ふたごサンド
「氷室先生!」
白のニットと冬物のスカートに身を包んだ桔梗は、氷室の名を呼ぶと吉更を押し退け、当然のように腕へ纏わりつく。
「氷室先生におもしろシャツ着せたら、焔華さんと会うのを嫌がりはじめているけど」
「氷室先生はどんな服装でも、かっこいいよ」
「褒め言葉なのか……?」
桔梗が氷室を愛しているからそう感じるだけで、一般的にどう見えるかは焔華の目線が正しいだろう。
氷室が眉を顰めながらその場に留まれば、桔梗が早く行こうと階段に向けて手を引っ張る。
(なるようにしかならないな)
人生、諦めが肝心だ。氷室は覚悟を決めると、桔梗の手に抗うことなくリビングを目指した。
「きーちゃん、氷室先生の隣に並んで」
「廊下の幅と俺たちを足した肩幅が合ってねぇ。却下」
「私が0.5人分になれば並べるよ」
「並んでどうする」
「双子サンドがしたい」
桔梗は謎の単語を口にした。双子サンドとは一体どんな意味だろうか。
サンドと言えば、重ねるの意味だったはずだ。
氷室の両脇に双子が並んで挟み込む行為のどこに、桔梗は面白さを見出したのだろうか。
「きーちゃん、ノリ悪い……」
「遊んでいる暇あるんだったら、焔華さんを怒らせないように立ち回る方法を考えろよ」
「焔華さんだって、四六時中怒鳴っているわけではないもの。わざわざ立ち回りを考える必要があるとは思えない」
「後で後悔するなよ。俺は忠告したからな」
「むぅ。焔華さんときーちゃんは、私が愛する人と結ばれたことを祝福してくれないの?」
ふくれっ面の桔梗が吉更を批難する声を聞けば、彼は無表情で吐き捨てた。
「半身の幸せを願わねぇ弟なんざ、居て溜まるかよ」
桔梗はその言葉を受け、きーちゃん、やっぱりツンデレと茶化している。吉更は相手をする気にもならないのだろう。
桔梗の背中を押してリビングへ無理矢理足を踏み入れるように誘導すると、仁王立ちしている焔華へと声を掛けた。
「はよ、焔華さん」
「遅い」
朝の挨拶を遅いの二文字で片付ける辺りが、機嫌の悪い証拠だろう。
桔梗は空気を読んだのか、気まずそうに氷室の腕から手を離す。
「朝っぱらからドッタンバッタンと……随分お楽しみだったようね?」
「違う。誤解だ」
「誤解でも正解でもなんでもいいけどね。物事には順序ってものがあるの。わかる?」
焔華は氷室とそう年が変わらないはずだが、得体のしれない凄みを感じる。
(これがトップアイドルのライバルとして、切磋琢磨してきた人間のオーラか……)
氷室は焔華のオーラに圧倒されながらも、気の抜けた返事を返した。
「……はぁ……」
ため息のようにも聞こえるその返事を聞いた焔華は、舌打ちをしてから踵を返す。
「やる気のないやつへどんなに言い聞かせても、伝わらないわ。本格的な話は、腹ごしらえをしてからにしましょう」
焔華の一言により動き出した桔梗に促され、氷室は4人がけのテーブルの開いている席に座った。
テーブルの上には、4人分の朝食が綺麗に並べられている。
全員無言で食事を食べ進め、一番に食べ終わった吉更が空いた皿を当然のように洗い場へと持っていく。
「いいよ、氷室先生は座ってろ。桔梗も。焔華さんとの話が終わるまで立ち上がるな」
「今日の洗い物当番、私だったのに……」
頬を膨らませ文句を口にする桔梗の言葉を無視した吉更は、最後に食べ終えた焔華の空き皿を回収し、テーブルの上へ台拭きを投げつけた。
桔梗のは飛んできた台拭きを手に取ると、嫌々テーブルを拭き始める。
見事なコンビネーションだ。
