義理姉妹の契り
「わたくしは警視庁捜査支援分析センター第二捜査支援情報分析係の白雪鈴瑚。天門総合病院臓器売買事件に関わるデータを改ざんしたのは、このわたくしです。覚えておきなさい!」
「しら、ゆき……。氷室先生と同じ名字……」
桔梗の瞳に、薄暗い光が輝き始める。
この不穏なオーラと瞳の輝きは、氷室の身近な女性に向けられる。
桔梗の嫉妬が表面上に出てくる瞬間を察知した氷室は、必要のない恨み辛みを爆発させぬように先手を打つことにした。
「妹だ」
「……私と……同じくらいの、年代……」
「なんですか、その口の聞き方は。年上は敬うべきだと、教わりませんでしたか」
桔梗は氷室に同年代の妹がいると聞いていたが、顔や名前を知らないのだ。
桔梗派氷室とあまり顔の似ていない鈴瑚が、本当に妹なのかを疑っている。
初対面から説教をはじめた鈴瑚に対して、不満げな様子を見せた桔梗は小さな声で彼女を非難した。
「昭和のお説教おじさんみたい……」
「誰が昭和のおじさんですか!どうしてあなたのような子どもが、美月先生の本来収まるべき場所に居ますの……?」
「氷室先生と私が、相思相愛だから」
それ以外の理由など考えられないといい放つ桔梗の言葉は、鈴瑚にとっては禁句でしかない。
氷室と美月が添い遂げることを心底から望んでいた鈴瑚にとって、氷室が桔梗と添い遂げることは解釈の不一致だ。
鈴瑚にとって、桔梗が氷室の愛する女として存在することなど、絶対に許せることではないのだ。
鈴瑚が氷室と桔梗の婚姻を認めるとすれば、それは美月の妹になりたいと考えるのではなく、桔梗の姉になってやると、考えを改めなければならない
(どうやって鈴瑚に、桔梗の魅力を伝えるべきか……)
桔梗へ事前に説明をしなかったことが、仇となっている。
(俺と添い遂げる為に妹を懐柔してくれとは、頼みづらいよな……)
桔梗は氷室の為なら鈴瑚を懐柔することくらいわけないだろうが、事前に打ち合わせを済ませていたなら、どうしても自然体では居られなくなる。
桔梗はあまり嘘が得意ではないからだ。
(これから死ぬまで、鈴瑚に好かれるため望む姿になれとは強要できない)
美月は小細工なしに鈴瑚の懐へ入り込み、信頼を勝ち得た。
桔梗だって、ありのままの姿を見せた上で鈴瑚の信頼を勝ち取ることは、そう難しいことではないはずだ。
氷室は勝手に考え、実家へと連れてきたのだが……楽観視しすぎていたかもしれない。
「あなたのような……っ。カメラの前で男に媚を売ることしか脳のない女に、お兄様は相応しくありません!」
「氷室先生に私が相応しくないの?私に氷室先生が相応しくないとは言われたことあるけれど、そのパターンは初めてだよ。私の初めてを奪うなんて、さすがは氷室先生の妹ね」
「な……!」
鈴瑚はわなわなと唇を震わせ、顔を真っ赤にする。明らかに、桔梗の発言を勘違いしている顔だ。
前後の話を聞いていれば、勘違いなどするはずはないのだが……。
(鈴瑚は冷静であれば頭が切れるが、一度冷静さを失うと回復まで時間が掛かる)
予測不能な言動ばかりをする桔梗に惑わされている時点で、鈴瑚が自身のペースを取り戻すにはかなりの時間を要するだろう。
氷室としてはこのまま一気に畳み掛け、鈴瑚を懐柔してほしい場面ではある。
「なんて破廉恥な女なのですか!?信じられません!」
「信じても信じなくてもいいよ。それが私だから。ねぇ、氷室先生。私が氷室先生のお嫁さんになったら、妹と同居するの?」
「同居はしない」
