たくさん私に、いろんなことを教えてね」

「受けて立ちましょう……!お兄様をあっと驚かせるような、白雪家に相応しいレディに成長させて差し上げますわ!」

「わーい、やったー」


 棒読みで喜んだ桔梗は、鈴瑚と手を取り合い、彼女の部屋に誘われる。

 室内に入ってひと際目を引くのは、天蓋付きのベッドだった。

 まるで中世ヨーロッパで暮らす姫の寝室としか思えない室内の有様に、桔梗はぽつりと呟く。


「さすがお嬢様……育ちがいいと、部屋も豪華……」

「わたくしの部屋に、問題でもあるのですか」

「一般庶民とはかけ離れていて、雲の上にいるみたいだなぁと思っただけ」

「……あなた。白雪家の金目当てですの?」

「まさか。私は現役の芸能人だよ?じゃんじゃんばりばり稼いでいるから、氷室先生の収入に頼り切りで生活する必要はないかな」

「そうでしたの。白雪家に嫁ぐからには、お世継ぎを産むことは義務ですわ。あなた、お兄様とは……」

「氷室先生の方がそのあたりは消極的だと思うけど、私はその気しかないかな。任せて。必要なら、年子で5人くらい……」

「動物のように、多産ではないのですから……言うのは簡単でも、本気で実行するには難しいこともあります。わたくしがとっておきの教育を授けて差し上げますわ。心して聞くように」


 鈴瑚は本棚から分厚い本を取り出すと、桔梗に大きなキングサイズベッドの縁へ座るよう命じた。


(敵対心が薄れたのはいいことだけど、つまらなさそうな話を長々聞かされるこっちの身にもなってほしいよ……)


 一分一秒でも氷室とともに過ごしたい桔梗は、氷室と長時間引き離されるのが納得行かない様子を鈴瑚に見せることはない。

 鈴瑚の話を聞けるのが嬉しいと喜ぶ素振りを見せなければ、氷室の力になれなれないからだ。


「ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願い致します。鈴瑚お姉様」

「わたくしに任せなさいな。それでは、第一回。鈴瑚お姉様の講座を始めます──」


 鈴瑚は眠気を感じないように。握りしめた手に爪を立てると、鈴瑚の話を熱心に聞いている素振りを見せた。

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