さすがは双子だと氷室が感心していれば、桔梗が一生懸命テーブルを拭く姿を優しい瞳で見守っていることに気づいた焔華が、声を掛けてくる。
「桔梗を好きになったのは、確かなようね」
氷室は焔華に、桔梗のことを好きだと面と向かって告げたことがない。
なぜわかるのだろうかと桔梗から焔華へと視線を移せば、呆れ顔の焔華は毛先を指先で弄びながら呟いた。
「わかるわよ。桔梗を毛嫌いしていた頃のあんたと、今の桔梗を見つめる目には明確な違いがある」
「目線一つで把握できるのか。すごいな」
「恋する男の変化を、長い間見たくもないのに見せつけられたのよ。間違えるはずがないわ。相手が誰であろうと……」
焔華はこの場にはいない誰かを思い出しているようで、どこか遠くを見つめながら淡々と呟いている。
(怒鳴りつけてはこないようだな……)
怒鳴りつけてほしかったわけではない。
このまま桔梗との交際許可を穏やかに取り付けられたなら、どんなにいいことか。
氷室が警戒しながら焔華の言葉を待てば、やはりと言うべきか彼女は氷室へ厳しい言葉を投げかけてきた。
「あんたはもうすぐ40代のオッサン。桔梗は成人を迎えたばかりの子どもよ」
「むぅ。焔華さん、私はもう子どもじゃない。成人してから2年も経ったのだから、立派な大人!」
「あたしとこいつにとって、あんたらはまだまだ子どもよ。ああもう。あたしが言いたいのは……大きなお世話かもしれないけどね……」
毛先を弄ぶのをやめた焔華は、氷室へと一方的に捲し立てる。12歳差は、どうあがいても覆せない。
氷室が先に死ぬなら、桔梗が婚姻したことを後悔する。
桔梗が氷室に先立たれ、結婚したことを後悔するようなことになるくらいならば、結婚を認めるわけにはいかないだろう。
(30年後のもしもを勝手に推測されても、コメントに困る)
氷室が早死する保障もなければ、桔梗が氷室よりも先に、息絶えることだってあるだろう。
氷室は桔梗よりも、12才早く老いる。それは変えようのない事実だ。
結婚しなければよかったと桔梗を悲しませない為にも。氷室は寿命を迎える前に、楽しいい出を作ってやりたかった。
「未来のことなど誰にもわからない。俺よりも先に桔梗が死ぬ可能性だってある。梗と共に歩む道を選んだからには、後悔しないし、後悔させないと誓う」
「氷室先生……」
桔梗が祈るように両胸へ手を重ね、瞳に涙を溜めて氷室の名を呼んだ。
その声音には大好きが溢れていて、焔華や吉更がいなければ飛びかかって来そうなほど。
「あんたらは、本当に……」
焔華は言い掛けた言葉を飲み込むと、ゆっくりと目を閉じる。
二人が思い合っているのは、態度を見れば明らかだ。
桔梗は10年近くの時を氷室に捧げ、氷室はこれから10年近く見てみぬふりをしてきた愛情を、ゆっくりと桔梗へ返していくと決めている。
桔梗の幸せを願っているだけで、二人の仲を引き裂きたいわけではない焔華は、きつく氷室を睨みつけた。
「桔梗を泣かせたら、許さないわよ」
「……善処する」
「焔華さん、ありがとう!きーちゃんと末永くお幸せにね!」
「何言ってんのよ!籍を入れるまで、あんたはあたしの妹。手放すつもりはないわ」
「きゃーっ。焔華さんかっこいいー!」
黄色い声を上げて騒ぐ桔梗と、たじろぐ焔華を男性陣は呆れ顔で見つめる。
(修羅場には、ならずに済んだか……)
これはあくまで急遽舞い込んできた前座であり、本星は焔華ではなく鈴瑚だ。
12月28日はまだ始まったばかり。
この調子で、あっさりと拍子抜けするくらい氷室と桔梗の交際が認められたらいいのにと、氷室は考えていた