「あなたのような女と同居など、考えられません!わたくしはお兄様が不在の間、この家を守り続けてきました。お兄様だけではなく、この家まで奪われるわけには参りませんわ!」
「氷室先生だけではなく、この家までもってことは……氷室先生が私のものであることは、理解していることになるよね」
「な、な……っ!なんて生意気なの!?」
鈴瑚は自分が失言をしたことに気づいたようで、ムキになって桔梗を生意気だと称する。
桔梗は氷室の腕に自身の胸元を押し付けると、鈴瑚に見せつけるように笑った。
「氷室先生と私は運命の赤い糸で繋がっている。あなたが私と氷室先生の仲を認めないと大騒ぎしても、最終的には添い遂げるの。大騒ぎするだけ損だから、やめなよ」
「わ、わたくしだって!大騒ぎなどしたくありませんわ!ですが、あなたのせいで、美月お姉様は、わたくしのお義姉様になってくださらなかった……!」
鈴瑚の言葉により、桔梗も状況を把握したのだろう。小さく唸った彼女は、鈴瑚へある提案をする。
「私と氷室先生と婚姻したら、戸籍上の義姉になるのが嫌なの?」
「当然ですわ!美月お姉様は、わたくしと姉妹の契を交わしておりましたのよ。それを、横からぽっと出のあなたが、何もかもをぐちゃぐちゃにした……!」
「うーん……じゃあ、私も、あなたと姉妹の契を交わす」
「誰があなたのような泥棒猫と、姉妹の契を交わしたいと口にしましたの……!?」
氷室が口を挟む暇もなく、話が二進も三進もいかずに停滞している。
(この二人だけに話をさせていたら、日が暮れそうだ)
氷室がいよいよ見かねて口を挟もうとした時だ。
エントランスで立ったまま鈴瑚と言い争うことに飽き飽きした桔梗が、宣戦布告を始めたのは。
「私ね、氷室先生としばらく一緒に暮らすの」
「未婚の男女がひとつ屋根の下で暮らすなど、ありえません!」
「いちいちうるさいな……。美月先生は、私が氷室先生に相応しい女であると認めてくれたよ」
「美月お姉様が……?」
信じられないものを見る目で鈴瑚は桔梗の姿を見つめたが、美月が二人の婚姻を認めなければ、今もこの場で桔梗と氷室を奪い合っていただろう。
氷室は桔梗が優位である現状を覆さない為にも、事実であると鈴瑚へ頷くだけに止めた。
「どうかな。今日一日一緒に過ごしてみて、私が氷室先生に相応しい女であるかを決めるのは」
「美月お姉様の言葉が嘘偽りだとでも!?」
「めんどくさいな……戸籍上の義姉として認められないかどうかは、直接触れ合ってから判断して貰わなきゃ。こっちも納得できないよ」
頭ごなしに氷室との仲を認められないと怒鳴られても、わかりあうのは難しい。
その言葉を受けた鈴瑚はバツが悪そうに眉を釣り上げ桔梗を怒鳴りつけるのはやめ、氷室と目を合わせた。
「お兄様の差金ですか」
「俺は前情報を与えていない。桔梗が一人で考え、発信している」
「そう、ですか……」
鈴瑚は唇を噛みしめると、覚悟を決めた瞳で、桔梗へ人差し指を向けた。
「わかりました。今日一日、勝負いたしましょう。わたくしは、あなたがお兄様に相応しい人間であるか、姉妹の契を結んでも良いかを考えます」
「うん。いいよ」
「わたくしが負けを認めれば、あなたは運命の赤い糸とやらに導かれるがまま、お兄様と婚姻すればいいですわ」
「あなたが負けを認めなければ?」
「あなたが白雪家に嫁ぐことは、金輪際ないと思いなさい」
「わかった。じゃあ、始めようか」
──桔梗と鈴瑚の、絶対に負けられない戦いが始まった。




